『ハートの傷に良く効く軟膏』 中
池の近くになると、細いながら、人ひとり通れるほどの道らしきものが見当たりました。
わりに急な坂を、もう、ほとんど暗闇の中、いつも、持ってあるいている小さな懐中電灯の灯りを便りに降りてゆきますと、まさに、あの小屋の目の前に出たのです。
触ってみれば、明らかな物質であって、先程のような幻想の産物ではありません。
つまり、常時ここにあるはずのモノなわけです。
いささか、建て付けが良くない、引き戸があります。
また、小さな、蒲鉾板くらいの看板が吊り下げられていて、『商ひ中 OPEN』、と、らしき文字が書かれています。
窓のようなものは、見当たりません。
ならば、ちょっと気持ち悪いけれど、いま、開けない手はあり得ないわけです。
がらがらがら。
引っ掛かりながらも、木戸は開きました。
『いらっしゃいまし。』
まったく、この場には不自然な位の、明るい女性の声がしました。
壁には、棚が平行に幾段も走り、その上には、まさしく、これでもか、という位に、あまり透明度は良くない、わりに大きめなガラス瓶が、ずらり、並びます。
その中には、お薬、または、薬草と思われる様々な物質や、根っこ、葉っぱ、花びらの佃煮、恐らくは、かつては虫だったであろう、今は黒い塊、みたいな怪しいモノまてが、ずらりと並びます。
さらに、いると予想された、まむし、らしきものや、こんなの、この国にいたのか?
みたいな、とかげ、らしきモノやら、いもりか、やもりか、という、わりに、見た目は、なかなかまがまがしいもの、さらに、ツチノコらしきもの、はちのこやら、さらにはクラゲらしき、地上には見ない生き物なども、当たり前に並びます。
瓶には、良く解らないが、物体の正体や、商品名が書き込まれたラベルが、丁寧に張り付けてありました。
『お客さん、良く、見つけてくださいました。当店は、別に隠れてるわけではないのですが、時と場所を勝手に移動するものだから、見つけにくいお店です。それでも、常連さんもありますよ。ひみこさまとか、ヒポクラテスさま、ホームズさまの代理で、ドイルさま、とか。あまり言いますと、プライバシーに触りますが。そう申しますのも、ここの移動には、規則性があるからですが。さて、なにか、お入り用の向きがありますか。つまり、頭がいたい、お腹が痛い、腰が立たない、あるいは、お池に入りたい………とか。また。いまなら、心の痛みに効く軟膏もあります。あと、ひとつだけ。』
『ある、のですか。』
『はい。ございますが、ちょっと、お高いです。』
『どのくらいですか。』
『あなたの、お命、位でございます。』
『ぼくの、命? それは、また、安い。』
『あらまあ。それは、重症ですね。地位やお金のある方は、ご自分の命を、とかく、高く見積もるものです。また、そうした方には、この薬は、そもそも、必要のないもの。しかし、これは、他にはないお薬です。もし、処方いたしましたら、効く効かないに関わらず、お池にお入りいただきます。ただ、効かないということは、まず、ございません。』
『つまり、安らかに、行けると?』
『さて、痛みがなくなれば、入りたくなくなるやも、しれませんが。それでも、お約束でございます。まあ、当方も、出来るだけ、安らかにお入り頂けるようにいたしましょう。』
彼は、ふと、思ったのです。
この人には、どこかで会ったか、なにか、縁があった人に違いない。
しかし、そこのあたりは、どうも思い出せない。
しかし、自分がここに来た理由を紐解いてみれば、いま、なにをなすべきかは、明らかだ、と。
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