第28話

 展開した格納式タラップを降りていく。どんな仕掛けになっているのか、ちっとも息苦しくはない。重力も、とても〇・二五Gとは思えないほどしっかり感じられる。グランで用いたナノマシンも多少なら環境に適応できるが、ここまでの能力はない。

(これがAGIのテクノロジーなのか……)

 これに比べれば、アリウスの科学力とてまだまだ発展途上だ。いわんや地球の科学力なぞ原始人レベルだろう。

「アリウス、グラン、そして地球のみなさん、改めましてようこそお越しくださいました」

 地上で待っている異星人ラハサのもとに使節団員の六人が集まると挨拶をかわす。

「こちらこそ、ご丁寧に」

 代表してマが答えた。

 ラハサは、一メートル三〇センチほどの身長で、ひょろひょろとした体つき。しかしたぶん、感じている重力はおれとは違うのだろう。

 服は着ていなかった。細かな鱗に覆われた体はどことなく爬虫類を思わせた。頭部の上半分はヘルメットのような被り物に覆われていて、目とおぼしき器官は見えない。

「こちらへどうぞ」

 歩き出すラハサ。その先に、足のついたテーブルのような板状の物体がある。天板の大きさはバレーボールコートの半分ぐらい。

(まさか、あれが乗り物……?)

 ラハサは天板に上がる。

 ラハサに続いて、恐る恐る乗り込む使節団のメンバー。おれも、揺れはしないかと少々警戒しながら足を乗せた。

 全員が天板に乗ったのを確認したラハサが前を向くと、テーブルは滑るようにして動き出した。それでいて加速は感じられない。

 おれは後方へと流れていく周囲の景色に見とれる。建物というより木々のない丘陵のような小山が続く光景は、地球の砂漠の山岳地帯を思わせた。丘陵には窓があるから、まるで敵を迎え撃とうと造られた要塞にも見えた。

 往来する移動機械がほとんどない道は必要以上に幅が広かった。通りに人の姿も非常に少ない。死を迎えようとする都市まちのようにさえ見える。かつてはもっと賑やかだったのかもしれない。

 この閑散とした光景を見るにつけ、もしかしたらおれたちを呼んだ理由がここにあるのではないかと勘繰った。おれたちが滅びゆく世界を救う鍵になるのかも。高度に発展したテクノロジーでさえも克服できない滅亡のプロローグ。わざわざ遠い天の川銀河くんだりからおれたちを呼び寄せたからには、ただ単に友好関係を締結したいなどというものではないだろう。もっと実のある、実効性のあるなにかを求めてくるのではないか。

(といって、おれたちになにができる……?)

 たった六人の異星人に。それぞれ母星の代表として使節団に選ばれてきて、それなりに優秀ではあるとはいえるだろうが、全権を持たされた大使ではない。母星の将来に関わる決断を迫られても即答するわけにはいかない。

 ガリン・カネバ航宙士はどう考えているのだろうとそちらを見ると、おれと同様に物珍しげに町並みを見ている。

 声をかけようとしたとき、その気配を察したのか、ガリンが振り返る。

「なぁ、縣……。歩いている異星人たち……みんな姿が異なっているということはどうなってるんだろうな?」

 それは実はおれも少し気になってはいた。

 おれたちを案内している、サヤコー人のラハサとは、明らかに違う体型の異星人が通りに見えていた。そのどれもが個性的でひとつとして同じ種族と思えるのが見られないのだ。それがなにを意味しているのか……。

(こんなにも多くの異星種族がいるとは……)

 おれたちが存在しているのだから、このアンドロメダ銀河内にも知的生命は多く存在しても不思議ではない。

「おれたちと同じようにAGIに呼集されて来たのだろうか」

「なにかの仕事を任されている……ということか。じゃあ、おれたちも?」

 ここで働くことを求められるということなのか……。

 そのとき、乗り物は建物のなかへと入り都市見物はそこで終了させられた。

 天井からの照明はやわらかく、まぶしさを感じない。この建物のどこかにAGIの代表者がいるのだろう。

 トンネルのような通路を少し進むとテーブルは停止した。停止時の慣性も感じない。

「こちらへどうぞ。エミーボジュとお話しください」

 ラハサが通路の壁に近づくと、ドアもなさそうなのに開口部が大きく開いた。

 ついにAGIにまみえるのか――。

 おれは興奮を抑えきれない。ラグィド号に乗り込んでアリウスを出発してから数ヵ月、四年はかかると見積もられていた旅が思いがけず短縮されたものの、ここまでの時間は異様に長く感じられた。果たして無事に到着できるのかという不安もあった。誰も行ったことのない、アンドロメダ銀河への旅は、途中で事故により命を落とすとこだってあると覚悟していた。

 それがついに……。まるで天竺にたどり着いた三蔵法師のように、至福の達成感に恍惚と神のお姿を拝むが如く気持ちが高ぶった。

 だからラハサが言った、『エミーボジュとお話しください』という言葉に、違和感を覚えても意識の片隅に追いやられてしまっていた。エミーボシュ――惑星そのものと話をするとは、どういうことなのか。

 開口部を通り抜け、おれたち六人は歩み進む。

 広く、天井の高い部屋であった。高く見えるだけかもしれない。外から見たビニュエントの建物はどれも小山のようでそんなに高い建造物はなかった。

 広さはテニスコートぐらいはあるだろうが、形は円形であった。部屋の中央に高さ三メートルほどの祭壇のようなものがある。彫刻のような人に見せる意匠はなく箱が積み上げられているような簡素なもので、それでも前衛芸術のように感じられないこともない。

