第9話

   ☆


 おれの予感は当たった。

 二日後――アリウスの一日のサイクルに合わせられない地球人であるおれたちは、健康面から地球の時計で動いていたから、アリウスでいう四日後――一日おきに職場で働くおれたちが宇宙開発機構アリウス支部に出てきたときのことである。

 ガリン・カネバ航宙士とムデス・ハムザ機関士と三人そろってフロアに入ったとたん、どこか騒々しい雰囲気に、

「なにかあったのですか?」

 おれは一人の職員をつかまえて尋ねた。

「ああ、縣航宙士……。実はアリウス側から正式に要請が来たんですよ。例の、アンドロメダ銀河への使節団への参加についてです」

 おれたちは顔を見合わせる。

(やはりな……)

 と、思った。

 この件は、アリウスだけで処理する問題ではないだろうから、地球側にもなんらかのアクションがあるだろうと予想していた。

 やっと太陽系から脱して他星系の文明と交流を始めたばかりの地球人類にとっては途方もない話ではあるが、だからといって断る手はないだろう。地球人類は宇宙に進出していかなければならないし、その歩みを止めるべきではないのだ。

 宇宙開発機構アリウス支部長は、おれたちに、いまわかっていることをすべて話してくれた。

 支部長が聞いたところによると、アリウスがアンドロメダ銀河から発信されたとおぼしきメッセージを受けとったのは、地球時間で一年ほど前のことらしい。

 もともとアリウスは、地球との交流を始めるはるか以前から、異なる宇宙文明との接触に積極的であった。そして、地球側にはあまり知られていなかったが、ラッピメタグという異星文明との交流と成功していた。

 地球上では異なる文明といっても、根は同じヒトという種族であるため理解は早いが、異星文明となるとまったく異質な文明となり、その理解は簡単ではない。そういうこともあって、ラッピメタグとの交流は互いに慎重に行われていた。

 そんな過程を踏んだ上で、地球との交流が慎重に進められているわけである。そんなとき、はるか遠いアンドロメダ銀河からのメッセージが届いたのである。それは光速を超える航法装置を備えた無人宇宙機であり、そこに送り主である種族からのメッセージが記録されていたのである。そして、もしも可能であるのなら、我々のもとへ来ることを期待している、と結ばれていた。

 いかなる知性体がこの無人宇宙機を飛ばしたのか、詳しくはわからない。しかしアリウスはこの要請に対し、使者を立てることにした。アリウスでもまだ到達できていない、二百五十万光年彼方のアンドロメダ銀河への冒険の旅である。

 当初はアリウス単独でのプロジェクトとしてスタートした。しかし、途中でラッピメタグ人や地球人も加えるべきではないか、という意見がでた。異星文明との接触は地球も望んでいたこと。ならば同行をさせてもいいのではないかと。

 アリウスとしては、地球側に参加を求めるかどうか、かなり議論していたらしい。果たして、このプロジェクトに参加してもらうべきかどうか。もともとアリウスが受け取ったメッセージだ。ならば、アリウスが責任をもってそのリスクを負うべきであり、地球側にまで未知の知性体との接触につきあわせるのは不誠実である、という意見が当初は支配的であったという。

 とはいえ、危険なミッションに参加してくれとはいうのははなはだ難しい。それでも話だけはしておかなければ今後の交流事業に影響がでないとも限らない。そこには政治的な判断もあった。

 そんなタイミングで、初の地球からのワープ実験船のテストが行われたのであった。

 アリウスからの要請はただひとつ、ミッションに参加する人員を二名、選出してほしい、ということだけだった。

「二名……」

 おれたちはまたも互いの飛行士の顔を見合わせる。そのミッションに参加する、というのなら、テストパイロットであるおれたち三人が筆頭に挙げられるだろう。

 説明を終えた支部長は、渋い表情を浮かべていた。

 現在、アリウスに駐在している地球人は二千人以上いるが、それで足りているといえばまったくそんなことはない。

 どの機関でも地球人の人員はじゅうぶんとはいえなかった。もちろん宇宙開発機構でも人手不足は深刻で、テストパイロットとして宇宙船を運んできたおれたちにも、さまざまな仕事が待っていた。そこへ貴重な人員を二名も割くのは正直、痛いところである。今後のワープミッションにも遅れが生じるのは確実で、開発機構としては難色を示した。

 だが、新たな挑戦をする意味は大きい。

 アンドロメダ銀河にどんな文明が存在するのかわからないが、その知性体との接触により、地球はもう一段高いレベルに到達するだろう。それは地球人にとって有益であるのは間違いない。国益を鑑みれば、いまのワープ計画に多少の遅延があろうとも飛びつくべき案件であろう。

