第31話
やや抑えられた照明に照らされたその部屋の広さはバレーボールのコートほど。だが四角くはなく円形で、湾曲する壁に沿ってベンチが設けられていた。そのベンチに座っている人影は十五。すべて異なる体型の異星人であった。全員がこの部屋に来ているわけではなく何人かは立体映像だろうが区別はつかない。
人間のような体型の種族もいれば、甲殻類のような外見の種族、絶え間なく触手がうごめき、顔があるのかすらわからないエイリアンもいた。
すでにサロンは始まっていて、それぞれが発言している。
「みなさん、新しい参加者を紹介します」
ラハサが一歩進み出て、サロン参加者に向かって言葉を発した。
「――天の川銀河より来ました、三種族です。アンドロメダ銀河とはまた違う文化・文明を知ることができるでしょう」
どちらを向いているのかわからないような異星人もいるが、なぜか十五人の視線が集まるのがわかる。
「ようこそ。お待ちしていました」
昆虫のような見た目の異星人が放つ声がきちんとした地球語としておれの耳に届く。万能コミュニケーターのおかげか、かれらがおれたちに注目しているのが感じられた。
おれたちはひとりひとり自己紹介した。
そのあと、十五人の異星人も自己紹介した。とてもいっぺんに憶えきれるものではないはずが、意外にも脳はしっかり記憶している。
十五人の異星人たちはそれぞれ興味を持った質問をしてきて、おれたちはそれに答えていった。
おれたちは、AGIとの出会いがどのように行われてきたのか、どんな経緯でここへ来ることになったのかを質問した。その答えを聞いていると、おれたちよりも発展した経済、産業、文化を持つかれらであってもAGIは特別な存在であるというのがわかった。
そして文化というのは生物学的側面が大きいということにも気づかされた。体の構造が異なればそこに生まれる文化も違ってくる。たとえば手足の代わりに触手によってなにかを行うなら、それに応じた道具や目的が定まってくる、といった感じで。
それにしても……とおれは少し疑問を感じた。
地球人に比べてどの種族も寿命が長いのである。アリウス人やグラン人のほうが、知的生命の寿命としては一般的であるというのがわかった。だがそうであるのなら世代によって進む進化のスピードはかなり遅くなる。かれらはどうやって原始的な生命から知的生命へと進化していったのだろう。進化は地球の生命とは異なるプロセスで進むのか。あるいは進化自体もAGIがもたらしたものなのだろうか。
それが気になって、おれは質問した。
「みなさんの文明は、宇宙進出以前に、AGIの影響を受けて発展してきましたか?」
すると――。
「わが種族は、最初、AGIを神の遣いであると捉えていました。AGIがいなければ文明など生まれていなかったかもしれない」
「われらの先祖はいまよりに約二十三万年前にAGIより金属の精製方法を賜りました。その後もエネルギーについて享受し、文明は大きく発展したのです……」
それぞれの種族はAGIとの歴史的関わりを話してくれた。
「地球人もそうではないのですか?」
いや、地球人は自力で文明を……と言いかけて、果たしてAGIの干渉なしに文明を築いてこられたのだろうかと思い直した。知らないだけで、影ではAGIが様々な発明に関わっていたのかもしれない。そうでないと言い切れるだろうか。
歴史上そんな記録はない。だが記録がないからといって存在していなかったとはいえまい。
おれが思考を巡らせているうちにも発言は進み、ひと回りしたところで他のメンバーが話題を変えた。
文明を与え給うたのがAGIだというのが、かれらの共有認識であるというなら、AGIとの共存に抵抗がないのもわかる気がした。
おれはかねてからの質問をついにしてみた。
「みなさんは、故郷に帰りたいと思ったことはないですか?」
ほんの一瞬であったが沈黙が下りた。
口火を切ったのは、ロー人と自己紹介した、ヒトデのような姿の異星人であった。
「私がAGIに招かれてここへ参上したのは、最初からAGIとの融合をしたいと考えていたからで、故国の民もそれに同意した。私がなにかの情報を持ち帰らなくても故郷は発展を続けていただろうし、そのことと私がエミーボジュに来ていることとは関係がない」
「最初から……? AGIとの融合が出発前からわかっていたのですか?」
「直接AGIからそう言われていたわけではないが、それはわかっていた」
「聞いていないのに、わかっていた、というのですか?」
「そうです。我々にはわかるのです。それも、AGIとの交流が進めば理解できるようになるでしょう」
「…………」
そう言われては、すぐには理解できなさそうであった。だがおれはまだ引き下がらない。
「そうであっても、やはり誰かが故郷に帰ってAGIのことを知らせなければならないのでは」
「情報を持ち帰ったところで、我々はそれを種族全体では共有できない」
「縣浩仁郎さん、あなたはなぜ故郷に戻りたいのですか? ここでAGIを融合すること以上に、素晴らしいことはないでしょうに」
そう尋ね返してきたのは、オイソル人という種族であった。頭部から飛び出た四つの目が印象的であった。言葉は頭の横の幕を震わせて発する。その音も、おれの耳には地球語に変換されて聞こえる。
「それは……」
と、答えながらおれは考えている。
素晴らしいのは承知している。それを秤にかけてなお帰郷を望むこの気持ちはなんだろうと推測する。報告をすべき宇宙開発機構は存在していない。なのになぜ。
(ただのホームシック……? そうなのか?)