 ラハサは、その「祭壇」の前に立ち、おれたちのほうを振り返る。

「エミーボジュです」

 この積み上げられた箱の集合体が知的生命なのか――。そう驚愕していると、

「呼びかけに応じて、よくいらしてくださいました。感謝します」

 その言葉は標準地球語だった。まさか、とおれは信じられない。

(いや、違う。おれの脳がそう聞こえているだけだ。耳から入った言葉が、脳内で標準地球語にスムーズに変換されているのだ)

 脳というのは簡単にだませてしまう。錯覚やら夢やら。AGIの進んだ技術力なら、おれの脳に地球標準語だと思わせて会話することも可能だろう。魔法のようだが、おそらくそういうことだとおれは合点する。その証拠に声は女性とも男性とも子供とも違うように聞こえる。

 アリウス人にアリウス標準語が、グラン人にはグラン語が聞こえているに違いない。

「あなたがたがここまで来てくれたとことで、それ相応の科学力を持っているのが証明されました。あなたがたにぜひ参加してほしいことがあります。しかしその前に経緯を説明しなければならないでしょう」

 おれたちはAGIに会いさえすればすべての謎が氷解すると期待している。そしてそれに応じたおれたちになにを求められているのか……。わざわざ呼んだのだから双方にメリットがあるはずだ。それは異文化を持つ異星人とて同じだろう。

「わたしはエミーボジュといい、この惑星そのものです。わたしは何億年もこの宙域に存在しています。しかしそれは長い年月生きているわけではなく、どの時間軸にも同じ意識が存在しているという意味で、わたしは時間を超越しているのです。それはあなたがたにはない能力ですから信じられないかもしれません」

 AGIの語り始めたことは驚愕の事実であった。あまりにも常識を超えていて頭にすっと入っていかない。時間を超越するということは、つまり彼らは四次元空間に生きている、ということなのか。

 おれたちが三万六千年もの過去に戻っていても、それは関係ないということになるのか。意識を、時間の流れに関わらずにも保持できるというのは、時間の概念が、我々が空間を移動するのと感覚的には同じということだ。もっとも、十メートル動くのと百万光年動くのとではそのエネルギーに違いがある。三万六千年の過去というのは、AGIにとってはどれほどのものなのだろうか。

 それはともかく、これでラグィド号の行く先々でメッセージカプセルを置けた理由がわかったような気がした。AGIには過去も未来もないのだ。

 AGIはおれの困惑などおかまいなしに話し続ける。

「銀河内で発生する生命のうち、ある程度まで自然進化していって文明を獲得できた種族に対し、わたしはその技術を吸収し、または拡散していきました。そして今度は天の川銀河にまでその範囲を広げました」

(文明の吸収と拡大……?)

 どういうことなのかと思考しようとして保留する。AGIの言葉の意味を吟味している余裕はなかった。AGIが語り終えるまで集中していなければ聞き逃してしまう。

「みなさんにここへ来てもらったのは、わたしとともにこの惑星エミーボジュで、それを行ってもらいたいからです。わたしとの融合を果たしたなら、わたしは永久に文明の発展を続けることができるのです。とくに地球人は実に興味深い」

 いきなりおれとガリンのことに話が及び、身構える。

「地球人はわたしの関与なしにあっという間に文明を獲得し、宇宙へ出るまでに達しました。他の知的生命と違った独自の性質を、ぜひわたしに貸してください」

「具体的になにをすればよいのだ?」

 おれやガリンより先にそう言ったのはマだった。アリウス標準語だ。やはりマはアリウス語でAGIとコミュニケーションをとっていたのだ。

「エミーボジュで暮らすとよいのです。やがてわたしと知識や性質が共有されることになるでしょう」

「いつまで?」

「いつまでもです。永久に」

 永久に――その言葉がおれの心に重くのしかかる。

「死なない、と考えていいのか?」

 おれの隣でガリンが口を開いた。アリウス人やグラン人に比べてはるかに短命な地球人にとって百六十年という寿命はなにかを成すにはあまりに短い。いくら知識を吸収してもしきれない。寿命というものがある限り。

 人間が一度は人生で夢想してしまう永遠の命。それが手に入る……。それは悪魔のささやきのようにおれには思えた。

「絶対に死なないわけではありません。しかし自ら死を望まない限り、あるいは誰かに死を与えられない限り、命は保たれます」

「病気はどうなる? 体の衰えは?」

 ガリンはさらに説明を求める。不老不死に激しく興味をそそられている様子だった。

「肉体の衰えは体が時間を重ねるから起こることです。しかし時間を超越できるとすれば、それはないにも等しいのです」

 おお……、という声が息とともにガリンの口からもれた。

「ガリンはここに残るつもりなのか?」

 おれは訊いた。

「残る以外になにがある」

 新たな環境にも臆することない、宇宙飛行士の鑑のようなガリンの態度であった。とはいえ、選択肢が他にあるかといえば「ない」のであるが。地球に戻ったところで、いまは『過去』であり、使節団の見聞を報告すべき相手もいない。おれたちは前に進む以外にないのだ。それは出発前にもその可能性を覚悟していたことではなかったか――。

 それはそうなのだが。

 マもコュもウィトもビーも、AGIの提案に反発することなく話を聞いている。彼らも帰ることはできない。……いや、ビーは三万六千年過去も問題ないのかもしれない。拒否反応はないようだ。

「素晴らしい体験ができます」

 AGIは話をそう結んだ。まるで誰もがその提案に従うと疑いもしないといった口調で。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る