第21話

 船内時間で八日がすぎた。

 センサーやカメラは宇宙船外の様子を捉えることがほぼできなくなっていて、おれたちが実際にはどこにいるのかはわからなくなっていた。計算上、アンドロメダ銀河へ向かっているのはわかっているが、現実がその計算値のとおりになっているとは限らない。

 おれたちは交代で状況の推移を見守っていたが、その間、なんの変化もなかった。

 そして九日目。

 ラグィド号の速度が急速に落ちてきている、という知らせが自室でまどろんでいたおれの耳に届いた。眠れなくて、安定剤を飲んでいた。

 おれたちが乗り込んでいるラグィド号が、現在、予定していた航行とは異なる状況にあり、これからどうなっていくのかまったく不明で、しかもおれたちに取りうる手段がまったくないとくれば精神的に不安定にもなろう。

 地球の宇宙開発機構やアリウス天文交通局からの支援はいっさい期待できない今回のアンドロメダ銀河への旅では、おれたちだけでふりかかるさまざまな問題を解決していかなければならない――その訓練は出発前から重ねてきた。しかしこの状態では訓練の成果を出せない。そこが歯がゆくてならなかった。

 おれはかぶりを振り、主操舵室へ行くべきかどうかを靄がかかったかのようにすっきりしない頭でしばし考え、行ったところでわかることは他にないわけだし、と結論を出したにもかかわらず自室を出ていた。

 主操舵室には、当番だったウィトとビーがコンソール席についていて、他には船長のマがいた。

「ラグィド号の速度が落ちているって?」

 開口一番、おれは尋ねた。

 後部シートについていたマが振り返る。

「すでにラグィド号の通常巡航速度にまで落ちている。いま、周囲の宙域を観測しているところだ」

「それで現在位置がわかるのか?」

「いや、それはわからない。もしここがアンドロメダ銀河内だとしたら、そこに存在する恒星のデータはもともと我々は持っていないから比較のしようがない。しかし――」

 マは、観測データが表示されていくディスプレイを見上げる。

「ここがもし天の川銀河内であったなら位置は特定できる」

「天の川銀河って、我々はそこを光速の一億倍ものスピードで飛び出してきたんじゃないのか」

「そのはずだが、本当にそうなのか一応確認しているんだ。もっとも、中心部バルジの反対側だったら、現在位置はわからないがな」

 銀河中心方向は恒星が密集する紡錘形のエリアであるバルジの向こう側はまだよくわかっていなかった。

「計算結果、出ました。既知の宙域ではありません」

 ウィトが結論した。

 既知の宙域ではないなら、ではここはどこなのか――。

「もしここがアンドロメダ銀河のなかなら、天の川銀河が見えるはずじゃないのか?」

 おれはそのことに思い至った。ラグィド号の後方を観測すれば、天の川銀河を見つけられるはずだ。

「もう計算を始めてますよ」

 観測データをコンピューターで分析している最中とのこと。

 観測場所が異なれば、星の見え方も異なる。これまで我々は、天の川銀河の内側からしか宇宙を見ていない。二百五十万光年も離れたアンドロメダ銀河からでは星々はどう見えるのか、ラグィド号の船内コンピューターは懸命に計算し、やがて答えを出した。

「天の川銀河が見つかりました」

 ウィトが告げる。

 画面に拡大されは画像が出力されている。つらぬくような中心部バルジを持った棒渦巻き銀河――天の川銀河。

「距離は二百五十三万光年です」

 間違いようがなかった。

 地球を初めて宇宙から見た人間も、おそらくおれと同じ感覚だったろう。

 いま、おれは人類で初めて天の川銀河の姿を目にしているのだ。そのことに、目眩に似た感覚を伴う感情に揺さぶられるのだった。

(こんなにも遠くへ来てしまったのか……)

 最初からわかっていたことなのに、それが現実のものとなると不思議な感覚に襲われる。

 あそこに見えている天の川銀河は、二百五十三万光年も離れている。光の速度で二百五十三万年。いま見えている輝きは、はるか二百五十三万年前の光なのだ。

 おれはそこで重大なことに気づく。

 ウラシマ効果である。

(おれたちは、はるか未来に来ているのではないか……)

 いまごろ地球やアリウスでは、何百年か何千年、いや、何十万年も経過しているかもしれないのだ。

 ワープを使っての旅ではそんなことは起こり得ない。

 想定していない事態が起きているのだ。

(なんてことだ! そんなことに気づかなかったなんて!)

「みんなちょっと聞いてくれ」

 うわずった声になってしまった。

 おれのほうを向いた主操舵室の面々に、その可能性を告げた。

「もしそうなら、おれたちのこの旅に意味はあるんだろうか? 使節団としての存在価値はあると思うか? すでに故郷の種族は滅びているかもしれないのに、このまま旅を続けてどんな成果を持ち帰れるだろう……?」

 おれは異星人たちの反応をうかがうが、表情のない顔からはどんな思いでいるかは読み取れない。とくにグラン人であるビーは顕著で、しかも寿命がないから年月に対する感覚は、地球人のおれたちよりもかなり鈍感かもしれない。

「我々が出発してから、アリウスではどれくらい時間がたっているか計算できるか?」

 さほど深刻に受け止めていないような口調で、マがウィトを振り返った。

「それは難しいですね。宇宙を観測することで経過時間はわかりますが、いまのところ百万年単位がやっとでしょう。我々が超光速移動した時間から計算することは可能ですが、未知要素が多すぎてとても提示できる結果はでないでしょう」

 ウィトは絶望的な回答をした。それでもコンピューターに計算指示を送った。

 出発前、アンドロメダ銀河へのこの旅が、想像もつかないような事態におかれるかもしれないとは覚悟していた。未知の事象に遭遇するか想定していない事故が起きるかして生きて帰れないかもしれない。それでも、遠い宇宙を旅するのにためらいはなかった。おれは宇宙飛行士だからだ。しかし……。

「船の進行方向に浮遊物体です!」

 ウィトの声がおれを現状に引き戻した。

「メッセージカプセルです」

(メッセージカプセルが現れたとなると、時間は大きく経過したりしていない……ということか)

 おれはやや安心した。それと同時に、おれたちをアンドロメダ銀河まで運んだあの装置についてなにか一言欲しかった。その説明があるものと期待した。

「すぐに回収だ」

 マは命じる。

「了解です」

 ウィトは船内通信でコュを呼び出した。二人がかりでラグィド号を操船して、メッセージカプセルの回収にとりかかるためである。

「では、我々はカーゴルームに行きましょう。ガリン・カネバ航宙士も呼びましょう」

 マがきびすを返し、主操舵室を出ようとする。

 ガリンはまだ自室にいた。もうアンドロメダ銀河についたと知ったら驚くに違いない。

「計算結果が出ました」

 そこへ、ウィトがコンピューターの解答を読み上げた。

「あくまで理論値ですが、マイナス三万六千年……過去に来ています」

「!」

 未来ではなく、過去へ……?

 おれは混乱した。こんなことがあり得るのか?

 おれがビーとマに続いて主操舵室を出ようとして呆然と立ち尽くしていると、急いでやって来たコュとすれ違った。



 回収されたメッセージカプセルには、今後の向かう方角が示されていたと同時に意外なことが記されていた。

 ラグィド号をアンドロメダ銀河まで運んだ超光速加速装置は、AGIが作り出したものではなく、過去、天の川銀河よりやってきた種族が設置したものだというのだった。それはAGIが管理するものではない、と。

 つまり、おれたちはたまたまそれと遭遇し、勝手に使ってアンドロメダ銀河までやって来たことになるのだ。

 メッセージカプセルには、その種族についてはその後どうなったかは明記されていなかった。

 が、少なくともAGIに呼ばれたのはおれたちだけではなかったことはわかった。かつておれたち同様アンドロメダ銀河までやってきた種族がいたのだ。それもとんでないテクノロジーを持った種族が。

 となると、いったいAGIの目的はなんなのだろうか。

 さまざまな知的種族を天の川銀河から呼び寄せ、どうするつもりなのか。技術力の発達度で選別しているわけではなさそうだが、そうなるとなにを求めているのか見えてこない。

 おれたちは、クルー全員で旅の今後について協議することにした。

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