第24話
「事態は深刻だ」
主操舵室でクルー全員を前に、マは改めて状況を説明した。黙って聞いていた主操舵室のクルーだったが、ショックだったに違いない。
「我々がやらねばならないことは二つだ。ひとつはタンク消失の原因の究明、もうひとつは破損個所ならびに破損個所の特定と補修だ」
一同、異議なし。原因がわからなければどう対策すべきかもはっきりしない。破損個所は修復可能だろう。しかし破損個所は、7番タンク消失の原因を突き止めないことには特定できない。
「まずは乗組員を二手に分ける。原因調査はコュ、ウィト、ビーで。破損個所の修復は私と、縣、ガリンで」
了解、と全員が仕事にかかる。
おれとガリンはマと修理の方針について話し合った。
会議室の大型モニターには、さきほどメンテンナンスロボットが撮影した映像が映し出されている。なお、二台のメンテンナンスロボットはそのまま現場で待機させていた。引き続き調査が見込まれていたし、修理時の船外活動にも連れて行く必要があるためであった。
「ラグィド号のエネルギータンクは十二基ある。そのうちひとつが機能しなくなってもワープ航行は可能だ」
マがモニターに表示されている、7番タンクのあった場所に視線をやる。
マの言ったことはおれたちももちろん学習していた。タンクには、推進のためのエネルギーに変換される質量の他、乗組員の生命維持に必要な物質も貯蔵されていた。しかし十二基もフルに必要なわけではなく超長距離ワープでさえ二基あればじゅうぶんであった。半分は予備と言えた。
仮定された四年におよぶ宇宙空間での旅では、いくつかのタンクは破損するだろうと想定していた。破損がひどければ修復せずに切り離すことも考慮されていた。ただ、その破損は、エネルギー変換後の中間物質を出し入れする段階で発生するとしていて、このように強い衝撃でも加えられたかのようにもぎ取られるとは想定していなかった。なにかが宇宙船に接近してきたならば衝突する前に回避するのを前提としていた。そのための早期発見システムが存在していたから、衝突によって船体の一部破損は確率的には低いだろう。
といっても、事故はいつどんな形で起こるわからないため、船体の損傷もある程度考慮に入れていた。今回はそのマニュアルに従っての修理となるだろう。
「消失したタンクを再生することは必要ないとマニュアルにもあるし、考えないことにする。構造体だけを修理することで問題ないだろう。だが――」
マは、そこから先を言いよどんだ。今回のことは破損個所の修理だけにとどまらない。
「残りのタンクがどんな状態にあるのかを調べ、なんらかの異常がないかを見極め、もし他のタンクに消失の気配が発見されたなら適切に対処しなければならない」
「それにはタンク消失の原因が突き止められるのが大事だな」
おれは意見を口にした。
「左様。原因がわかれば、他のタンクにも波及しているのかどうかがある程度確定するし、どんな対策が有効であるかの精度も高くなるだろう。よって、我々のチームは、まず先に消失した7番タンクを支えていた構造体を修復したのち、他のタンクに異常がないか徹底的に調査する。その間にタンク消失の原因が判明すれば、その時点で対応策を協議、方針を決定して実行する」
「了解した。では修理をどうするかだな……」
ガリンがうなずき、モニターを見つめる。
「通路を遮断した隔壁は一時的なものだ。放置しておけば、そのうち気密が破れてしまう。完全に塞ぐ外殻を設けるべきだ――」
おれは船体修理マニュアルをひもとき、当該項目をモニターに出した。モニター画面を指差し、
「ここにあるように、船内の設備を使って新たに外殻を構築することになっている」
「訓練ではここまでのことはやってなかったな……ぶっつけ本番か……」
ガリンは下唇を噛む。
「手順を確認し、一度VRルームでシミュレーションをやってみよう。修理中にどんな事故が起こるかわからないからな」
「縣の提案どおりにシミュレーション・システムを構築しよう。メンテナンスロボットの収集した情報を元に、VRで現場を再現して外殻の取り付けを行うのでいいと思う」
「船外作業はおれたち二人で担当するということでいいか?」
おれは確認する。この三人では、マが船内からの監督・バックアップを務めることになり、現場の作業はおれとガリン・カネバ航宙士とで行う流れが妥当といえた。が、
「シミュレーションには私も参加する。私が船外作業を担当するかもしれない。まだそれぞれの役目を決める段階ではないだろう」
出発したら最後、乗組員の追加や交代はできない。基本的に、替えがきくように乗組員にはオールマイティな能力が求められた。だからマの申し出は至極当然といえた。だが、長くこの宇宙船で旅をしてきてその間ずっとマが船長として指揮をしてきたため、現場で働くイメージがかすんでいた。マの発言はおれの意識を初心に戻させた。
