第5話

   ☆


 その日、アリウスの迎賓館にて、おれたち三人の宇宙飛行士のための歓迎晩餐会が開かれた。アリウスにはない地球式のセレモニーをわざわざ催したところにアリウス側の配慮がうかがえる。

 ここまでおれたちの前に姿を見せなかった、アリウス政府の高官も出席していて、地球人との比率はほぼ半々だった。

 おれたち三人の宇宙飛行士は冒頭の挨拶にもかり出された。正装に着替えさせられ、多少なりとも緊張した面持ちで、会場に居並ぶ人々の前に立つと、

「では代表して、縣浩仁郎あがたこうじろう航宙士に乾杯の音頭を――」

 そう言われ、おれは、アリウスの多大なる協力によって成し得たこの試験飛行の成功が地球の技術発展を大いに前進させるでしょう――などとお定まりの口上を述べ、乾杯。

 出された料理はどれもアリウスのものであるが、地球人向けに、口に合うように工夫されていた。

 異星人種である、アリウス人と地球人では当然ながらそれぞれ進化の道筋が異なるため、感覚や習慣が著しく違っていた。しかし、地球より数段先を行く文化を持つアリウス側がかなり譲歩してくれたことにより、その交流はスムーズに進んでいる。

 ファーストコンタクトより六年。地球人はアリウス人の科学技術力の提供を受け、これまでよりも飛躍的に文明を発達させ、ついにワープ機関を備える宇宙船「ホープ号」の建造にまでこぎつけた。これまでは、遠く離れたアリウスの母星、おひつじ座ティーガーデン星の第四惑星へ行くにはアリウスの宇宙船に乗るより手がなかった。それが、技術供与されたとはいえ、今回、地球人が自力で恒星間宇宙船の建造を成功させた意味は大きかった。

 おれたち三人は、いわばその礎となったのである。

 晩餐会は滞りなく催され、やがてお開きとなった。何度かこんなかしこまった席には出ていたが、今回はことのほか緊張し、食事を楽しむどころではなかった。せっかくアリウスのシェフが工夫を凝らして作ってくれた料理なのに、味などわからないぐらいであった。

「宿を用意しておりますので」

 和やかな晩餐会のあと、おれたちはスタッフに連れられて送迎車に乗せられ、迎賓館からホテルの部屋につれていかれる。乗り心地のいいリムジンは、まったくといっていいほど揺れを感じない。

「やれやれ、やっと解放される……」

 疲れてしまっていて、思わずつぶやいてしまう。他の二人、ガリン・カネバ航宙士とムデス・ハムザ機関士もおれと同じ気持ちだろう。

 送迎車の窓から眺めるアリウス星首都の街並みは地球にあるどの都市の風情とも違っていて、まるで映画を見ているかのようだった。

(あらかじめどんなところかは知っていたが……)

 実際に体験するのとは違う。ヴァーチャルでも体験していれば別かもしれないが、おれはそこまでやっていない。

 過度なほどの照明で明るい街だが、この惑星の自転時間は約十三時間で、すぐに昼間が訪れる。だからといって、地球人が、約六時間半ごとに昼夜が入れ替わるサイクルで生きていけるわけもなく、明るくなるころには眠気に逆らえなくなっていることだろう。

(この街の建物ひとつひとつに大勢のアリウス人がいるのか……)

 窓外を流れる都市の風景に、おれは不思議な感慨にとらわれた。 

「本当に来ちまったんだな……」

「縣、なにか言ったかい?」

 アルコールが入って、ほろ酔い気分のガリン・カネバ航宙士がおれのほうにぼんやりとした目を向ける。

「いや……遠くまで来たもんだな、と思ってな……」

「なにをいまさら……」

 ガリンはだらしなく歯を見せる。厳しい訓練を乗り越えて選抜された宇宙飛行士とは思えない、しまらない笑顔だった。うっすらと口髭がのびてきていた。

「ガリンだって、アリウスに来るのは初めてだろう?」

「ああ、そうだな。というか、地球人で、アリウスへ来たことのあるやつなんて、あまりいないだろ」

 政府の外交関係者か高位技術者ぐらいしか、アリウスまで行ける地球人はいなかった。いわば国の代表者だ。アリウスの宇宙船に乗っていくのだから、それなりの資格や役目を持つ人間に限られる。民間交流など、いまは夢の話だ。だが、地球人によるワープ航宙船が完成し、それが民間によって運営される日がくれば、当然ながら観光客も訪れることになるだろう。すでにそれを見越して動いている企業もあった。両国の政府の調整ができれば、そんな未来もそれほど遠くないだろう。アリウスの繁華街も、地球人の観光客を当て込んで、この風景も若干かわっていくかもしれない。

