第22話

   ☆



 近鉄・大和八木駅から歩いて十分ほどのところに飛鳥学園大学高校はあった。本体である大学はもっと南にあるが、高校はこの場所に建てられていた。

 午前中の授業を終えて昼食をすませた生徒たちは、各自が所属するクラブ活動へと散っていく。午後からじゅうぶんな時間がとれる土曜日は一週間のうちで一番貴重な日なのだった。

 eスポーツ部に所属しているおれたち四人は、顧問の栄田教諭とともに、はるばる一時間ほどかけて移動してきた。

 スマホの地図を頼りにたどり着いたおれたちは、普段生徒が使わない校舎の来客用玄関から入り、事務室でeスポーツ部顧問に取り次いでもらった。上がり口の飾り窓には、クラブ活動で獲得したさまざまなトロフィーや盾、表彰状がこれ見よがしに置かれており、おれはすごいんだぜアピールがものものしかった。もっとも、それはおれたちの南愛高校とて同じであるが。アピールをして人気を集めなければならない私立高校の宿命だ。そのうちここにeスポーツ部の獲得したトロフィーが掲げられる日がくるのかもしれない。

 対応に出てきた事務員に案内されて、eスポーツ部の部室へと向かった。

 きれいに清掃された廊下を進んでいると、おれたちとはデザインの異なる制服を来た生徒たちともすれ違う。おれたちが他校の生徒だとみるや、「こんにちは」とあいさつしてくる。

 ここですよ、と事務員がドアの前で立ち止まる。ノックをしてドアを開けると、顧問の教諭を呼んだ。

 返事があり、eスポーツ部の顧問教諭が出てくる。

「あ、南愛高校のみなさんですね、どうぞ入ってください」

 失礼します、と言っておれたちが入っていくと、部室には十人からの生徒がいて、熱心にゲームに取り組んでいた。全員が男子生徒で、熱心にゲームをプレイしている姿は、どこかのゲームセンターでハイスコアを競い合う強者つわもののゲームプレイヤーを思い起こさせた。その熱気で部室の温度が上がっていくようだった。

 四〇インチほどのモニター画面が四つ。それぞれ異なるゲームがプレイされていた。ひとつはおれが注目している「ロケット・リーグ」だ。ほかに、「リーグ・オブ・レジェンド」、そして格闘ゲームの「ストリートファイター」も稼働していた。

「よく来てくださいました」

 と、飛鳥学院大校のノッポで眼鏡をかけたクラブ顧問は自己紹介し、

「当校はまだ部を創設してから二年あまりですので目立った成績は残せていませんが、日々鍛錬に励み、やっと実力はついてきてまともに戦えるレベルにまできています」

 などと説明する。

 プレイ中はヘッドホンをしているので、ゲームの音は聞こえてこないため会話は支障なくできた。

「公式戦とは、どんな規模で開かれているんですか?」

 栄田先生が質問する。

「まぁ、公式戦といっても、まだまだどの高校にも普通にあるクラブではないですので裾野が広くないですからね……。いきなり全国大会へ参加というのもあります。他のスポーツ部と違ってゲームの種類がいくつもあるので、eスポーツ部と看板を掲げてはいてもそのゲームに精通していないと勝負ならないから参加できない、という場合もありますね」

 栄田先生はしきりにうなずく。

「なるほど……。うちも本格的な活動をしたいと考えているのですが、どこから手をつけていいかわからないというのがあります」

 おれはその会話を聞きながらもゲーム中の画面を注視している。最近やりこんでいるロケット・リーグである。といっても、まだまだ操作はおぼつかないが。

(速い……)

 画面の動きがめまぐるしく、なにがどうなっているのかわからないほどのスピードだった。おれなんか目じゃない。

 あの……いいですか、とおれは手を挙げて質問する。

「このロケット・リーグですが、全国大会レベルでいうと、飛鳥学院あすがく大高はどれぐらいなんでしょうか?」

「残念ながらうちは十五位で予選敗退でした」

 と、飛鳥学院大校の顧問。

 予選敗退……。この実力で……。

「まぁ、あの一戦を経験して、もっと力をつけないことにはと、がんばっているところですよ」

「お、じゃあ、縣、一回、手合わせしてもらったらどうだ? せっかく来たんだ。どれぐらいの実力差があるのか、実際にプレイしてみて体験するのもいいだろう」

(えっ?)

