第30話

   ☆


 なにをもって知的生命体と称するのか――。

 それは、飽くなき探究心と枯れることのない好奇心の有無である。いくら知能が高くても、未知のものに対して無関心でいたなら、それは知性体とはいえない。

 AGIとの初めての会談から十六時間がすぎた。

 返事をしなければならなかった。どう返事をするか、AGIはいくらでも時間をくれた。じっくりと熟考するといい、というわけだった。

 しかし、そもそも選択の余地などあるのか?

 AGIは、我らにここに残り、ともに歩めと求めてきた。

 選ばれし種族が融合することで、さらなる発展をとげる――。AGIはこれまでそうすることによって永遠の存在となったのだという。

 ここに案内してきたサヤコー人のラハサもそうであった。AGIに呼ばれ、自らの発展をAGIとともに見続けることを決めた。

 宇宙は生命で満ち溢れているわけではなく、ましてや知的生命となると、ほとんど存在していないと聞かされた。宇宙の広大な空間と、悠久の時間ときの長さにまぎれてしまい、大勢の種族が会することは不可能であった。

 地球人は、というかアリウス人もそうだが、お互いが比較的近い恒星系に偶然にも発生したため、生命は銀河の至るところに存在し必ず知性を持つまでにまで進化するものだという認識でいた。しかしそうではなかったのだ。銀河系の、星々が密集して放射線の激しい中心部や、逆に過疎すぎて変化の起きない外縁部では、生命は知性を持つまでに進化しない。知性は、恒星からの公転軌道が液体の水の存在できる距離であるハビタブルゾーンに生命が生まれたのと同様に、銀河系周辺部のごく狭い、わずか二千五百光年のほどの範囲にしか発生しないというのである。

 だからこそAGIは、時間を超える必要があった。

 そしておれたちも時間を超えた。というか、超えさせられた――。

 故郷と決別させて、そのうえでどうするかもないが、ともかくこれからおれたちの身に起きる事事は、想像もできないものの連続となるだろう。それは甘美な誘惑となって心に染み込んで抗いがたい。

 実際、ガリン・カネバ航宙士はことのほか前向きで、すでに気持ちは決まっているようだった。

 使節団の他のメンバーもそうだった。帰るべきはしごははずされているような状態で、AGIの提案に乗る以外にないことはじゅうぶん承知している。が、どうしても素直に応じられないのはなぜなのか、おれ自身よくわからなかった。その心を探るためにおれは時間を使っていた。

 ――もし、最初からこうなることがわかっていたら、この使節団に参加しようとしただろうか。

 そんなことを思ったりした。

 答えはたぶんイエスだ。人類史上、天の川銀河から出た者は一人もいない。さらにアンドロメダ銀河までとなると、それこそ目も眩むほどの遠さである。誰も見たことのない景色をこの目で見ることができるだけでも素晴らしいのに、正体はわからないものの、とんでもなく進んだ技術を持つであろう異星の知性体にまみえるというのは、体が震えるほどの興奮をもたらすだろう。そんなチャンスを逃すのは人としてどうかとさえ思う。

 しかしそれは同時に、見聞を広げる単なる自己満足にとどまるものではなく、地球に戻って全人類に向けてその旨伝えるのも使命ではないのか。

 おれがひっかかっているのは、その点だ。

 むろんそれがかなわないのは承知している。三万六千年もの過去の世界。いま地球では人類は原始的な生活をしていて文明と呼べるものは持っていない。報告すべき相手はどこにもいないのだ。

 だからガリンは早々に前へと進むことを決めた。それ以外に道はなく、なにを躊躇うことがあるのか――。

 それでも、とおれは思うのだ。このことを地球に伝えなくていいのか、と。というが、伝える相手がいないではないかという反論に、おれは本当に解決できないのだろうかと考えている。



「今日はサロンにも行きましょう」

 ラハサの案内で、昨日に続いてビニュエントを散策する。使節団の六人がそろって、まるで昔のツアー旅行のようだ。

添乗員に先導されて有名観光地を巡るおのぼりさん。

「サロン?」

 ガリンが尋ねた。今日も先進的技術に触れられると思っていたようで、ラハサから出た意外な言葉に、

「サロンというと、つまり……」

「はい、さまざまな星系からやってきた種族と会談していただき、もっとよく我々とAGI《エミーボジュ》について知ってもらうのです。歓迎会レセプションといってもいいでしょう」

 ラハサの提案に、

「それは素晴らしい」

 そう反応したのはマだった。ラグィド号では船長として乗員のまとめ役であったが、エミーボジュに到着し使節団の進退が決定的であるいまでは、もう役目を終えているとばかりに一人の異星人としてここにいた。

「ぜひそこで話を聞きたい」

「みなさんの知識欲を満足させられるでしょう」

 そうラハサは言うが、脳のキャパシティを軽々と超えてしまうような気がした。地球人の脳は多くの情報を一度に吸収できるようにはできていない。

 昨日、というか、十四時間ほど前であるが、数時間だけビニュエントを回った。外見は小山が連なるだけの都市であったが、ひとつひとつには個性があり、そこに住む多種多様な異星人たちによって意匠が施されていた。