 ただ問題は、そのメッセージがいかにも怪しく情報が少なすぎるところだった。アンドロメダ銀河などと、そんな遠いところへ行って帰って来られるのか、帰って来たとしてもそれがいつになるのか。宇宙は広い。光の速さで二百五十万年もかかるようなところへ行けば、帰還が数万年先になるということもあり得た。そんな未来に帰ってきてどうなるのか。そのメッセージを発した文明が、いまだに存在しているのかどうかもわかっていない。指示された宙域にたどり着いたところで、種族が滅んでいたということも考えられた。あるいは、主星が寿命を迎えてなにもなく、種族が全部まるごとどこか別の星系へと移住してしまったという可能性もある。

 すべては行ってみるまでわからない。そのリスクをとってでも二名のパイロットを派遣すべきか。地球側の代表として宇宙開発機構から回答をしなければならなかった。

「来てそうそう、そんな話をしなければならなかったことは心苦しいが……」

 支部長はおれたちに気遣ってくれていた。

 おれたちにはやるべき仕事が山積していた。それらはみなじゅうぶんに地球で打ち合わせや準備をしてきたものばかりだ。時間をかけて取り組んできたそのすべてを投げ捨ててアンドロメダ銀河に行ってしまう。それではこれまで予算をかけてきてもらった開発機構への義理が果たせない。

 といっても、他に人員はいないわけである。

「おれは無理だな」

 即答したのは、ムデス・ハムザ機関士だった。褐色の顔面が緊張にこわばって、やや青ざめていた。

「おれには家族がいる。そんな帰ってこれるかどうかわかなない旅には出られない。この仕事がひと段落ついたら地球での勤務を希望しているんだ」

「そうだったな……」

 支部長はハムザ機関士の身上を思い出した。

 ムデス・ハムザは、現代では珍しい妻帯者だった。三十一歳のときに結婚し、幼い子供が二人もいる。家庭をもうける、という習慣はとっくに廃退していたが、制度だけは残っていた。しかし実際に婚姻して家庭をつくり、子を育てる、という行為を起こす人間はほとんどいないから、ハムザ機関士の事情に気づく者は少なかった。

 いまでは人間は出産せず、計画的に人工子宮によって誕生するのが大多数だった。実母を持つ人間は滅多にいなかった。そんな人間は家族を持とうとはしなかったし、昔ながら家族の元で育っても結婚を選ばない者は多く、その結果、自然分娩によって誕生する人間はますます少なくなっていた。

 結婚して実の子をもうけたというのは、他人から見ると理解できないところもあった。だがそれも多様性のひとつだと受け入れられている。

「そうか……」

 ムデスの気持ちは想像できた。家族に二度と会えなくなるかもしれないわけだから、ムデスが断るのも当然だ。

 だがおれは、家族がいるというのがどういう気持ちなのかピンとこない。想像はできるが感じ取ることはできないのである。

(いや、待て……)

 おれはそこで奇妙な感覚に襲われる。おれには父親がいないはずなのだが、ぼんやりとその記憶があるような気がする。

(夢で見たことが頭のどこかに残っていたのだろうか……)

 そんな夢を見ること自体、ナンセンスな気がした。母親のイメージは脳裏にない。やはり夢なのだろう。

 そんなことはともかく、と、おれはこの話に集中する。

 ムデスが参加しないとなると、残るは自動的におれとガリン・カネバ航宙士ということになる。

「私は行きますよ」

 おれが返答する前に、ガリンが了承した。

「私には家族がいませんし。たとえ帰れなくなったとしてもこの旅には行く意味があります。地球人代表として、アンドロメダ銀河でどんな知的文明が待っているのか、この目で確かめてきます」

「私もです」

 おれはガリンに続いて手を挙げた。

 せっかく見聞きした異星の文明についてなにも持ち帰れないかもしれない。しかしもし想像もつかないような超文明がそこにいたのなら、地球にとってとてつもない発展が望める可能性が開けるだろう。その機会をみすみす逃してしまう手はない。失敗したとしても、犠牲はたったの二人だ。優秀な飛行士といえど、そんな人間は他にいくらもいる。替えのきく人材で、地球にとっては安い代償だ。

 けして人命を軽視しているわけではない。だが未知の世界への旅は、いつの時代でもリスクが付き物なのだ。そこへ果敢に挑んでいく人間の冒険心があったればこそ、人類文明はこれまで発展してきたのだという歴史がある。

 今回も二人の勇敢な飛行士によって偉業がなされたと後世に伝えられるかもしれない。歴史に名前が残る、というのは、それだけで魅力的だった。

「きみたちなら、たぶんそう言うだろうとは予想していたよ」

 支部長は、あきらめたように息をつく。

「二人とも若い。まだ三十代だろ?」

 おれは三十三歳、ガリンは三十五歳だった。

 誕生前から遺伝子を操作され、先天性疾患はもちろん、将来発生するガンのリスクまでも排除されて生まれてくるうえ、高度な老化防止アンチエイジング措置が実用化されていたため、地球人の平均寿命は百六十歳まで伸びていたから、三十代はまだ若輩だといえた。

