第26話

   ☆


 おれたちが外殻取り付け作業を行っている間、ラグィド号はメッセージカプセルと相対速度を合わせ、無事に回収に成功していた。

 船外作業をしている場所からではカーゴルームは死角になっているため回収するところは見えなかったが、状況はガリン・カネバ航宙士より報告があって把握していた。あとはそれを開封してメッセージを確認するわけで、それもビーたちがやってくれ、内容も早々に明らかにされるだろう。

 一方、外殻の取り付けは無事に終わり、7番タンク欠落による船体の補修は完了した。欠落したタンクを復元することまでは、船内設備だけではできないから、遠くから見たラグィド号には大きな穴があいているようで不格好ではあったが、そんな見てくれを気にする乗組員は一人もいなかった。航行に支障がなければ問題ないのである。

 7番タンクの欠落にともなって破損した構造体については予定どおり修復できたが、仕事はこれで終わりではない。船体に生じている歪を補修しないことには今後のワープで船体が損傷することが予想されると、コュが言っていた。約半年はかかるだろうとの見通しが見積もられるそれらの作業にこれから取りかからなければならない。しかしまずはVRによるシミュレーションを行ってからだ。実際の作業をすぐに始めるわけではない。

(船内に戻ろう――)

 おれがそう思ってマに合図を送ろうとしたときだった。ガリンから通信が入った。

「さっきメッセージカプセルの中身が確認されたぞ」

「そうか。すぐ戻る。どんな内容だったんだろう……」

「それが……、船体の補修に関わることらしいんだ。おれもまだ確認したわけではなく、どういうことなのか理解できないんだが……」

「AGIが、ラグィド号の補修をせよと言ってきてるのか?」

「いや、補修の方法について……らしい」

 ガリンも歯切れが悪い。AGIがラグィド号についてなにかを知っているとは思えないから、そこが不可解であった。

 おれはもやもやする気持ちをかかえながらも、マとともに船内へと戻る。

 マはなにも言わなかった。主操舵室に行けばはっきりするのだから、ここで推論する必要はないということだろうとおれは思うことにする。

 エアロックに入り、出たときと逆に気密服を壁のキャビネットに格納し、おれたちは船内へと入る。作業時間、三時間二〇分。

 移動カートに乗って主操舵室に戻った。ガリンは先に戻っていて、これで六人全員がそろった。

 メッセージカプセルの内容は?――と尋ねると、メインモニターを示された。そこにすでに表示されていた。

(なんだ、これは……?)

 文書は読み取れる。しかしおれの頭のなかには疑問が浮かんでいた。

『以下のシステムを使用して船体の補修を行うと作業時間が一ヶ月ほどで完了する』

 文書の下には、なにやらシステム名と思しきタイトルがいくつも並んでいた。

(添付ファイルか……?)

 おれはマに尋ねた。

「船長、これはどういうことなんだ? AGIはラグィド号が損傷していることをなんで知っているんだ? しかも補修システムまでよこしてくるなんて、ラグィド号の構造を知っていないとできないことだぞ」

 するとマは驚くべきことを口にした。

「AGIは我々の行動をすべて把握して、どんな宇宙船を建造して来るのかもわかっているのだ。アンドロメダ銀河まで投石器を使って来ることも」

 おれは数瞬絶句し、

「つまり、それがAGIの知性だというわけか……」

 AIでさえ、なんらかのデータで学習しなければ予測はできない。銀河を超えて、遠いところにいる種族のことをなぜ……しかもいまは三万六千年も過去だというのに。おれはいまだにそこに合点がいってなかった。AGIは神のような存在なのか……?

