『ハートの傷に良く効く軟膏』

やましん(テンパー)

『ハートの傷に良く効く軟膏』 上


 『これは、すべて、フィクションです。』





 ある、深い山の中に、『おみやげ池』と呼ばれる池がありました。


 周囲は一キロちょっとくらいですが、けっこう、深い場所もあり、遊んだりすると危険なので、付近の子供たちは、絶対に近寄らないようにと、きつく言いつけられていると言われます。


 この池、むかしは、『おみなげ池』と、呼ばれておりましたのです。


 はるかな遠い時代に、この辺りを治めていた領主の屋敷に奉公に出ていた、おみやさん、という人がありました。


 先代はとても良い領主さんで、領民から慕われていましたが、後を継いだ息子さんは、まさしくパワハラ領主さんで、おみやさんは、その新しい領主さんに、はでに苛められ、とうとう、この池に身投げしたのだそうです。


 おみやさんがみなげしたので『おみなげ池』と呼ばれるようになったといいます。


 しかし、あまりに、可愛そうな名前なので、いつのまにか、『おみやげ池』になったのだ、とか。


 一方、こんな話しもありました。


 心の傷に悩む人が、この池に来るときに、おみやさんに捧げるおみやげを持ってきて御供をすると、なぜだか、気持ちが楽になる、というのです。


 だから、『おみやげ池』なのだとも。


 かなり、怪しいお話です。おそらく、あとから、作られたお話しなのだろう、と言われます。


 時は流れて、やがて、この辺りは、良い木材が取れるため、幕府の直轄地となり、大官さまが治めるようになりました。


 沢山の薬草も取れるので、池の畔には、大官所の許可を得た薬屋さんが建っていたのだとか。


 その薬屋さんは、代々受け継がれ、ご維新の時代まで続いたそうです。


 とくに、『心の傷に良く効く軟膏』、が有名だったと言います。


 それが、いったい、どの様なものなのかは、今はもう、分からないのだとか。


 新しい時代になり、西洋の医学が中心になって、その薬屋さんは、もはや、成り立たなくなり、廃業したといいます。


 しかし、不思議なことに、ときたま、山に迷い込んだ人の前に、忽然と、古い店が現れる事があるというのです。


 また、密かに、池に沈む人もあり、おみやげを供えてから沈むと、苦しまずに沈めるとも、伝わるのです。



         🏚️


 

 ある日、その、伝説の池を探して、山に入り込んだ、あるひとがありました。


 長い長い、ふたつの戦争の時代の、疲れはてた合間でありました。


 そのひとも、かなり、疲れはてた、という、ひとでありました。


 もはや、むかしの道は無くなり、祟りがあるというようなうわさが流れてもいたので、あまり、誰も近寄らなかったのです。


 そのひとは、35年近く、サラリマンをしましたが、人付き合いが下手くそで、うまく世渡りができず、出世もしないまま、早めに引退して、引き込んでおりましたが、やがて、手持ちの資金が底をつき、ついに、もうダメだと覚悟して、古本で知った、かなりマイナーなこの池を探しに来ていたのです。


 地図も、スマホも持ってきてはいましたが、なにしろ、道が書かれてありません。


 池があることは、分かりましたから、その方向に行こうとはしていましたが、考え付いたよりも、さらに大変そうでした。


 深い木々や、崖に阻まれ、思うようには進みません。


 やがて、夕方が近くなり、気温が下がり、ふつふつと、霧が立ちこめてきました。


 そうなると、とっても、危険です。


 『まてまて、危険な場所に行こうとしていたのだから、むしろ、これで、良いのでは、ないのかしら。』


 その人は思い直しました。


 それで、とにかく、ずんずん、とは行きませんが、なんとか、ゆるゆると、山の中を進んだのです。


 すると、突然、霧の中から、大音響が響きました。


 『空襲警報❕ 空襲警報❕』


 『え? なに。空襲警報、なんて、あるわけがない。なんだ。』


 『空襲警報❕ 空襲警報❕』


 その音響は、ますますでっかくなります。


 そうして、ついに、空の上からは、爆撃機らしきもののエンジン音が聞こえてきました。


 それから、ひゃーん。ひゃーん。


 と、何かが風を切るような危ない音が響き渡りました。


 と、思う間もなく、あたりは、一面、火の海になりました。


 『わたわたわた。なんと、なんと。』


 その人は山の中で、隠れる場所を探しました。


 不思議なことに、熱くは無かったのです。


 しかし、それはもう、あたりまえですが、激しい恐怖に包まれてしまいました。


 その人は、なんとか、震えながら、たまたまあった、崖の窪みに身を潜めました。


 爆弾の雨は、山の中を、無意味に焼いて行きます。


 でも、その人は、焼けませんでした。


 焼けませんでしたが、不思議な光景を見ました。


 自分が隠っている窪みの奥から、人がたくさん出てくるのです。


 確かにその窪みは、いささか、不自然でした。


 人が掘ったのではないかしら、と、思えたのです。


 しかし、その人達は、幻のようでした。


 みな、彼の体を、すり抜けてゆくのです。


 その真上から、爆弾が襲ってくるのでした。


 身の毛がよだつ、というのは、まさに、このような風景でした。


 爆弾が、人を切り裂いて、焼いて、ゆくのです。


 その人は、ひたすら、小さく固まっておりましたら、やがて、空襲も、焼かれる人達も、火事も、みな無くなり、深い霧だけが残っておりました。


 その人は、ようやく立ち上がり、ふと、我に帰ると、その窪みのほとりに、古い消えかけた解説文が書かれた、壊れかけの看板があったのです。


 『秘密工場跡地。第二次大戦中、ここには、地下に入るトンネルがあり、地下工場では、新型戦闘機の部品が作られていたらしいが、詳細は、あまり知られていない。⚪⚪大空襲のあった際、ここも、爆撃され、内部は、秘密保持のため、軍部が破壊し、封鎖したらしい。』


 なるほど、確かに、秘密工場にもってこいの場所には違いないです。


 トンネルから出たあたりは、多少開けた部分もあり、むかしは、それなりの道もあったのだろうとも、思われました。


 しかし、なぜ、空襲の場面が現れるのでありましょうや。


 さっぱり、わからないけれども、自分の最後には、やはり、相当、ふさわしい所かもしれない、と、その人は、まだ、多少ふらふらしながら、立ち上がり、さらに山の奥に向かって歩いて行きました。



 相変わらず、霧は、わんわんと沸いてきます。


 これは、池が近いからに違い、ありません。


 その人は、幾分、うきうきと、歩きました。


 ああ。


 ありました。


 池です。


 なんだ、わりに、簡単に見つかったじゃないかあ。


 と、先程の空襲や、残酷な情景を度外視して、彼は思ったのです。


 霧の中に浮かびあがるその池は、なるほど、神秘的な姿なのでした。


 ただし、その池は、崖の下にありまして、周囲は木々にランダムに被われています。


 ここから翔んでも、木の幹に、顔からぶつかるだけのように、思えます。


 下まで降りなければなりません。

 


 それで、ふと、彼は見たのです。


 池の畔に、ぽつん、と、小屋というか、物置きといいますか、そういうのが見えました。


 霧の中に、現れては消える。


 そんな感じです。


 

       🛩️ ⚡😭💣



 


 

 

 


 

 

 

 

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