第119話 冬限定屋根つき坂路

 北海道の区分で言えば、胆振地方に属する洞爺。ウインタースポーツのメッカであるニセコのような豪雪地帯ではないにせよ、ここ洞爺も降雪量は一メートルを超える。氷点下の気温ゆえに雪は残り続け、春まで溶けない強固な氷となる。


 吹き荒れる吹雪のなか除雪機を走らせながら、志穂は鼻歌を歌っていた。まず行うのは坂路の徹底した除雪だ。掃いても降り積もるので完全にはいかないが、あとで屋根を張るから問題ない。

 それに、この雪には使い途があるのだ。


「おーしみんな、雪を集めるぞー!」

「「「「「オオオオッー!!!」」」」」


 そして父親の号令に従って、従業員こと暇人五名が除雪機やスコップ、さらには除雪用の装備を取り付けた軽トラを走らせ、放牧地や周辺の雪をかき集めていく。

 その終着地は、志穂が作り上げた八百メートルの坂路だ。

 広い放牧地で、雪はうずたかく積まれることになる。


「ガハハハ! 雪を建材にしちまうとはな! さすがは俺の娘だ!」

「喋ってる暇あったら手動かせダメ親父」


 そう。志穂は憎々してたまらない豪雪と、友達になることにしたのである。

 雪は邪魔者だが、積み上げてしまえば春まで溶けない硬い氷の建材になる。

 しかもこの壁、材料費はなんとタダ。志穂からしてみれば、空から建材が降ってくるようなものなのだ。


「ゆーきやこんこん! あられやこんこん!」


 だから志穂は重労働の中でもご機嫌だ。

 十億円どころか元手ゼロ円の壁を作るべく、坂路の部分だけ除雪機で掃き出していく。

 これまでの作業を確認すべく振り向くと、社会科の教科書に載っていた立山黒部アルペンルートかモーセの海割りのように、馬一頭が余裕で通れる溝が掘られていた。


「そんで志穂、屋根はどうするんだ?」

「屋根も雪で作る。かまくらみたいなもんだよ」


 そして志穂は、ホームセンターで切り出してもらった巨大な発泡スチロール材を持ち出した。横幅二メートル、高さ四メートルで、上部のみ綺麗なアーチ型になっている。これはいわば型紙だ。

 このアーチに沿うようにブロック状に固めた雪をレンガのように積んでいくと、見事に雪のトンネルが完成した。ゆるんでいる部分もあるが、冷えて固まれば強固な屋根になってくれる。


「いい感じだね。さ、これを八百メートル繰り返すよ」

「たしかにゼロ円でいいかもしれんが、春が来るまでに終わるかぁ?」

「大丈夫、助っ人は呼んでるから」


 志穂のかまくら坂路計画は、原材料費ほぼタダだ。発泡スチロールは数千円だし、中に取り付ける八百メートルぶんの照明用LEDも園芸用のもので安上がりに済ませている。

 ただし、膨大な人手が必要なのだ。これは全長八百メートルものかまくらを作るようなもの。いくら志穂以外に体力自慢の暇人が六名いたとてそうそう簡単に終わる作業ではない。


 それでも志穂には秘策があった。

 こういう巨大なモノを作るときこそ、マスメディアの本領発揮なのである。


 後日。すこやかファームの来客用駐車場には数台の大型バスのみならず、オリーブドラブの自衛隊車両、さらにはテレビ局の中継車が停車していた。

 この日のために集まった人数は、すこやかファーム最多の二百五十名余り。中には迷彩装備の自衛隊員らしき姿まである。皆防寒装備を整えるばかりか、それぞれ道具を手に持って駆けつけた頼りになるかまくら作りのプロたちだ。


「こないだの密着取材お疲れさま。人集めてくれてあんがとね」

「なんもなんも。いい画が撮れるならなんでもやりますよ」


 志穂が真っ先に話を通したのが、ローカルテレビ局のカメラマン近藤だ。彼は志穂への密着取材を持ちかけ、プリンを運ぶ馬運車の中で同じ釜の飯を食い、ともにゲロを吐き合った仲である。

