第23話

   ☆


 AGIではない知的種族が残した超光速移動装置によって、ラグィド号は天の川銀河からアンドロメダ銀河へと、予定では四年はかかる行程をわずか十日あまりで到達してしまった。

 しかしこれはAGIが仕組んだことなのだろうか。それとも偶然、おれたちは投石器あのそうちをそれと知らずに利用してしまったのか。

 前者だとする可能性は高いだろう。だが投石器の製作者たる異星文明はなぜおれたちに接触してこなかったのか。

 AGIは、異星知的種族どうしを積極的に接触させてきた。現にこの旅の途中でもグラン人とコンタクトさせ、使節団に加えた。

 できるだけ多くの知的種族にアンドロメダ銀河に来て欲しい、というのがAGIのスタンスだと思え、ならばなぜ、という疑問がわく。

 もしかしたら投石器を作った種族はそれを用いてすでにAGIとの接触を果たしているからかもしれないと考えられたが、それでもその種族が自主的に我々にコンタクトしてこない理由がわからない。勝手に装置を使われて黙っている理由はなにか……。

 おれたちには不明なことが多すぎる。この使節団にしても目的がはっきりしていない。AGIの求めに応じ、唯々諾々とその指示に従ってきたのは、ひとえに異星の未知なる文明と接触したいがためという、知的好奇心のみによって心が動かされているからだ。

 もちろん、おれたち地球人に関していえば、アリウスとの交流によって科学が大きく進んだという恩恵にあずかれた前例があるため、今回の使節団に加わったのもそんな目的があった。

 しかしこのまま進むべきかどうか、進んでよいのか――。

 三万六千年もの過去に戻っているおれたちは、本当にAGIと正しくコミュニケーションできるのだろうか。故郷の星はまだ農耕すら始まっていない。完全に切り離されてしまったおれたちにこれ以上進む理由はあるのか……。

 アンドロメダ銀河まで来た成果をなんら示すことができないのに。

 だが全員そろった今後の方針についての協議では、あっさりそのままAGIの元へと行くということが確認された。

 いまが「過去」だとしても、AGIからはメッセージカプセルが送られてきたわけであるし、ということは時間を超えてAGIは存在しているということであり、そうである以上、たとえ故郷に情報を持ち帰っても活用されなくとも、逆にそうであるからこそ、我々は進まなければならないと結論した。

 その方針についておれは納得はした。確かにそうだろうとは思う。ただ、AGIがなんのためにおれたちを呼んだのか、おれたちに最終的になにを求めているのかが不明であるのが大きな懸念であった。単にコンタクトを求めているだけではないだろう。別の銀河からわざわざ呼び寄せたのだからなんらかの要求があるはずなのだ。

 その要求をただで提供させはしないだろう。なんらかの見返りがあると期待されるが、もちろんそれがなにかは見当がつかない。

 ともかく、そういう不透明な先行きであった。

 メッセージカプセルには今後の行き先が明記されていた。

 三万光年先にある恒星系であった。メッセージカプセルは三万六千年前からここでおれたちが通りかかるのを待っていた、というのはとてもではないが考えにくいため、なんらかの手段で過去へ戻ってきたのだろう。

 AGIのはるかに進んだテクノロジーならば、そんな魔法のようなことも実現できるのではないか、とマをはじめとするアリウス人たちは言っていたし、ガリン・カネバ航宙士も、その説を否定しなかった。憶測をしないグラン人ビーはなにも意見を述べなかった――可能性は無限にあり、確証がなにもない段階ではそれは正しい態度かもしれない。

 新たな目的地である恒星系までの三万光年は、アンドロメダ銀河までの二百五十万光年に比べれば短く感じられるが、ラグィド号だけの能力で航行するにはたいした距離であった。

 一ヶ月半はかかるだろう。

 銀河間航行で行う予定だった超長距離ワープは一度も実施していないから、ここでそれをテストすべきという意見がマから出た。超長距離ワープを使用すれば、そこまで日数はかからない。

「アンドロメダ銀河内での超長距離ワープは出発前に想定されていた――」

 主操舵室に乗組員全員が集まった前で、マはそう言った。

「当初の予定では、銀河間での使用で安全が確認されてからという条件つきであったが」

 それは誰もが承知していた。途中から使節団に参加して乗組員となったグラン人のビーもこれまでの記録を読んで知っていた。そのための時間はじゅうぶんあった。

「安全は確認できていないが、これまでの通常ワープと基本的には同じであるし、エネルギー量の桁が違うというだけなら、ワープの際の影響の範囲を調べるためにも実施すべきと考える」