「一ヶ月で補修作業が完了するというなら、そのシステムをコンピューターに入れて、さっそく試してみよう」

 マは、おれの戸惑いなど気にならないかのように物事を進めようとする。マはAGIについてどれほどのことを知っているのだろうかとおれは訝る。

「ちょっと待ってくれよ」

 しかしそこへガリンが口をはさんだ。

「そんなシステムを使ってだいじょうぶなんだろうな? 船内のコンピューターに異常をきたしたりしないだろうな?」

「AGIの指示に間違いはない」

 マは言い切った。ここまで断言できるのはたいした信頼であるが、その根拠を提示してほしかった。おそらくマの信用は裏切られないだろうとは思う。けれども……。

 おれはどこか釈然としない。判断する材料がなにもないのが気持ち悪かった。

「懸念があるなら、システムから分離されたスタンドアロンのコンピューターにシステムを入れてシミュレーションをしてもよいが。AGIを疑うのなら、そもそもこの使節団の存在自体はどうなのだ?」

 マの発言に、それは……と言いかけてガリンは押し黙る。

 ガリンもおれと同じ気持ちなのだ。

 といって、ここでマたちと押し問答するつもりもなかった。

「わかった。もともと我々は命の危険を冒してこの旅に参加しているんだしな。もうアンドロメダ銀河まで来ているわけで、しかも三万六千年も過去の。ここでそこまで慎重になったところで、もう命運は決まっているような気がする。我々はAGIに試されているんだ。じゃあ、その運命を受け入れようじゃないか。毒を食らわば皿までというし」

 覚悟を決めたように、ガリンはそう言った。納得せざるを得ないといった表情で。

 おれたちはもはやなにも背負っていないのと同じだ。地球の期待もとっくに失われている。それはアリウスも同様だろう。おれたちを前進させているモチベーションはいまや自身の好奇心だけだ。

「地球に残してきたことなんかなにもないおれたちなんだから、もう前を進むしかないだろう。これで死んだとして、なにか悔やむことでもない」

 おれの言葉を聞いて、ガリンは唾をのみこんだ。

「これまでずっと宇宙飛行士として仕事をしてきて、ずっと人類の発展のためという気負いをもって生きてきた……。ところが、それがなくなってしまってもそんな意識は抜けない。なぁ、縣……おれたちのこの旅にまだ意味はあるのか?」

「哲学なんか語っていたら前に進めない」

 まだ戸惑いを残すガリンの気持ちはじゅうぶんに理解できる。しかしそれを見ていて、おれはかえって度胸がついたように感じる。

 おれはマのほうを向いて、

「船長、メッセージカプセルに入っていたシステムをコンピューターに入れてシミュレーションしてみよう。半年かかるところを一ヶ月で終わらせて、さっさとAGIの指定する座標に向かおうじゃないか」

 反対意見はなかった。



 シミュレーションは驚くべきものだった。画期的な方法であった。このような発想に至るにはどんな考え方が必要なのだろうかと、おれはAGIの頭脳に舌を巻く。

 ともかく、この方法で実際に補修作業が行われ、そして一ヶ月後にきっちり修復は無事完了した。その精度はまさしく驚異であった。

 こうして、ラグィド号は予定より早く再び超長距離ワープを実施することができた。前回と同じ六千光年の距離であった。

 当たり前のようにワープは無事に成功し、ワープアウト後に行われた入念な点検で異常は発見されなかった。

 手応えがつかめ、次のワープはもっと距離を延ばすことになった。ただ、ワープで消費されるエネルギーは莫大で、次に予定される一万三千光年のワープでは、残る十一個のタンクのうち八つのタンクのエネルギーを使い切ってしまう。今のワープですでに四つのタンクが空で、ダークマターからのエネルギー変換をしてそれらを満タンにしなければ、非常事態が起きたときに対処できなくなる可能性があった。

 エネルギーの変換におよそ三日間を要する。エネルギーに変換できるダークマターを構成する物質のわずか〇・〇〇〇〇〇〇六四パーセントにすぎず、それ故に時間を要した。エネルギーが必要量変換できるまではワープはできない。が、その長距離ワープが成功すれば、指定された座標まで計算上残りあと五千光年となる。

 そこから先は微調整したワープでたどり着く予定だ。

 ワープアウトする座標は確率的に定まる。距離に比例して確率は低くなり、狙った座標にワープアウトするのが困難となる。一万光年を超える長距離ワープではその誤差は数十光年にも及ぶ。そのためワープは星系間の誤差をリカバリーできる宙域で行うのだ。

 順調な宇宙の旅であった。けれどもAGIの助けを借りながら旅をしていることに、おれはどこかもやもやとした気持ちを吹っ切れずにいた。マをはじめとしたアリウス人も、グラン人のビーも、そこに取り立ててこだわることはなかった。

 一方で、こだわる必要はない、AGIの招待でこんな遠いところにやって来ているのだから、なんらかのサポートがあってもおかしくはない――という考え方も理解はできた。

(おれは自立心が強すぎるのだろうか?)