「あ、そうだな……」
おれはうなずく。
「VRシステムを作り込む作業ももちろん手伝う。まずは船体のデータをもとにコンピューター内の仮想空間に現状を再現するところから始めよう。そこへメンテンナンスロボットが集めてきた情報を重ね合わせる。その作業はこの会議室からでもできるだろう」
マは会議テーブルに操作パネルを表示させる。ユニットに分かれたシステムを表すアイコンを手で動かすことで、VRシステムを視覚的に作り上げていくのだった。
「では、始めよう」
と、マはアイコンが浮かぶ操作パネルに手をのばす。
7番タンク消失の原因が判明したのは、おれたち三人が外殻取り付けのシミュレーションを終えて、いよいよ本作業に入ろうとしたときだった。
主操舵室に全員が集められ、個人端末のモニターに調査結果を映し出して、コュが説明した。
「結論を先に言いますと、タンク消失の原因は投石器による加速です」
とコュは言った。
「アリウスを出発してからの航行記録を追跡して、状況をコンピューター内に再現して明らかになりました。光速の一億倍という想定を超える加速に船体の各部に歪が生じていました。それが今回の超長距離ワープによる燃料タンク内の圧力変化で破断し破裂しました……。つまり、この事故は7番タンクだけの問題ではない、ということです。ラグィド号全体に歪が及んでおり、通常の航行でさえも船体の致命的な破壊の可能性があります。つまり、宇宙船の空中分解です……」
投石器による加速。それはラグィド号の設計時には想定していなかったわけだから当然そこが疑われる。そして検証の結果、やはりそこが原因であったということだった。
投石器で超光速加速されていたとき、船内にいる限りではなんの異常も感じなかったが、船体にはどんな負荷がかかっていたのか。のんきにかまえている場合ではなかったのだと、おれはいまさらながら戦慄を覚える。
主操舵室は水を打ったように静まっている。静謐な空気が漂うなか、マが口を開いた。
「各部に発生している歪を修理によって是正できるのか?」
「可能か不可能か、という問いでしたら、可能です。しかし――」
コュは、新たなデータを表示させる。
「その点においてもあらかじめ検討し、概算を出しました。最短で二ヶ月でできます。その場合、半分のタンクを投棄するのが条件です。全部を完全に復元するのであれば、半年はかかるでしょう」
船体の復元工程管理表が各自の端末に表示される。
「リスクを最小限に抑えるなら完全に元の状態に復元させるほうがよいと、個人的には考えます」
と、コュは締めくくった。
おれも応急修理でいいとは思わない。旅はもうすぐ終わるところではあっても、居住空間でもある宇宙船は万全でなければならない。帰路のことも考えると、どこかに不具合を残したままでいると、そこから重大な故障につながりかねない。とはいえ、半年もワープもできずほぼ慣性航行でその場にとどまっているのは個人的にはつらいものがある。あと一息でAGIの指定する座標に至るわけだから、早くそこへ到着してこの旅のゴールを見たいという気持ちが強くなるのも無理はない。
「半年か……」
おれと同じことを、ガリン・カネバ航宙士も思ったようだ。そのひとことに若干落胆の色が見て取れた。しかし反論はしない。
半年ぐらい遅れても問題ない――そんな空気だった。
マは全員を見回し、
「では修復の計画をより綿密に立て、それに従って修理シミュレーションを行い――」
そう言いかけたとき、ラグィド号の自動航行システムから報告が入る。
〈前方針路方向に人工物を確認〉
「メッセージカプセルか?」
マは問うた。
肯定の返事。これまで回収したメッセージカプセルと形状が一致する可能性が高い、と。遠いために正確なサイズや形状はまだはっきりしないが六〇パーセントの確率でメッセージカプセルであった。
(このタイミングで、おれたちになにを知らせようというのだろう……)
おれはAGIの考えが読めない。すでに次の目標座標まで知らせてある。次にAGIからのメッセージが来るとしても、その宙域にたどり着いてからだろう。
「回収できるか?」
マが尋ねる。
「機動変更に伴う船体への応力は微々たるものです。それで損傷が増えることはないと考えます」
ウィトが答えた。
「では回収だ」
早くも船体修復シミュレーションのプログラミングに取りかかっているコュに代わり、ビーがウィトとともに操船を担当する。
「では、我々は作業の続きに戻ろうではないか」
マは、おれとガリンに言った。メッセージカプセルの回収までまだしばらく時間がある。それまでは7番タンクの後始末を予定どおりに進めるのだ。
「了解だ……」
おれは答えた。メッセージカプセルの開封と内容の確認に立ち会う必要はないだろうから、そのまま作業を続けてもよかった。
(マはどうするのだろう?)