 今日は撮影クルーのほかにも、局で暇していた人間を十名あまり連れてきてくれている。


「でもさ、どんな嘘ついたらこんなに集まるワケ? しかもこの短期間に」


 志穂が近藤に伝えたのは、坂路に八百メートルのかまくらを作る人手が足りないということだ。人を集めたり宣伝することにかけてはマスメディアは優れている。ただ、謝礼は出せない。

 こんな無茶ブリみたいな注文を、近藤はうまく企画に落とし込んだのだ。


「全長八百メートルの雪のトンネルなんて、間違いなくギネス記録もんですからね」

「ああなるほど。さすがマスコミ、アッタマいいなあ……!」


 近藤はにやりと笑って、真相を話してくれた。

 北海道全土から集まった彼らは皆、坂路を作るだなんて露とも思っていない。目的はギネスブックに残るような長大な雪のトンネル作りなのだ。ゆえに作業は志穂が指示するまでもなく急ピッチで進み始めた。


「ウチとしてもウィンウィンなんでね。この企画一本で、ふたつの番組を撮れて効率もいいんですよ」


 ふたつの番組とは、女子中学生ホースマン加賀屋志穂の密着と、それとはまったく関係がなさそうなギネス挑戦企画だ。人を集めるのにどれくらいの値段がかかったかは知らないが、たぶん無報酬、名誉のためだけに手伝いに来てくれた人々だろう。

 それを考えると、志穂にも思うところはある。


「私としてもありがたいけど、作業してる人たちを騙してるみたいで悪い気もする……」

「彼らは彼らで記録に名を残せて嬉しい。三方良し、というヤツです」

「でもなあ……」

「なんか言われたらマスコミのせいにすりゃいいんですよ。俺らはどうせ世間じゃ悪者です。なんでまあ、俺らをうまく使ってください。ここをナメられない牧場にしたいならね」


 近藤はニカっと笑って、かまくら作りの取材へ向かっていた。

 騙していて悪い気はしつつも、真相を知らない彼らは楽しそうに記録に挑んでいる。だったらネタバラシをして水を差すようなことはしない方がいいに決まっている。

 嘘をつくなら最後まで嘘を突き通すのが、嘘つきのせめてもの覚悟というものだ。


「なんかオトナって感じがするな……」

「志穂ちゃんは優しいからねえ」


 いつの間にか隣にエプロン姿の茜音が立っていた。ついでに馬事研にも協力を呼びかけたところ、札幌から帰省中の茜音やお隣さんの晴翔だけでなく、晴翔目当てではありつつも小野寺や、ぶつくさ文句を言いつつ古谷先生も手伝いに来てくれた。

 晴翔はかまくら班に混じってかまくら作りを、志穂たち女性陣はその後方支援に当たることになっている。


「ま、みんな頑張ってくれてるからさ。こっちはこっちで頑張ろうか!」

「そういうことにしとく! うっし、ご飯作るぞ! 二百五十人ぶん!」


 そして志穂は戦いの舞台をすこやかファームのキッチンに移す。温かい豚汁の炊き出しは協力してくれた自衛隊が担当。志穂たちの仕事はひたすら米を炊き、ひたすらおにぎりを握り続けることだった。


 そうしてしばらく後、日も暮れかけた頃にひときわ大きな歓声が上がった。


「全長八百二十三メートル! かまくら世界最長記録達成です!」


 積み上げられた雪山に、ぽっかり空いた最高地点四メートルほどのアーチトンネル。高低差が十メートルあるため入口から出口は見えず、側面には園芸用のLED照明が点々と取り付けられている。自動制御で七色に光るトンネル内は幻想的な仕上がりだ。

 人々の協力あって、すこやかファームには立派な屋根つき坂路が完成した。

 どこからどう見ても屋根つき坂路には思えないが、そこは気のいい人々の作り出した奇跡。志穂は全員と握手して、ただひたすら感謝を伝えていたのだった。

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