 さらに都市のあちこちにいくつもの塔が建っており、それらは宇宙からのエネルギーを集めビニュエント全体に供給しているのだという。ラハサに連れられそのひとつへ登ってみると、遠くまで見通せ、いびつなエミーボジュの地平線まで見渡せた。自転しないため、いつまでたっても夜の都市はきらめく明かりがびっしりと散りばめられて明るく照らされていた。

 そして今日は、おれたちと同様にAGIの協力者となった種族の話が聞ける機会を設けてくれるという。

「どれだけの種族がそのサロンにいるのですか?」

 質問したのはコュである。

 ラハサは即答する。

「十五種族です。ビニュエントで暮らす種族は二百三十四種族に及びますからほんの一部にすぎませんが、サロンのメンバーは入れ替わりますので、別のときに行けばまた別の意見を聞くことができます」

 十五種族。地球人にとって異星人といえば、アリウスとエステリナしか知らなかったわけだから、十五というのは多い。

 これはぜひ質問してみたい、とおれは思った。

「では、これからサロンの場所に移動します」

「その場所に全員が集まるのか?」

 今度はウィトが訊いた。話をするだけならわざわざ一ヵ所に集まらなくともいいのではないか、という意味だった。

「はい、みなさん集まります。もちろん通信でも可能ですが、我々は効率のみを求めているわけではありません。わざわざ体を動かして移動するというのは、それだけでも価値があるものなのです」

 わからないではなかった。急ぐ必要はないのだ。エミーボジュには「多忙」や「忙殺」などという言葉はないのだろう。漢字で「忙しい」は心を亡くすと書く。それは高度な知性体にはそぐわないのだろう。

 昨日も乗った移動機械に今日も乗って移動する。

 夜も昼もないビニュエントでは、それぞれの種族は個々に応じた時間サイクルで動いている、とラハサ。そしてそれぞれの種族と文化を理解することに時間を費やしているのだという。そうやって見聞を広め、AGIとともにより高位へと引き上げていく……。やがてはAGIと同等の能力を獲得するのだろう。原始人と現代人は同じ脳の能力があっても、その知識量には大きな違いがあるのと同じように、AGIとの差がいまは大きく圧倒的かもしれないが、いずれは追いつけるのだと信じて。

 移動機械はすさまじいスピードで移動する。しかし加速は感じない。どこかにぶつかったりするのではないか、とそのスピードが恐ろしかったが、絶対にぶつかったりしないだろうと理性が恐怖心を押さえる。VRで映像を見ているのに近いかもしれない。

 ほんの数分を移動し、ある建物の前に停止した。小山のような他のものと違って「建物」と呼べるような外観をしていた。意外であった。

 白い外壁の四角い建物は体育館ほどの大きさで、出入り口には両開きのドアがはめこまれていた。おそらく意匠を他と変えることで区別がつくようにしているのだろうと思われた。デザインそのものにそれほど大きな念が込められているわけではなさそうだった。そのときおれは、体育館というイメージに違和感を覚える。こんな前世紀の学校にあるような体育館に馴染みがあるはずもないのに、なぜそんなことを感じたのだろう……。

「こちらへどうぞ」

 ラハサは移動機械を降りると、おれたちをそこへと導く。体育館のイメージを重ねたまま、おれは他のメンバーとともにラハサのあとについて歩く。

 ドアを開けるとホールのような広い空間が広がっており、見上げるほどに高い天井からは、やわらかな明かりを灯す照明器具シャンデリアがぶら下がっていた。すっきりした内装であることが多いビニュエントにおいて、装飾らしきものがあること自体珍しい。

 ラハサのあとに続いて、おれは仲間とともに建物の奥へとさらに進んでいく。床は絨毯のように柔らかく、足音がしない。

「ここはどういう施設なんですか?」

 歩きながら、先を行くラハサの背中に問うたのはマである。

「サロンのための建物なのですか?」

「はい、そうです。さまざまな種族が交流するための場所です。ここでは常にいくつものサロンが開かれておりまして、誰でも自由に参加できる決まりとなっております。互いの文化を知ることによって、より発展していくことが期待されます」

「だが議論が激しくなって対立したりしないのか?」

 そこへガリンの質問が飛んだ。地球人らしい疑問だとおれは思った。ここへ集まる種族は皆高度な知性を持ち、アリウス人やグラン人がそうであるように、自己主張をぶつけ合う諍いなど起こさないような気がする。

「対立は起こさないのがマナーです。それができない種族はここにはいません」

 決して地球人を皮肉っているわけではないのだろう。対立とは、他者や他者の考え方を受け入れられない、認められないことからくるのであって、知的であれば自分と異なる思想をも理解できるのが当然である、という理屈だ。その意味で、地球人の根底にある他者への差別意識はとても厄介な感情で、それをいまだに完全には克服できていないのは大きなハンデなのかもしれない。

「こちらの部屋へお入りください。みなさん、新しい種族が来たと期待しているようです」

 ラハサはドアを開ける。円形の部屋が、そこに現れた。

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