 と、おれは内心、そんな無茶な、と対戦する気などなかった。つい二週間ほど前からやりはじめたゲームなのに、相手になるはずがなかった。それは画面を後ろから見ているだけでもじゅうぶん思い知らさせていた。

「かまいませんよ」

 と、飛鳥学院大校の顧問も賛成する。

「じゃあ、国丈くにたけ、おまえが相手をしてやってくれ」

「はい」

 国丈と呼ばれた地味な感じの小柄な生徒がうなずく。制服のサイズが少し大きいのは、成長するからと見越して大きめのを買ったのだろう。

「では、このパソコンで」

 自分の操作しているパソコンでプレイ中のゲームをリセットする。

 おれは心の中で「無理無理無理!」と叫んでいたが、すでに断れる空気ではなくなっていた。南愛高校eスポーツ部の代表としてさらし者にされてしまう未来が鮮やかに脳裏に浮かんだ。

 覚悟して、席につく。

「一年の国丈です。よろしくお願いします」

「一年、縣です。こちらこそ、お手柔らかに……」

 ゲームが始まる前から、おれはすでに戦意を喪失している。完全アウェーでもあるし、顧問が言うように、ここは飛鳥学院大高がどんなレベルなのかを体験するいい機会だというスタンスでいこう、と思った。

 ロケット・リーグは、最多人数四対四のチーム戦で争うゲームである。ただ、高校の公式戦では三対三と定められている。

 相手はコンピューターでもオンラインでつながっている人間でも設定可能だ。一人で気軽にプレイする場合、味方の他のプレイヤーはコンピューターが自動操作することもできるし、もちろん一対一も選択できた。

 今回は一対一。プレイタイムは標準は五分だが、公式戦と同じ三分に設定。制限時間内に多くのゴールを決めたほうが勝ちである。

 おれはやや緊張しながらも椅子に座る。ゲームの操作デバイスは、ジョイスティックかキーボードか選べたが、慣れているキーボードにした。

 おれがキーボードを選んだからか、国丈もジョイスティックから手を放し、キーボードを引き寄せた。どうやら普段はジョイスティックでプレイしているようだ。となると、少しはハンデをもらったことになるのか。

 ゲーム開始。

 フィールドが四〇インチの画面に表示される。周囲を金網で囲まれたコート内で、壁も天井も使って自車を操作するのだ。おれのアバターは赤いクルマだ。

 クルマのタイヤぐらいの大きさのボールがコート中央に出現。

(えっ?)

 いきなりボールに向かって矢のように飛び込んでいく黄色い相手車。おれの操作が間に合わない。やはり速い。

(これが公式戦で勝てる技なのか――)

 外野で見ているのと対戦してみるのとではぜんぜん感じ方が違う。

 おれがこれまでプレイしてきたコンシューマーゲームはコンピューターが相手であり、ターゲットの振る舞いはステージごとに固定されていた。ある程度のパターンを憶えてしまえば攻略は難しくない。ところが人間が敵キャラを操っているとなると、そんなパターンなどない。いきなりボスキャラのステージでの戦いとなる。

(こいつは歯が立たない……)

 レベルが違いすぎた。キーボードによるハンデなんてとんでもない。それ以前の話だ。

 おれはなんとかボールを拾いに行こうとするが、ボールがいまどこにあるのかさえすぐに見失ってわからなくなる。視界を回転させて、ボールをさがす。

 そんなことをしているうちにあっさりゴールを決められてしまった。先制点が相手に入る。

 双方のクルマがランダムで再配置され、ゲーム再開。

(どうすればボールを確保してゴールを奪えるんだ?)

