第11話

   ☆


 人類が初めて地球外知的生命と接触したのはほんの六年前であった。

 すでに木星の衛星軌道上に常駐基地を建設し、その宙域まで活動域を広げていた。そのときに接触した、人類初の地球外知的文明は、しかしアリウスではなかった。漂流種族エステリナというその異星人は、たった一隻の宇宙船で突如太陽系内に現れた。彼らは小惑星の衝突によって母星を失い、居住可能な惑星を求めて宇宙を旅していたところアリウスから受け入れの連絡が入り、おひつじ座ティーガーデン星系へと向かっている最中であった。だが地球側はなにも知らなかった。

 木星での気体資源の補給をするため太陽系内に入ってきたところ、その存在が地球側にキャッチされた。それはあまりにも突然の来訪であった。

 地球ではこのニュースに沸き返った。地球外生命、しかも知的生命の存在が初めて確認されたのだ。

 ところが、エステリナの姿はあまりに地球人と異なり、生存環境も違うため、期待されていた直接対面は実現しなかった。そして本格的なコンタクトがならないまま、エステリナは先に手を差し伸べてくれたアリウスの元へと去っていった。エステリナ人がなんにんいたのかもわからず、それっきり地球人にはなんの音沙汰もない。

 それでも悲観する者は少なかった。

 代わりにアリウスが地球人と接触してきたからである。地球と似た環境で進化したかれらは、積極的に地球との交流を進めてきた。実はアリウスは、すでに地球と地球人について、その存在と文明を把握しており、コンタクトの準備ができていた。

 そうして、地球人よりはるかに進んだ科学技術力を持つアリウスの主導により、決められた段階を踏みつつ両種族の交流がスタートした。その過程で地球への技術供与も行われていった。初めてのワープ実験も、その事業の一環である。

 といっても、地球側が求める全面的な文化・人材・技術の解放は影響が大きすぎるとして実現せず、限定的な交流が続いていまに至っていた。



 したがって、アリウスについてのおれたちの知識が乏しくともやむを得ないのであった。そんななかで、アリウス人との共同訓練が始まった。

 その訓練には、アリウスとすでに接触のあった異星文明種族であるラッピメタグ、そしてエステリナは参加していなかった。聞いたところによると、使節団への人員は出せない、とのこと。それはその二種族の形態や生活環境があまりに違いすぎるため、ラグィド号への乗船は不可能だとの判断だったという。ラッピメタグ人やエステリナ人が、人の形をしていない、という噂を聞いたことがあったが、すべての情報は彼らの要望により秘匿され、おれたち地球人には謎のままであった。

 こうして、アリウス人と地球人の二種族による、アンドロメダ銀河派遣使節団が乗船する超長距離宇宙船ラグィド号内で生活しながらの訓練で半月間ほど船内ですごし、各種設備の使用訓練や不具合の調整、アリウス人乗組員との円滑で密な関係を築いてのち、晴れて二百五十万光年彼方のアンドロメダ銀河へと向かうのであった。

 アンドロメダ銀河への到着は四年を見込んでいた。ワープを繰り返してもそれぐらいかかるのである。その期間の大半、乗組員である使節団のメンバーは、コールドスリープで人工冬眠状態に入って生命維持のためのエネルギーを節約することになる。が、ずっと眠りっぱなしというわけにはいかない。

 前例のない長距離航行の途中になにが起きるかわからず、想定しているあらゆるトラブルについて、出航前はもちろん、航行中でも訓練を繰り返すようプログラムが組まれていた。

 すべてが模索しながらの旅。そう聞くと、二度と帰ってこられないかもしれないというのがリアルに感じられた。どんな事故が起きるかわからないのだ。

 また、アンドロメダ銀河にいるという知的生命の存在も、どんなものかわからない。まさかとって食おうなどということはないだろうが、予想外の扱いも考えられる。そこにはこちらの倫理が通用しない恐れもあるのだ。

 その意味で、まさに「冒険の旅」といっても過言ではない。

「縣、地球ではアンドロメダ銀河行きの話、すごいことになっているらしいよ」

 休憩時間になって、ガリン・カネバ航宙士が話しかけてきた。

「もう伝わっているんだ……」

 おれたちはラグィド号のレクリレーションルームにいた。地球人用の区画内である。総面積六百平方メートルもある空間がおれたち地球人に与えられたパーソナル空間だった。たった二人にそれは贅沢なスペースといえた。設備も、このような談笑ができるレクリエーションルームの他、トレーニングルーム、VRルーム、そして個室まであり、長期間の旅に耐えられる配慮はすぎるほどであった。