 マの意見は妥当といえた。急ぐ旅ではなかった――むしろ投石器のおかげで大幅に早くアンドロメダ銀河に到着できたのだから、ここで超長距離ワープを行って行程の短縮を図るメリットはさほどないかもしれない。しかし心情的に早く行くことができるなら早く行きたい……というのはある。

 おれはもちろん賛成である。おれが地球人であるから早さを望むのかもしれない。寿命の長いアリウス人やそもそも寿命のないグラン人からすれば、そこまで効率を求める考えではないかもしれないから、マからそんな提案をしてきたのは意外だった。

 おれとガリンは激しく同意する。無益な時間とまでは言わないが、船内であと一か月半も指折り数えたくはない。おれたちの目的はあくまでAGIとの接触なのだ。船内のメンテナンスは、その目的を達成するために必要なことだからやるのであって、メンテナンスに時間を割いてばかりいても仕方がない。その理屈をアリウス人もわかっていたのがうれしい。グラン人のビーも否定的ではなかった――肯定だと受け取ることにする。

 これまで何度かシミュレーションで確認した手順に従って超長距離ワープの準備を行うことになった。

 ワープそのものはシステマチックでオペレーターが操作することはほとんどない。機械にまかせておけば自動的にワープまでしてくれる。おれやガリンが乗り込んだ実験船はそうはなってはおらず手動操作が多かったが、それは実験用であるために、さまざまなデータを収集する目的もあったせいであった。ラグィド号が搭載するワープシステムも通常のワープエンジンがパワーアップされたものであり、オペレーションは複雑ではなかった。しかしそれでも超長距離ワープのために通常のシステムとは精度の違う部品によって構成されているため、それらのテストも兼ねての作業が乗組員に課せられていた。

 メンテナンスロボットに手伝わせてシステムの各部を点検し、異常がないことを確認すると長距離ワープのシークエンスに入る。

 今回のワープでの跳躍距離は八千三百光年。計画では最終的には十六万光年のワープを目指していて、ラグィド号はそれが可能な能力を有していた。それでもってアンドロメダ銀河までの虚無な宇宙空間を渡っていこうという予定であった。

 エンジンのチェックを終えて、おれは主操舵室に報告する。巨大なエンジンは見て回るだけでもかなりの時間を要する。当然ながらチェックは目視するだけではない。テストデータを流し、信号が正しく数値を返してくれるかを見たり、センサーで表面温度や振動の有無、細かな亀裂がないかなどを丁寧に調べていくのである。

 文明がいくら進んでも工学の理屈は変わらない――。それを知ったとき、なんだかほっとしたものだった。地球人も、いつかこのレベルにたどり着けるはずだと確信できた瞬間だった。

 おれの点検報告に対し、了解したとの返事。主操舵室でもおれの送ったデータが確認されているのだ。

 点検を終えて主操舵室に向かうその途中で、ガリンや他の乗組員からも船体各部のチェックを終えたという報告が次々に入った。

 主操舵室に着く頃にはすべてのチェックが完了し、問題なしとして超長距離ワープの実施が確定した。

 全員が主操舵室に集まった。

 緊張よりも期待する雰囲気が感じられた。

 アリウス人クルーのウィトとコュによってワープテストが始められる。この二人によるシミュレーションも何度か行われていて手順は完璧であった。

 準備が整った。

「超長距離ワープ、いつでもできます」

 ウィトが告げる。

 今回のワープ距離で三万光年の四分の一をいっきに稼ぐ算段だ。そしてその後も距離を伸ばしつつ超長距離ワープを実施して、十日もかけずにAGIのメッセージカプセルが指定した座標に到達する予定である。

「ワープ、開始せよ」

 マが命じた。

「ワープ、開始します」

コンソールパネルを操作する、ウィトとコュ。

 次の瞬間、ラグィド号はワープ空間に突入した。

 これまで何度も経験している船酔いに似た三半規管が捉える異常な加速。だが、おれとガリンも訓練を積んでいるためなんともない。

 船外カメラが捕らえる虹彩がメインモニターに映し出されている。その色合いがいつもより濃い。違いといえばそれぐらいで、これまでのワープとなんら変わらない。当然だ。シークエンスは同じなのだから。ワープ空間の遷移時間も変わらない。理論的に、ワープの距離がどうであろうともワープ空間内での時間は変わらないのだ。

 すべてが順調……と大船にのったつもりでいたところ、ワープが終了して通常空間へ移行する直前、ラグィド号の船体に大きな衝撃が走った。

 安全のため全員がシートに付き、体をハーネスで固定していたおかげでふっ飛ばされずにすんだが、ハーネスが体に食い込むほどの衝撃であった。

 アラートが鳴る。

(なにが起こったというのだ?)