 そうも思ったが、ガリンも同じように感じていたというから、それほどでもないのだろう。宇宙飛行士として選ばれているからには素養が似ているというのもあるかもしれないが。

 三日間がすぎ、ワープ用のエネルギーは問題なく変換されてタンクは満たされた。補修された箇所に不具合が生じることもなく、ワープ前の総合的な点検もクリアした。

 三回目の超長距離ワープも問題なく成功し、ワープ後の点検もなんら損傷は見つからなかった。

 メッセージカプセルが指定した座標までもう一息のところまで到達した。

 マは乗組員全員を集め、これからの行程を説明して情報認識を一致させた。

「観測によれば、目標の座標にある星系は連星星系だ。そのため取り巻く惑星は複雑な軌道を持つものがあるが、そのうち居住可能なものは数個だ。そのどれかがAGIの母星であると考えられる。が、まだその情報はもたらされていない。惑星ではなく、衛星である可能性もある」

「またメッセージカプセルがもたらされるのか?」

 おれは訊いた。

「そう確信している。そうでなければ我々を呼んだ意味がない」

「それはそうだな」

 おそらくなるようになるのだろう。ともあれ、そこへ向かって通常のワープを繰り返し、確実にその星系へと接近する。船体に異常はなく、粛々と来たるべきAGIとの邂逅へと突き進むのみだ。

 マの予想は当たった。

 星系の最外惑星の公転軌道にワープアウトしたとき、浮遊するメッセージカプセルを発見したのだ。

 ただちに回収された。

 おれは固唾をのんでその内容に注目した。

 主操舵室で開示されたメッセージ内容には、予想通り、目標の惑星が示されていた。当該星系の第六惑星であった。しかもメッセージはそれだけではなかった。その惑星の諸情報、到着すべき都市までが記されていたのだ。

「しかしこの天体は……」

 惑星の外観の写真を見ておれは衝撃を受ける。丸くなかったのだ。微小天体では重力が弱く球形にならない小惑星が存在するが、そうではなく、直径が四千キロを超える、月よりも大きな惑星で球形ではないというのは珍しい。凸凹していて、これでは場所によって重力がかなり違ってくるだろう。自転が不安定になりそうであるから居住には不向きだ。AGIはなぜよりにもよって、こんな住みにくそうな惑星を指定してきたのか……。この惑星はAGIの母星ではないのか……。

「この惑星、自転していないですね……」

 メッセージカプセルの指定した惑星を、ラグィド号のセンサーで直接観測していたコュがつぶやいた。

「その理由はわかるか?」

 すかさずマが確かめにかかった。

「あの天体は、人工物のようです」

「人工物だと?」

 コュの言葉に、おれは大きく反応してしまう。

 月よりも大きな人工物。どうやればそんな巨大なものが造れるのか見当もつかない。莫大な費用と資材と手間がかかり、なおそれだけのものを造る技術と価値がなければ実現しない。どんな事情があって、わざわざこんなものを造らなければならなかったのか……。

「短距離ワープで目標付近に接近後、指定されているポイントに着陸する」

 おれがあれこれ想像を巡らせていると、マが、交代でいまは操作卓についているビーに命じる。

 マには、目標の天体が人工物だろうとなかろうと、いちいち驚くには値しないかのように淡々と指示を出す。確かに、人智を超える知性体AGI相手に、驚愕するようなことはこれまでにも何度かあった。その度に動揺してばかりいられない。……というか、そもアリウス人は地球人に比べて感受性が乏しい。

「了解。目標付近への短距離ワープを行います」

 ビーはワープの準備を始める。

 おれとガリン、ウィトは安全のため、シートについて体を固定する。これまで何度となくワープを経験して、その安全性に毛の先ほどの疑いもなかったが、念のため。

「ワープエンジンへのエネルギー充填、正常。ワープ、開始できます」

 メインモニターに、その旨、表示される。

「ワープせよ」

「ワープ、実行します」

 ワープ・コマンドが実行された。

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