 おれは目を皿のようにして画面を見つめ、ボールを追いかけた。

 偶然に金網に跳ね返ってボールがすぐ近くに転がってきた。赤いクルマをダッシュさせてボールを取りにいったが、ゴール方向へと転がすのがうまくいかない。人間と違ってクルマを操作しているので、真横に移動することができない。クルマのどの部分にどんな方向からボールが当たるかによって跳んでいく方向が決まっていて、思い通りの方向にボールを飛ばそうと思えばどういう角度でボールにぶつけるかも計算して操作しなくてはならない。

 今日までの間何日か挑戦してきたが、おれはそういう点においてまだアバターに体が馴染んでいなかった。ボールが明後日の方向へ転がっていき、ちっともゴールに入ってくれない。

 せっかく拾ったボールでも、すぐに相手に取られた。主導権は完全に相手側にあり、こちらは翻弄されてばかりだ。

 じっくり相手の動きを読むこともできない。相手の実力を見ようと思ったが、そんなことすら余裕がない。

 次々にゴールを決められる。対しておれは、相手のオウンゴールとシュートしたボールが偶然、ゴールネットを揺らしただけの二点。差は開く一方だ。

(ここまで自在にクルマを操れるものなのか……)

 もしこれが、おれが普段遊びこんでいるゲームだったとしても、こんなにも速く正確に動かせているだろうか。

 おれはゲームは好きで遊んでいるが、そこまで研ぎ澄ましてコントローラーを扱っていない。己の技を鍛え、ゲームを研究して勝ちを目指す――そんな真剣な態度でもってゲームをしていない。ゲームは遊びだ。しかし飛鳥学院あすがく高のeスポ部かれらにとっては競技なのだ。その姿勢の違いに、おれはゲームプレイを通じて気づかされた。

 タイムアップ。異様に長く感じた三分間であった。

 惨敗、というひと言ではすまないほどの大敗っぷり、というより、勝負にならなかった。もてあそばれていたといっていい。

 こちらの経験が不足していた、というのが大きかったが、経験を積みさえすればここまでのレベルに到達できるかといえば、単に漫然とゲームをしているのでは届かない気がした。eスポーツはプロがいる分野だ。勝つための探求心と切磋琢磨を続け、レベルを上げていく。縁台将棋をいくら楽しんでいてもプロ棋士にはなれないのだ。ガチのクラブ活動を目の当たりにして、おれは言葉を失う。相手の技量を探るということすらかなわなかった。

 思った以上のワンサイドゲームで、場の空気が凍りついていた。

「さすが、活動期間に一日の長のある飛鳥学院さんだ……」

 栄田顧問が感想をつぶやいた。

「いや、素晴らしい。これが全国大会出場チームの実力なんですな。一年生だというのにこの実力とは恐れ入りました」

「いえいえ……。南愛高校さんもこれからですよ。ぜひ腕を上達させて、いっしょにeスポーツを盛り上げていきましょう」

 飛鳥学院大高の顧問教員が、優等生なコメントで返した。

 その後おれたちは、短時間であったが情報を交換し、和気あいあいとしたなかで互いの健闘を約束して飛鳥学院大高をあとにした。

 だがその帰路で、おれは本当にこのレベルを目指すのかと内心気分が暗かった。とてもではないが、できるような気がしなかった。

(いっしょにいた牛岡はどう思っているだろう?)

 それとなく尋ねてみると、おれ同様、困惑しているようだった。そんななか、栄田顧問だけがやたらと前向きであった。あの対戦を見てもなおめげないところが体育会系なのかもしれなかった。

 夏休み後の二学期には三年の沖川部長が退部する。

 来年に新たな部員が加入しないことには廃部の憂き目にあってしまう南愛高校eスポーツ部の未来は、ちっとも明るくなかった。

 さらに帰宅後、父親から「明日、京都水族館に行くぞ」と聞いて、おれの脳みそはキャパ不足に陥った。次から次へと、気が休まらない。

 そのせいか、その夜見た夢では宇宙空間に浮かぶステージで巨大な魚がサッカーをしていた。

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