いや、違う。おれにはどうしても会いたい人がいるわけではない。もちろん家族もいない。計画的に選別されて生まれてきたおれには肉親と呼べる人間はいない。そもそも家族という前時代的なシステムはすっかりすたれてしまっている。
おれの脳裏に浮かんでくるのは、かつて自分が見た光景ではなく、経験するはずのないビジュアルだった。学校生活や父親との会話、そして友人たち……。昔のアーカイブで見た記憶が交錯してしまっているのかもしれない。が、それにしては……。
「縣……」
言葉に詰まっていると、ガリンが静かに声をかけてきた。
「少し休むか? 脳の処理が追いついていないのかもしれないぞ」
「いや、おれは……」
そう言いかけて、だがガリンの言う通り少し冷却時間を置いたほうがいいだろうと思いなおす。
「休憩室があります。そちらに移動しますか?」
ラハサが気遣ってくれたが、
「いや、外へ出ていいかい?」
「もちろんかまいません。体調が悪くなっても安心してください、エミーボジュの医療システムは万全です」
ラハサの言葉を背に、おれは部屋の外へと出る。
ひとりで考えたかった。廊下を来たときと逆に進んで建物の外に出た。
空を見上げる。明るく照らされた地上からでは星は見えなかった。昨日(一度眠る前のことを昨日といっていいのか)、塔の上から見た宇宙には星が見えていた。馴染みのない星空のどこかに、あまりに遠くて肉眼では見えない故郷があるはずだったが方向すらわからなかった。
建物前の道路に目を転ずると、多種多様な移動機械が行き交っていた。おれたちが乗ってきたのとはデザインが全然違って目を引く。
地球の雑多な街とは違うが、決して活発でないわけではないようだ。なにもかも移動せずにできるのだろうが、わざわざ動いている。
AGIの価値観を理解するのにはもう少し時間を要するだろうが、たとえばガリン・カネバ航宙士は最後には完璧に理解できるような気がした。
そんなことより、このおれは――。
帰りの移動機械のなかで、おれの決意を聞いたガリンや他の使節団員たちが意外に感じたのは当然だろうなと思った。
「古代文明すらまだない地球に戻ってどうなるっていうんだ? おれと残ろうぜ」
ガリンの言葉もおれの想定内だ。当然だ。普通に考えて絶対に止めるだろう。原始人しかいない地球に戻っても、なにもできはしない。なにかの文明を伝えようにも差がありすぎてほとんどなにも会得してくれないだろう。
「なんでそうまでして地球に戻る必要があるんだよ」
「光速に近いスピードで宇宙を航行すれば、三万六千年未来に行くことは可能だ」
「バカなことを言うな。ピンポイントでおれたちの時代に帰れるなど、できると思ってるのか。なにがそこまでおまえを駆り立てるんだ?」
おれは、その質問には明確には答えられない。
「地球人の代表としてガリンがいればじゅうぶんだろう」
「話をそらすな。――なぁ、考え直してくれよ。たった一人で天の川銀河まで帰る途中、なにか事故でもあったらどうするつもりだ」
「ラグィド号には、ウラシマ効果が現れるほど光速に近い速度を自力で出す性能はないし、超長距離ワープでは未来には行けない――」
マが言ったラグィド号の機能については、むろんおれも知っている。
「にもかかわらず、どうするつもりなのだ?」
「AGIの協力を仰ぐつもりだ。おそらくラグィド号の改修を簡単にやってくれるだろう」
「それは……」
ガリンは絶句する。二の句が継げないようだった。なんのメリットも成果も望めない地球への帰還を選ぶ合理性がまったくないのに、そこまでして。
「縣さんのやりたいようにさせてあげればいい――」
そこへ、ここまで黙っていたビーが発言した。
「意志は尊重されなくてはならない。それがどれだけ異なる意見だろうと、こちらに実害がないのなら行動の自由は認められなくてはならず、束縛は許されない」
「説得しているだけですよ」
ガリンは反射的に反論する。
ありがとう、とおれは気遣いに感謝する。
「おれのような前例はないかもしれない。けれど、AGIはおれの望みを受け入れてくれると思う」
「いいのですか?」
ラハサが確認する。
「急がなくていいのだろう」
ガリンはしかし引き下がらない。しばらく時間をおけば、考え方が変わるだろうという考えが見えていた。
おれも急ぐつもりはない。
「そうだな。ラグィド号の改修がそうすぐにできるわけはないだろうしな」
言いながらも、考えが変わるという気もしない。たとえ今後もエミーボジュで見聞を続けていても。渇きに似たこの気持ちが。
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