確認のために質問した。
「メッセージカプセルの回収後の開封作業は我々以外の乗組員にしてもらっても問題ない。誰か
頼めるか、とマは三人に言った。
「はい、わかりました」
「了解しました」
「よろしいです」
コュ、ウィト、ビーが答える。
「では、行こうか」
異議はないとばかりに、マは颯爽と主操舵室を出る。
おれとガリンもそれに続いた。
修理のシミュレーションはちょうど終わったところで、これから実際に船外活動を行う段であった。
「受け持ちはどうする?」
おれは訊いた。
「船外活動をぜひともと希望するならやってもらうが……」
マはおれたちを優先してくれたが、
「私個人の希望としては船外活動をやってみたい」
自我を示すのは珍しいことだった。
おれとガリンは顔を見合わせた。マも船外活動シミュレーションを受けてはいたが、それはあくまで非常時に対応するためだろうと、おれもガリンも二人で現場作業に当たるつもりでいた。
気密服ひとつで宇宙と向かいあう――。宇宙で働く人間なら誰でも憧れるシーンであった。だからこそ宇宙飛行士になったともいえる。
(その感覚を、アリウス人であるマも感じるのか……)
意外であったが、納得もできた。アリウス人であろうと地球人であろうと、宇宙に対する感性は同じなのかもしれなかった。だからこそマもこの使節団に参加したのだろう。どういう経緯で使節団メンバーに選ばれたのかは聞いたことがなかったが、本人が希望していない限りは選抜されないに違いない。
「おれがバックアップを担当しよう――」
ガリンがそう申し出た。
「たまには裏方から指示を出すほうに回るのもいい」
「じゃあ、おれはマと作業にあたろう。エアロックに行こう」
おれはマと連れだって船外へ出るためのエアロックに向かう。
これまで船外へは何度か出たことはあった。しかしいずれも訓練であり、なんらかの実作業をともなったことはなかった。その際も単独ではなく、パートナーを設定した。いうまでもなく宇宙空間は極めて過酷で危険である。単独ではなにかアクシデントが起きた場合に命にかかわることもある。訓練でも必ず二人以上で船外に出た。ただ、長い航海の途中で、どうしても単独で船外活動を行わなければならないときもあるだろうと、VRでの訓練では単独活動を実施していた。もっとも、単独船外活動が必要な非常事態にならないことを祈っているが。
マとともに一番近い場所のエアロックに入る。エアロックは、船内のあちこちに計二十か所設けられていた。真空の圧力に耐えられる重厚な扉を二人そろってくぐると、ちょっと広めのエレベーターケージほどの大きさの空間がやや赤っぽい照明に浮かび上がっていた。壁にはそれぞれの種族用の気密服がサイズ別に格納されていた。地球人とアリウス人――つまり、乗組員のものだ。
途中で使節団に加わったビーの気密服は搭載されていなかったが、それも船内で製作した。それぐらいのことは可能な設備がラグィド号にはあった。外殻を製作しようというのも、そんな工作機器があるからという発想による。
おれとマは気密服の着用を完了する。気密が確保されていることを示すインジケーターランプを確認。準備が整ったところでエアロック内を減圧した。減圧が完了し、外扉開放可を示す照明が緑色っぽく変化した。
「外扉を開放して、船外へ出る」
気密服の無線装置でガリンに伝えた。ガリンは別の部屋で、様々なデータを表示するモニターを前にして状況を把握している。
「了解。船外の状況に変化はない。ヘルメットカメラの映像は正常に映っているし、気密服の状態も問題なし」
レシーバーから流れるガリンの声を聞いて、おれは外扉を開くレバーを下げる。マンエラーを極力回避するよう、安全に関わるデバイスは瞬時に判別できるように大きく作られていた。
音もなく開く外扉。その向こうに広がるのは真空の宇宙空間である。
気密服には命綱が最初から取り付けられており、それを確認しておれは船外に漂い出た。
船内にあった人工重力が、船外に出た途端に失われ、おれは無重力の空間を漂う。今回もそうだが、重量物を取り扱う場合があるため、船外には重力は発生させていない。外殻にわずかな重力のみを発生させていたが、船内のような感覚では歩くことさえできない。そこは慣れが要った。VRシミュレーションでの体験が蘇る。
周囲の音が聞こえない。自分の呼吸音がやけに大きく耳に届く。振り返ると、マがすぐ後方からついて来ているも、気配さえ感じられない。
アンドロメダ銀河内の恒星の光が降り注ぐなか、おれたちはかつて7番タンクのあった場所へと移動していった。
そこにメンテナンスロボットが待っているはずだった。
ヘルメットの額の部分に取り付けられているライトが船体を照らすが、光の届かない部分はなにも存在していないかのように真っ暗であった。大気がないから光が拡散しないのだ。
船体の外殻を伝わりながら進んでいく。ラグィド号はあまりに巨大で、自分がどこにいるのかを絶えず確認する。
他のタンクの側を通過し、やがて7番タンクのあった場所へとたどり着いた。そこにタンクはなく、広大な〝空地〟があった。
VRで体験したのとほぼ同じ光景であった。
(タンクが引きちぎられるなんて……)
どんな力がかかったのかと考えると、恐怖が背筋を這い上っていった。
「さ、縣。作業を始めようか」
冷静なマの声が、ヘルメットのレシーバーから聞こえた。
「了解」
「こちら、ガリン・カネバ。外殻を固定する前に、まずは破断個所を切断していく作業からだ。現場、確認できるか?」
「確認した」
おれは答える。ほぼVRシミュレーションどおりだ。問題なく修復補修作業はできそうだ。この調子なら半年もしないうちにすべて終えられるかもしれない。
そのときおれはそう思ったのだが、いま回収されようとしているメッセージカプセルによって、その予想は大きく外れることになるのだった。
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