第4話 紗夜の異能と初めての友達
「なんでその女の勝ちなんですか朝日様!」
「どう見たって朝日様の勝ちですわ!」
ぎゃいぎゃい騒いでいるのは春香の取り巻きの二人である。
そこまで露骨に不平を唱える者はその二人くらいであったが、ほかの生徒も多少の疑問は感じているようだった。
どうして春香の負けなのか。
その問いに答えるように、春香は笑みを浮かべたまま口を開いた。
「私は自分で異能力を使わずに戦うことを条件に勝負を始めました。でも最後の一球、私は宵闇さんの一撃に思わず異能力で返してしまった。ですからこれは、私の反則負け、ということですわ」
落ち着いた春香の口調に生徒たちは納得した素振りを見せたが、それでも納得できなかったのは取り巻きの二人であった。
「で、でも、宵闇さんの方は異能力を使っていたようでしたし」
「そもそも初めから異能を使っていればとっくに朝日様の勝利でしたわけですし」
と、二人は何やらごにょごにょ言い始めた。
しかし、春香がそんな二人に少し強めの口調で、
「私は自らの家名にかけてこの勝負を受けました。そんな私の覚悟を無下にするつもりかしら?」
というと、二人は慌てた様子で
「いえ滅相もございません」
「朝日様のおっしゃる通りでございます」
と言っておとなしくなった。
「さて、それでは」
春香は目の前で目を回している紗夜に近付いた。
少し心配はしていたが、衝撃で気を失っているだけで外傷の心配は無さそうだった。
あの一撃をまともに受けて無傷だなんて。
紗夜さんは本当に異能力を手に入れたのね。
……良かった。
春香は静かに微笑み、紗夜の頬をペシペシと打った。
「ほら、起きて。紗夜さん」
「う、うーん……? あれ? ここ、どこ?」
紗夜が、呻き声と共に目を開く。
「目を覚ましたぞ!」
「二人とも凄かったぞー!」
「流石は名門生まれの二人だぜ!」
「紗夜ちゃーん! こっち向いてー」
紗夜の無事を確認して緊張が緩んだのだろう。生徒たちが歓声を上げ始めた。
一方の紗夜はきょとんとした顔で春香を見ている。
さっきまであんなに元気に動いていたとは思えないほど気の抜けた顔だった。
そんな紗夜に春香は言った。
「約束は約束よ紗夜さん。 朝日家の名にかけて、私は今日からあなたのお友達になりますわ」
「ほぇぇ?」
心底意味が分からない。そんな顔だった。
それがなんだかおかしくて、春香は思わず吹き出した。
「ふっ……ふふ、あはははは! あなた、そんな顔もするのね」
何かタガが外れたように笑う春香。
紗夜はきょとんとした顔でそんな春香を眺めていた。
***
紗夜が事態を飲み込めたのは暫くしてからだった。笑っている春香を眺めているうちに、段々と記憶が戻ってきたのだ。
自分が夢の中で小狐と出会ったこと。
小狐に指を噛まれてから体に力が漲ったこと。
春香に勝負を挑み、顔面にボールを受けたこと。
そして、彼女が自分の異能力を使ってしまったことによる反則負けと認めたこと。
そしてそして、彼女が友達になったこと。
「小狐さんが、助けてくれたんだ……」
いつも夢で遊んでいた小狐さん。
あれは結局何だったんだろうか。
私の異能力と関係している?
というか私の異能力も結局何だったんだろう。
なんであんなテンションになってしまったんだろう。
分からないことがたくさんあった。
しかし、色んなことがたくさんありすぎた。
「あら、どうしたの?」
紗夜があまりに呆けた顔をしていたからか春香は少し心配そうに顔を覗き込んだ。
「い、いや、なんでもないよ。あ、朝日さん……」
「あら」
紗夜の言葉に春香は悪戯っ子のように笑みを浮かべる。
「ハルちゃん、でいいんですのよ? 紗夜さん」
その言葉にびくっと肩を震わせ、紗夜は手をブンブンと振った。
「いやいや! あれは違うの! ちょっと私ってばおかしくなっちゃってたみたいで!」
「えー、そうなの? じゃあ私とお友達になりたかったのも、嘘かしら」
「いや、あのそれは」
紗夜は顔を赤くしてうつむいた。
(私とお友達になって!)
あれを言ったときのことはしっかり覚えている。
小狐さんと会ってからの私は確かに高揚こそしていたが、乗っ取られていただとか、記憶がないだとか、そんなことは決してなかった。
あれは、私だ。いや、『あれも、私』と言うべきか。
だからこそ、その言葉が紛れもなく自分自身の本心から出た言葉であることも紗夜にはよく分かっていた。
「あれは、その。嘘じゃ、ないけど」
「そう!それはよかったわ! これからも仲良くしましょうね」
春香はそう言ってにっこり笑った。
少し前までは朝日さんのことが少し怖かったのに。
なぜだか紗夜はその笑顔にとても安心したのだった。
***
1限目から波乱はあったとはいえ、紗夜は概ねいつも通りに一日を終えた。
違うところがあったと言えば、お昼を春香と一緒に食べることになったことだろうか。厳密には取り巻きの二人もいたので四人で食べたのだが。
「あなた! 私たちはまだあなたを認めたわけではありませんからね!」
「朝日様に認められたからっていい気にならないことね!」
「なんといっても朝日様は高潔で美しく強く!」
「そしてなんといってもその身に神の異能を宿すほどのぉぉ!」
「し、静かに食べなさい! あなたたち!」
なんとなく仲よくなれそうな気もしていた。
あといつもと違うのは……そうだ。
明日学校に行くことがそれほど嫌ではなくなったこと、くらいかな。
「こんな気持ちになったのは久しぶり」
今日は良く、眠れることだろう。
チリン
気づくとまた例の草原にいた。
しかしなんだかいつもよりも感覚がリアルな気がする。
実はほんの少しだけ紗夜は心配していた。この世界は現実逃避のため自分が作り出したもので、もうここには来れなくなってしまったんじゃないか、と。
でもまた来れた。
紗夜は周りを見渡して小狐を探した。
一言お礼を言いたかった。
「小狐さん?」
そう呼んでみる。
すると、どこからかタッタッタッタッタっと足音が聞こえてきた。
そして草むらの中からぴょんと小狐が飛び出してきた。
「小狐さん!」
「やぁ紗夜! やっと会えた!」
「私も会いたかったよ。今日はありがとう、君が力を貸してくれたんだよね」
「へへへ、やっと紗夜に力を貸せて僕もうれしかった!」
紗夜は小狐と話しながら、彼の体をもふもふしていた。
しかし、その動きがピタリと止まる。
そして小狐を体から少し離してまじまじと眺める。
「……」
「どうしたの?」
小狐はきょとんとした顔でそう紗夜に尋ねた。
紗夜は一拍遅れでその異常性に気付く。
「しゃ、しゃべってるー--!?」
紗夜の叫び声が静かな草原に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます