第12話

 出航する日が来た。

 なにか特別な式典でもして送り出してくれるのかと思えば、そんな気の利いたイベントなどなく、いつもの訓練の延長のような形で、粛々とラグィド号の発進シークエンスは進んだ。

 前日、宇宙開発機構のおもだった職員だけで小さな出発式を開いてくれたが、本当にそれだけだった。だがおれはそれでじゅうぶんだった。

 アリウス支部長はおれたちの旅路を祝福しながらも、その責任を強く感じると口上を述べた。

 ベンジャミンが、感極まって嗚咽するのには閉口した。

「必ず、帰ってきてくださいよ」

 などど、固い握手をかわして涙ながらに訴えられ、おれはどんな顔で答えていいか困った。とりあえず笑顔をつくったが、まるで出征していく兵士のようではないか。

 おれたちアンドロメダ銀河派遣使節団の五名は、全員ラグィド号の主操舵室のシートにそれぞれ収まり、何度となく繰り返した発進手順に従って機器の確認をしている。次々と正常のアイコンがパネルに表示されていき、各自それを確認する。コンピューターに任せていれば自動で出航できるのだが、クルー全員が状況をしっかり確認しておく必要があった。

 すべての発進準備シークエンスをクリアしたところで、ラグィド号はドックを離れた。

 加速度さえ感じさせない船内に、外部カメラのとらえる映像が流れていた。

 ドックの展望デッキで並んで見送る地球人スタッフが手を振っているのが見えた。おれとガリン・カネバ航宙士は敬礼する。今生の別れ、ではないとかれらは思っているかもしれないが、おそらく再会することはないだろうと、おれはそんな予感がしている。

 全長二千メートルに及ぶ巨船が、アンドロメダ銀河に向けてメインエンジンのパワーをあげた。船内の全システムは正常。惑星アリウスが早くも小さくなっている。航行が始まればアリウスとの交信はいっさいできなくなる。この宇宙船より早く情報をやりとりする方法はないのである。

「無事発進できた。おめでとう、諸君」

 アンドロメダ銀河派遣使節団の団長であり、ラグィド号船長であるアリウス人、マが全員を前に挨拶をした。イヤリングの赤が、決意を表しているかのよう。

「これより四年をかけて、われわれはアンドロメダ銀河へと向かう。これまで前例のなかった長期間の宇宙の旅であるが、楽しく行こうではないか」

 実際のところ、ラグィド号はほぼ自動で動く。乗組員が能動的に宇宙船の操舵をする必要はない。通常は、船が正常に航行しているかを監視するだけだ。乗組員が忙しくなるのは非常時だけで、その非常時に備えて訓練するのが日常の業務といえる。もっとも、それもずっと続けるわけではなく、行程の大半はコールドスリープで眠っているのだが。

「そこでまず旅の成功を祈って、パーティーを開こうではないか」

 いきなりパーティー?

 おれはまたげる。どうやら地球人には秘密のサプライズだったようだ。

 もう用意はしてあるんですよ、とコュが言った。髪飾りが、パーティーの華やかさを暗示しているかのようだった。

「ささやかなパーティーだが楽しもう」

 マが先導して、五人全員で共有スペースの多目的室へ移動した。

 すると驚くべきことに、テーブルが広げられ、その上には、「ささやかな」とはいえないご馳走が用意されていた。

「さぁ、航海の無事とアンドロメダ銀河の未知なる文明に乾杯だ」

 マは、特別に持ち込んだ酒を全員についで回る。地球式のやり方で場を盛り上げてくれた。

 それでおれたちは、一層かれらのためにも成功させようと決意を新たにするのだった。

「乾杯!」



 二ヶ月がすぎた。

 ラグィド号は天の川銀河の外側へと航行を続けていた。星の密度もまばらとなり、あと何回かのワープによって、オリオン腕を脱する。その後、ペルセウス腕、キグナス腕を経て、いよいよ銀河外宇宙へと出て行くこととなる。

 航行は順調でなんのトラブルも発生していない。宇宙船自体の不具合も、未知の事象との遭遇もなく、すべてが予定通りであった。

 おれたちは日々、非常事態への対応訓練に明け暮れていたが、天の川銀河を出てからは、しばらくコールドスリープに入るスケジュールだった。その後はアンドロメダ銀河に入るまで定期的に目覚めては船の状況とメンテナンスおよび航路の確認、さらに体調の検査を行うことになっていた。

 すでにアリウスは遠く、五百光年彼方になり、地球とともに背景の星の海にまぎれてしまっていた。

 そんなおり、前方に〝なにか〟を発見した。人工物だった。

 召集がかけられ、自室でまどろんでいたおれは飛び起き、一瞬、ここがどこかわからなかった。

(おれの部屋は、こんななにもない、すっきりした部屋だったろうか……)

 なにか夢でも見ていたようだ。その夢に引きずられて、感覚が現実を捉えられなかったのだ。

 すぐに主操舵室へと向かう。

 主操舵室はラグィド号の内外の情報がすべて集まるコントロール部である。バレーボールコートほどの広さがあり、天井にまで達する大型のモニターが三面。コンソールにはシートが二つ。その後ろに三つのシート。後方には会議用のスペースが作られていた。

 集まった全員に向けて、発見された人工物の状況が伝えられ、

「回収する」

 船長のマが即断した。迷いがまったくなかった。未知の物体に対し、少しは警戒心があってもよさそうなのだが。

「危険はないのか?」

 だからおれは訊いてしまう。

「汚染物質とかが存在している可能性は……」

「いや、あれはメッセージカプセルだよ」

「えっ……」

 あっさりとその正体を断言したマに、おれとガリンは顔を見合わせてしまう。

 コュとウィトは、それで納得しているようで、口を差し挟まない。

「その根拠を説明してほしい」

 ガリンが当然の要求をした。乗組員としてラグィド号が遭遇した事象については完全に理解しておきたいところであった。

 マは、二人のアリウス人を振り向き、

「コュは操船を、ウィトは回収を担当せよ」

「はい」

 同時に返事し、二人は座席についた。

「縣浩仁郎さんとガリン・カネバさんのお二人には、が説明しよう」

 主操船室の奥、広くとられた会議用スペースには車状にイスが配され、対面での会話ができるようになっていた。その一つにマが座る。おれたちはそれに倣ってイスに腰をおろす。おれたちの背後では、コュとウィトが人工物の回収作業にとりかかっていた。コュの髪飾りとウィトのハンチング帽が背もたれの上に見えている。

「我々アリウス人が地球人に対して意図的に情報の秘匿をしていているのを、一部に快く思っていないのは承知している」

 マは語り始めた。

 ただしそれは地球側も同じで、お互いにすべてをさらけ出すのはいい影響をもたらさないだろうとの判断を双方の政府も了解していた。確かに一部にはそれに不満を漏らす者もいた。アリウス人は地球を侵略しようとしているのだと、陰謀論を唱える者は少なくなかった。

 だがおれたちは――と言いかけたガリンをおれは手で制した。話の腰を折らずに先を聞きたかった。

「エステリナを憶えているかな?」

 突然出てきた単語に、おれは眼をしばたたかせるが、

「憶えているとも」

 うなずく。

「地球人が最初に確認した地球外生命であり、人間以外の文明を持つ知性体だった」

 本来ならエステリナと地球人との歴史的会談が実現していただろう。しかしそこにアリウスが介入してきた。エステリナも、アリウスに行くつもりであったと訴えた。

 こうしてエステリナはアリウスへと向かい、その後、公の場に姿を表していない。

「なぜ、アリウスが地球より先にエステリナと接触できたかと思う?」

「それは、どちらも地球より進んだ技術力を持っていたからだろう」

 ガリンが見解を述べた。それは一般的に通っている説だった。地球の文明はまだよちよち歩きの段階で、異星文明はどれも進んだお兄さんである。

「たしかにそのことも理由のひとつではあるかもしれない。が、直接的な理由があるんだ。それが、メッセージカプセルさ」

 メッセージカプセル……。いま、おれたちの進行方向に見つかった物体がそうなのか……。

「メッセージカプセルに、エステリナのことが記されていたのだ。だからアリウスはエステリナと接触できた」

「だがワープシステムがあったからこそ、だろ?」

「ワープシステムはあっても、行き先に、いまこの瞬間なにがあるかまではわからない。観測されるのは、光の速度を超えない過去だからだ。アリウスから地球まで、地球時間で約十一光年。つまりアリウスは十一年過去の地球しか知り得ない。しかしメッセージカプセルには光速を超えた情報が記録されていたのだ。どこからともなくアリウスに送られてきたメッセージカプセルによって、アリウスはいくつかの他星系種族とコンタクトできた。だがいずれの種族も生物的特徴や生存環境、文化の質が違いすぎて、交流がままならなかった。エステリナもそうだ。ただ、エステリナには居住場所がなかったため、かれらの生存に適した惑星に移住してもらったのち、接触を絶った。そんななかで奇跡的に出会ったのが地球人だったのだ。メッセージカプセルによってアリウスは地球を知った。地球人となら交流が可能なほどアリウス人と似ているとわかって」

 マは、いったん口を閉じた。

「つまりアリウスは……自身の力ではなく、その……メッセージカプセルによって導かれたということなのか……」

「その通りだ」

「そのメッセージカプセルが、いままた流れてきたということか……?」

「ちょっと待てよ!」

 ガリンが、興奮した面もちで立ち上がっていた。

「じゃあ、もしかして今回のアンドロメダ銀河への派遣もそうなのか! メッセージカプセルによって誘導されたわけなのか」

「メッセージカプセルの送り主がアンドロメダ銀河にいる、ということがわかり、ついにアリウスはかれらを知る機会をもらったのだ……」

 マは、自国の行為を恥じるかのようにそう言って口を閉じた。

「…………」

 おれは黙り込んだ。

 遠いアンドロメダ銀河に住む知性体が、なぜべつの銀河――天の川銀河の種族についてこうも詳しく知り得たのか想像もつかない。まるでアメリカ大陸の砂漠にいるトカゲが東南アジアの密林に棲むヘビを知っているようなものだった。ものすごい違和感のある話であった。

(信じられない……)

 そしていま、新たなメッセージカプセルが回収されようとしている。それはマの話を聞くかぎり、明らかにおれたち、アンドロメダ銀河派遣使節団に向けて送られてきたものだ。

 いったいそれにはなにが記されているのか――?

 メッセージカプセルが回収されるまで待つしかなかった。

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