「宇宙開発機構としては、ここできみたちを手放すのは非常に痛いが……。これも外交の仕事だと納得するか。……アリウス側に連絡するとしよう」

 こうして、おれとガリンの今後の予定は大幅に変更されることとなった。



 アンドロメダ銀河使節団計画。

 そのプロジェクトに、急遽地球人が加わることになり、おれとガリン・カネバ航宙士は、思っていた以上の忙しさを味わうこととなった。

 アリウス人との共同作業は、アリウス側が相当な配慮をしてくれていても、初めてのことに戸惑った。

 十三時間のサイクルで目まぐるしく変わる一日に合わせてすべてが動いていた。そのうえで頭に入れておかねばならない事柄が次々に提示され、厳しい訓練と過酷なノルマをこなしてきたおれたち宇宙飛行士でさえも、音を上げそうなハードさであった。

 そんななか、おれたちは使節団の乗る宇宙船、「ラグィド号」を見学した。

 衛星軌道上のドックで建造されていた巨大宇宙船ラグィド号は、地球の感覚でいえば異質な船だった。アリウスの宇宙船全体に言えることなのだが、推進システム、航行システム、居住区の意匠に至るまで、地球のものとは違っていた。技術的に地球の先を行くアリウスは、最先端技術の固まりである宇宙船においても革新的で、その仕組みを理解するだけでもかなりの労力を必要とした。

 出発までのスケジュールはすでに以前より決まっていて、各部門がそれに合わせて動いていた。そのため、地球人の参加は、その工程の合間を縫うようにして調整せねばならなかった。しかしアリウスは遅延することなく、おれたちの訓練期間とラグィド号の居住スペースを確保してくれた。

 最終調整段階のラグィド号は驚くほど巨大であった。

 全長二千メートルに及ぶその姿は、いくつものユニットから構成されていた。一度、出発すれば、長期間補給なしで旅をしなければならない。そのために、消耗品をはじめ、さまざまなリスクに対する物資が必要になった。

 ラグィド号の半分以上は推進システムだった。ワープを多用すると、どうしてもそのためのエネルギーが膨大になり、エネルギーそのものを作りだす仕組みが必要になった。移乗するためにはしけに乗ったおれたちは、窓から見えるその巨大な威容に圧倒された。これに比べると、地球で作られたワープ実験船はオモチャのようだった。

 宇宙船を覆うような建造ドックに着いたおれたちは、船体固定アームのひとつからアリウス人技師に案内されてラグィド号に移乗した。

 廊下には、ひと目でわかるようさまざまな表記があり、迷子になることはなさそうだった。ただし、アリウス語ではあったが。

 地球人用の居住区に入った。ここで、もしかしたら何年も、というか、下手をすると一生すごさなければならなくなる場所かもしれない。いくつもの部屋からなり、広さはすべて合わせると六百平方メートルほどだ。パーソナルスペースとしてはじゅうぶんな広さといえるだろう。

 調度品は不十分で、これから運び込まれるのか、それともここに作り付けられるのか、案内してくれたアリウス人は、二、三日中には全部整えられる、と言った。地球人おれたちの参加が確定してからまだアリウス時間で十日もたっていないというのに、船内にここまでの設備をつくったのだから仕事がはやい。

 アンドロメダ銀河まで到達する時間は数年を予定していた。その間の一定期間、乗員はコールドスリープで代謝を抑えて船内の資源を節約する。その設備も見せてもらった。出発の直前はここで生活し、機器や設備に慣れて、あるいは不備があるかどうかを判断するのだという。アリウス人では気づけないこともあるだろうから、という配慮でありがたかった。

 一通り見てまわってから、おれたちは三人のアリウス人を紹介された。

 マ、コュ、ウィトという名前(本来はもっと長々としているのだが、呼びやすいようにと、短く呼んでくれていい、とのこと。それでも発音しにくかったが)のかれらは、今回のアンドロメダ銀河使節団に選ばれたメンバーだった。

 建造ドックのレクリエーションルームで初めて対面したおれたちに、リーダーだというマは、よくぞ決心してくれました、と喜んでくれた。

 何度対面しても、やはりアリウス人の個人区別はつきにくい。おれたちを案内してくれた技師と、この三人は、うっかりすると誰が誰だかわからなくなる。

 だからアリウス人はこのときも、マはイヤリング、コュは髪飾り、ウィトは帽子をかぶって、地球人のおれたちでも簡単に区別がつくようにしてくれていた。

「アンドロメダ銀河までの長い旅に同行させていただき、ありがとうございます。航行中は、どうかよろしくお願いします」

 おれは丁寧に言った。

「我々は地球人とともに働くのは初めてです。お互いアンドロメダ銀河まで無事に到着し、必ずコンタクトを成功させましょう――」

 と、イヤリングを揺らしてマは答えた。

「道中、どんなことが起こるか予想できません。困難があっても、我々の叡智を結集して乗り切っていきましょう」

 政治家のようなマの台詞に、おれは内心苦笑する。もっとフレンドリーに接していきたいし、たぶん、そうなるだろうが。



 おれたちのアンドロメダ銀河への旅は、この日の訓練から始まった、といっていいだろう。


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