第27話

 エミーボジュ。

 AGIがよこしたメッセージカプセルにそういう名が記されていた第六惑星が、船外カメラによって主操舵室のメインモニターに大きく表示されている。

 連星の光を横から受けて半月状に浮かび上がるその姿は、近くから見るとさらに歪で異様であるのが際立った。

 夜の側には明かりがびっしりときらめき、海洋らしきものがないのも確認できた。

 諸データがサブモニターに表示される。

 それらは手元の仮想モニターにも呼び出せた。

 エミーボジュの大きさ、質量、構成される物質の種類、表面温度、内部の構造、大気組成――大気は存在していなかった。

「自転もしていないが、公転もしていないようですね……」

 データを読み取り、コュがそう分析した。

「恒星からの距離を一定に保つためだろう……」

 珍しくマが推論した。

 連星の恒星系を巡る惑星の軌道は変則的だ。公転軌道は、離心率の高い楕円を描くだけでなく、長い年月のうちにその軌道も変化してしまうのだ。恒星からの距離が変化すれば、当然、恒星から受けられる熱量も変わるため、惑星の環境も激変する。

「自転しないのは、恒星からのエネルギーを効率よく利用するためか……」

「しかし公転もしないなんて、どうやって宇宙空間の一点にじっとしていられるんだ?」

 おれのつぶやきに、ガリンが疑問をかぶせてきた。

 あれだけの質量なら、恒星の重力によって引き寄せられてしまう加速度は相当なものになる。とにかく常識外れの人工天体であった。

「着陸ポイント、確定しました」

 コュが言うと、表示された惑星の中央、夜の部分にマーキングが重なる。

「よろしい。ではそこへ向けて、全員着陸艇で降下するとしよう」

「了解。着陸艇、一番艇から三番艇まで、システム起動」

 船のすべての操作を何度も訓練してきているビーは、小型着陸艇の発進シークエンスを迷うことなく始める。

 ラグィド号に搭載されていた着陸用の小型艇はグラン往復以来、久しぶりに火を入れられる。

 アリウスには人体を含め離れた場所に物質を転送される技術があり、たとえば衛星軌道上から惑星地表に移動するときは、その転送装置が使われる。おれも何度か使用した。宇宙船で大気圏を突っ切るよりは早くて安全だ。だからといって地表での物資輸送には適さない。陸路でも海路でも、もっと大量にコストのかからない方法が他にいくらもあったからである。が、宇宙へ行く手段としては一般的な移動方法として確立されていた。

 したがって着陸艇が使われることはあまりない。ところが転送には送信と受信の両方の装置が必須で、初めて行く惑星には古来からの着陸艇を使用せざるを得ないのであった。

 着陸艇のシステムが起動し、出発可の表示がメインモニターに出る。

「よし、では訓練どおり、乗り込もう」

 マは、主操舵室の面々を見回す。

 了解、と全員が返答。六人全員が使節団のメンバーであり、AGIとの面会も六人全員がそろって臨む。

 ラグィド号には誰も残らず留守番はコンピューターだ。突発的なことが起きてもたいがいは対処できるし、もしも危機的状況によって船に重大な事故が発生したなら、それは乗員がいないほうが人命を守る観点からもかえって好都合だ。

 おれたちは小型着陸艇の格納庫に向かった。

 ラグィド号には予備を含めて六艘の着陸艇が搭載されていた。第一格納庫に三艘、第二格納庫に三艘である。格納庫が事故で全損しても着陸艇がすべて失われないよう二ヵ所に分けているのだ。さらにAGIの惑星エミーボジュに向かう着陸艇も二名ずつ三艘に分乗する。なんらかの事故で着陸艇が破壊されても、全員が死亡しないようリスクを回避するためである。

 おれはマと乗り、ガリンはウィトと、ビーはコュとで、同じ種族が同乗しないよう図られた。これも事故を考慮して、種族の多様性を残すための配慮であった。

 着陸艇は、小型とはいえ全長四〇メートルほどもあり、それを三艘も収める格納庫は宇宙船の内部とは思えないほど広大だ。

 照明の下に浮かぶずんぐりとしたフォルムの着陸艇はイモムシを思わせた。赤、黄色、水色と、遠くからでも容易に視認できるようにべつべつのカラーで着色され、おれはマと赤い一番艇に搭乗する。

 タラップで五メートルほどの高い位置にある搭乗口へと上がって着陸艇内に入ると、ドアのすぐ横に操縦室があり、ラグィド号の主操舵室にはない窓が前方と左右に作られていた。