 船体およびワープシステムのチェックは完璧でどこにも漏れはなかったはずだ。それとも別になにか予測できなかった外的要因によるものか? ワープ空間でなにかに衝突する、というのは確率論的にありえなかった。

 メインモニターに異常個所が表示されている。それによれば……。

(変換燃料タンクの消失?)

 そんなばかな。計測機器の故障かもしれない。

 ラグィド号はワープ空間を脱し、通常空間に戻っていた。ワープは無事に成功した……といえるのかどうか。予定どおりの距離を跳躍できているのかどうか……。

「コュとウィトは慣性航行を維持しつつ、現在位置を測定してくれ」

 マはすぐに指示を出した。

「縣、ガリンの両名は私とともにタンクの様子を見に向かう。ビーは私の代わりに主操舵室に残って待機し、異常事態が起きたときには全体の指揮をたのむ」

 身を翻して主操舵室を出ていくマの後ろについて、おれとガリンが座席を離れる。

 タンクに向かいながら、メンテナンスロボットを二台呼んだ。メンテナンスロボットは待機場所から現れ、おれたちに付き従う。

 問題の起きたのは7番タンクであった。その現場まで、メンテナンスロボットとともにイオノクラフトのカートに乗って移動する。

 ラグィド号が巨大な宇宙船であることはまえにも述べた。全長二千メートルのほとんどは、ダークマターエネルギー変換システムとその貯蔵タンクだ。

 そのタンクのひとつに異常が生じた。センサーによるとタンクが消失したことになっているが、本当にそうなのか? 不具合ではなく消失というのは穏やかではない。

 数分かけて現場に到着した。船内通路から枝分かれした、7番タンクへの通路は途中で隔壁がおりて行き止まりになっていた。与圧維持のための非常用の隔壁である。これが作動しているということは……。だが窓はなく、船外の様子はわからない。

「メンテナンスロボットを船外へ行かせよう」

 中型犬ほどの大きさの二台のメンテナンスロボットは、マに命じられて通路を引き返す。そして、メンテナンスロボット専用の出入り口から船外へと出ていった。

 マが携帯していた端末から仮想モニターが空中に現れ、そこにメンテナンスロボットからのカメラ映像が表示される。おれたちはマとともに、その映像を食い入るように見つめる。

 真っ暗な空間にライトに照らされたラグィド号の船体が写っている。タンクを支える構造体であった。メンテナンスロボットはさらに進み、構造体の先にライトの光が届いた。

 あっ、と声があがった。

 7番タンクがなかった。全長百七十メートルものタンクが一基まるごと消失していた。センサーのエラーではなく、本当に消えてなくなっていた。

 たった一つのタンクが使えなくなったからといって、超長距離ワープができなくなるわけではなかったが、事態はそんな単純なことではむろんすまない。なぜなくなっているのか? 今後、他のタンクも同様に消失したりしないのか? タンク消失が船体そのものに影響しないのか? そこがはっきりしない限り超長距離ワープ、いや、通常のワープですら危険かもしれない。

 メンテナンスロボットが、タンクが接続されていた構造体をクローズアップした映像をよこした。

 破断しているのがわかった。タンクを繋ぎ止めていた百本を超える構造体が、強い力によって引きちぎられていた。

 いつどこでそんな力がかかったというのだろうか。なにかと衝突でもしない限り起こり得ない現象だった。

 想定していない事故である。事前のチェックでは見逃されていた。まさかそんなところが破断してしまうとは。

「なんてことだ……」

 悔しそうにガリンは拳を握りしめる。船外のチェックはガリンの担当だった。が、チェック項目にあがっていなかったタンク構造体の状態までは見ていなかった。

「おまえのせいじゃないよ。誰がチェックをしていても防げなかった」

 おれはガリンの肩に手をおいて。

「でもよう……」

「対策を協議しよう。主操舵室に戻る」

 マが仮想モニターを閉じ、通路を引き返す。

 ワープができなければAGIが指定してきた座標へは行けない。まさしく一大事である。

 だが、とおれは思うのだ。これまでの訓練でさまざまな課題解決をこなしてきた。その経験から今回のトラブルは必ず解決できるだろう、と。おれは自分とアンドロメダ銀河使節団のメンバーを信じる。どんな困難であろうと克服できる、と。

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