「いきなりアンドロメダ銀河へ行くってんだからな。つい六年前にアリウスと接触した人類にとっては、いきなり世界が広がったような感じだろうな」

 おれはミネラルウォーターを紙コップで飲む。人工重力によって、こんな衛星軌道上の施設でも体や液体が浮き上がることはない。この技術もいずれは地球に供与されるだろう。

「それよぉ……アリウスにでさえ来ることになろうとは思ってなかったからな。アンドロメダ銀河なんて、実感がわかない」

 ガリンはしみじみと語る。

 おれもガリンも太陽系内を航行する宇宙飛行士で一生を終えるだろうと思っていた。それが、地球から十一光年も離れた他星系にいることだけでもアンビリーバブルなのに、天の川銀河の外、二百五十万光年も離れたアンドロメダ銀河にまで行くことになるとは、世の中、なにが起こるかわからない。

「おれたちを羨む声が聞こえてこないのが助かるよ」

 もし地球に戻ってきたらどんな扱いを受けるだろう……。本来であれば、こんな重要なプロジェクトなら、改めて地球の宇宙開発機構本部で派遣人員の選考をするところだが、そんな時間もなくさっさと決まってしまった。抜け駆けしたような形になったが、アリウス側の意向もあって今回ばかりはやむを得ないだろうと自己弁護した。

「そうだな」

 ガリンはうなずいた。

 地球のことはなるべくシャットアウトして、いまの仕事に集中したかった。アリウスが建造したラグィド号内の、地球人にとっては未知の原理のさまざまな装置を学んでいる最中なわけなのだから、頭はいつも沸騰しそうだった。どれもこれも大事なもので、おそらく出航してからも学び続ける。いざとなったらぶっつけ本番で装置を動かさなければならないことだってあるだろう。

 本来なら、出発前にすべての準備を万事整えて、ひとつたりとも見逃しがない態勢で臨みたいところだが、それでは出発まで何年かかるかわからない。

「そろそろ休憩時間が終わりだな」

 壁の時計を見て、ガリンが席を立つ。アリウス式の時間単位で作られた時計だった。アリウス式時計も当然あるが、地球人はみな、馴染みある右回りの針のついたそれを使っていた。

「よし、がんばるか」

 今日取り組んでいるのは、ワープ運転のためのエネルギー生成装置の運転と保守作業の訓練だった。三人のアリウス人の乗組員、マ、コュ、ウィトと共同で行う。チームワークが必要であり、しかも異星人とのやり取りをするわけだから訓練もより大事だ。本番に備え、たとえば人員のうち誰かが欠けたとしても対応できるように、あるいは事故が起きた場合での対処方法など、想定される事態をあらかじめ考えておいて万全を期すのである。

 地球人用の居住エリアから共同エリアを通り、大規模なワープエネルギー生成装置へ移動した。

 すでにマ、コュ、ウィトの三人は来て待っていてくれていた。

「遅れてしまったか。すぐにとりかかろう」

 アリウス語でおれが言うと、まだ時間前だからかまわないです、と言ったのはコュである。雪の結晶を模したかんざしのような髪飾りを付けていて(アリウス人には頭髪がないので、落ちないよう接着剤で固定している)、似合っているかどうかは別として、おれたちにも誰が誰かわかるようにしてくれている。

「集合しましたので、もう始めましょう」

 緑色のハンチング帽をかぶっているウィトが空中に表示された3Dディスプレイを見上げ、

「さきほどの続き、手順16からです」

「手順16は、生成されたワープエネルギーをタンクに移送する際に、圧力異常をおこしてしまったときの対処だ」

 夕日のような赤い大きめのイヤリングが揺れるマが言った。

 アリウス人がつけている、そうしたものはすべて地球から送ってきてもらったもので、どんなものがいいかリクエストしたのは当人たちだという。どんなセンスで選んだのかはわからない。見た目については、おれはコメントを差し控える。

 ワープエネルギー生成装置は巨大で、ラグィド号の船体の約半分を占める、一種のプラントである。

 おれたちの目の前にあるのは、船内にあるそのコントロール装置だ。コントロール装置は予備も含めいくつもあり、これはそのうちのひとつだ。いくつかのディスプレイに訓練用のパラメーターが表示されている。

 地球では二十一世紀に理論的にその存在が確信されてはいたものの、その正体がなかなかわからず、近年になってようやく検出に成功した星間物質ダークマターから取り出したエネルギーと、これも現実に存在が確認されたばかりの宇宙にあまねく満ちているダークエネルギーとの合力でもってワープが可能となる。途方もない仕組みであった。おれたち地球人は、その理論の理解も追いついていない。それでもガイドラインだけでも理解して装置を操れるようになっておかなければならないのである。

 宇宙は過酷だ。それは今も昔もかわらない。宇宙飛行士として、常に危険と隣合わせの状況下でトラブルに対応する訓練をずっと受けてきた。今回も同じだ。それだけのメンタルは持ち合わせているつもりだ。必ず、アリウス側の期待に応えてみせる――そう固く誓うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る