 操縦室には十人ほどが乗れる座席が設置されていた。ラグィド号の乗組員はたった六人であるが、AGIの大使を乗せる可能性を考えて座席は多めに作られていた。また、カーゴルームも備え、なんらかの物資を運搬できる仕様にもなっている。運搬するのはモノだけではなく、人も乗せられるよう設計されていて、より多くの人を運べるように考えられていた。これらの設備が実際に使用されるかどうかは出発前に予測がつかなかったが、なにが起きるかわからないため装備だけはできる限り載せていた。

 着陸艇を載せたカタパルトがゆっくりと動き、格納庫の開口部から一艘ずつ船外へと押し出していく。

 宇宙空間への離脱は、実機が正常に動くかどうかも兼ねて訓練で何度か行っていた。ここから目標に向けて宇宙を航行するのは、おれとコュがグランへの降下で経験しているとはいうものの、人工天体へ着陸するとは予想していなかった。

 シミュレーションでは、衛星軌道上のステーションへの着陸や惑星大気圏突入までさまざまなシチュエーションを予測して行われたから、どうにかなるだろうとおれは気楽に考える。人口天体への着陸でもさほど大きな違いはない、と。

 窓から見える人工天体エミーボジュを正面に捉え、おれはやや緊張しながら着陸艇を発進させた。

 操縦は、コンピューターがほぼすべてを行う。自動で対処できない場合のみ手動で操縦するが、おそらくそんな事態にはならないだろうとおれは予想している。

 目標の地点に徐々に近づくも、窓からの視界では距離感がつかめない。惑星エミーボジュ表面の明かりが、面から点の集合へと変化してゆく。

 ひときわ明るいその場所が指定された都市、ビニュエント。エミーボジュ全体がひとつの国家だとしたら、その首都だろうか。

 降下場所は宇宙港だろう、ビニュエントのなかに広場のような地域があり、滑走路のような細長い部分もあった。

 着陸艇はそこをめざして高度を下げていく。

 降下していくにつれ、惑星の夜の側だというのに周囲が明るくなってきた。自転していないから朝が来たわけではない。人工の明かりが都市全体を照らしているのだ。

 都市というには林立する建物はなく、連続した大地のうねりのような形状が見て取れる。

(どれくらいの人口なのだろう……)

 降下していくにつれ、より仔細に見えてくる地表を前に、おれは、これまで考えてみなかったことに思い至った。

(おれたちと面会するのは、どういう種族なのだろう……)

 AGIと呼称していたアンドロメダ銀河の知的生命という集合体として認識していたが、かれらもおれたちと同じ個性を持った存在なのだという考えが浮かんだ。

 が、すぐに果たしてそうなのかと、その考えに疑問を持った。そして結局、面会すればわかることだと想像するのをやめた。

 宇宙港らしき広場を視認。着陸態勢に入る。

 エンジンの出力を制御しながらゆっくりとタッチダウンする様を、おれは操縦席で見ているだけだ。自動操縦は最初から最後まで見事にやってのけた。

 三艘とも順に広場に着陸を終え、おれたちは着陸艇を降りる準備をする。外の環境を改めて調べてみたが、やはり大気は存在していない。気密服は必須だ。

 重力は〇・二五G。かなり小さい。着陸艇内の人工重力をオフにすれば、それが感じられるだろう。気密服にウエイトを取り付けないとうまく歩けない。

 そこへ通信が入った。二番艇か三番艇からだと思ったが、そうではないようだった。

(ということは、AGI?)

 ついにAGIからの直接通信……。これまではメッセージカプセルを通しての指示があるだけだったのが、ついに……。

 対話すればより正体がはっきりすると期待した。

 マが通信をオンにする。

「こちら、アリウス人のマです」

「ようこそ、ビニュエントにおいでくださいました」

 流暢なアリウス標準語がスピーカーより流れる。

「私はサヤコー人のラハサと申します。生命維持システムが稼働しておりますので、みなさん、どうぞそのまま着陸艇を降りてください」

 おれとマは思わず顔を見合わせた。

「気密服はなくていい、というのですか」

「はい、そうです」

「しかしこの惑星には大気がないのに」

「問題ありません。私も気密服はなしです」

 おれは身を乗り出して操縦席の窓から地表を見てみた。

 人影があった。一人である。確かに、体全体を覆うような分厚い気密服は着ていないように見えた。

「指示に従うのか?」

 振り返って、マに確認した。たぶん、ためらうことなく言うとおりにしようと首肯するだろうが。

「もちろんだ。ここまで来て我々に危険が及ぶわけがない」

 マらしい言いようだった。

「わかった。そのまま出よう」

 窓から見える黄色い僚艇のドアが開いて、早くもビーとコュが降りようとしている。二人とも気密服は装着していない。三番艇の影になっているが、その向こうに着陸している二番艇からも、ウィトとガリンが降りようとしているだろう。

 ドアを開けて、おれは緊張しつつマと気密服なしで艇外へ出た。

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