 ほんの数分でホテルの前に到着した。

 高層のビルを想像していたが、目の前にあるのは、三階建ての、リゾートホテルのような趣の建物であった。

「こちらへどうぞ」

 アリウス人のホテルスタッフが出迎えてくれた。スーツケースなどの荷物はなかった。必要なものはすべてアリウス政府が用意してくれていた。VIP扱いである。

 こちらでございます、と三人とも別々の部屋に通された。

 じゃあな、と別れ、それぞれ部屋へと落ち着く。

「ほお……」

 ドアを閉じて室内を見回し、おれは感心してしまう。違和感がない。地球の高級リゾートホテルのような内装の室内は、ここは本当に異星の上なのかと思ってしまうほどよくできていた。

 たった一人なのに二部屋もあり、ひとつはリビング、ひとつは寝室であった。バスルームもじゅうぶんすぎるほどの広さがあり、贅沢きわまりない。

 毛足の長い絨毯を移動して室内を巡る。

 リビングには数人が座れそうな長いソファ。巨大なテレビモニター。大きな窓からは奇妙な木々がおりなすアリウス風の庭園がライトに照らされていた。ワインセラーには高級ブランドの酒類が並んでいる。地球からわざわざ取り寄せたのだろうか。テーブルには果物を持った籠が置かれ、自由に飲み食いできた。さすがに満腹で手を出す気にはなれなかったが。冷蔵庫には冷えたビールとウィスキー用の氷までそろっていた。

 これから宇宙開発機構のアリウス支部で、しばらくは今回の試験飛行を受けての二回目の飛行をための準備で忙しくなるはずだと思い、おれはこのゴージャスな夜を楽しむことにした。

 リラックスできる部屋着に着替え、ソファに腰を下ろす。アルコールはやめておいた。晩餐会で高級なワインは飲んでいたし、それほどの酒豪ではないと自覚している。

 テレビでも見てみようかと思った。アリウスがどんな放送をしているのかのぞいてみたい。アリウスの標準語もしっかり習ってきていた。語学も訓練に含まれているのだ。

「テレビをつけてくれ」

 声で命じると、テレビのスイッチが入る。

 ニュース番組をやっていた。ちょうどおれたちの記者会見の場面が映し出されていた。アリウスの国民たちがこれを見ているのだと想像すると、なんだか気恥ずかしい気持ちがした。

 チャンネルを変えると、音楽番組が映った。

 聞いたことのある曲だった。アリウスの文化の地球への流入は、かなりの規制がかけられていた。その理由は価値観が相当に異なり、地球の標準的な基準では公にできないものがある、とのことのようだった。しかし音楽は規制外であった。見たことのない楽器が奏でる音色は新鮮だが、目下のところ地球では好みが分かれるようで愛好者は少ない。

 それでも民間交流が進めば、文化は混ざり合って新しい文化がつくられるだろう、かつての地球のように。いくら異様な文化であっても、それぞれに馴染んだ形に落ち着くに違いない。

 他にどんな番組があるだろうとチャンネルを変えようとしたとき、さわやかでいてよく聞こえる呼び鈴が鳴った。「お客さまがお越しです」と音声まで流れた。

「はい、誰だい?」

(ガリンかムデスだろうか、それともこのホテルのスタッフ?)

「ルームサービスでございます」

 女性の声が答えた。

「ルームサービス……?」

(頼んではいないが……。VIPだけに、なにかアリウス流の習慣で、プレゼントでも?)

「どうぞ――」

 おれは腰を上げ、ドアに近づく。

「お入りください」

 ドアが開いた。

 ひとりのアリウス人がいた。真紅のナイトドレスを着ていた。

「いいかしら?」

 流暢な地球後でそう言った。身長二メートルもあれば、地球人のおれからすると見上げるようになってしまう。

「ええっと……ルームサービスって言ったよね?」

 おれは戸惑う。アリウス人は小さなバッグをひとつ持ったきりで、他になにも持っていない。ドレスに合わせた色のハイヒールで、部屋に入ってきた。

「べつになにも頼んではいなかったが……」

「頼んでいなくても、もう料金はいただいているの」

「料金……なんの?」

「あら? わたくし、ちゃんと勉強してきたんですよ。地球人の男性がなにを望んでいるか、そして、どんなことをしてもらいたがっているのか……。このドレスも、わたくしが選んだんですのよ」

「誰に頼まれた?」

 おれは焦った。こんな話は聞いていない。

「もちろんアリウス政府です。これは政府の公的なお仕事です。だから、どうしても受けてもらわなければなりません」

「…………」

(アリウス政府が地球人について調査していたことはわかった。わかったが……こういうことはしかし……誰だ、アリウス人にへんなことを吹き込んだのは!)

「さ、服を脱いでくださいな。シミュレーションしかしていませんが、きっと満足してくださると思いますよ」

 アリウス人はそう言って体を寄せてくるのだった。

「いや、それは……」

 青白い体で迫られても、おれの下半身はまったく反応をしめさないのだが。



   ☆



 入堂静奈いりどうせいなにしてみれば、突然、男所帯の家で同居だなんて、そう簡単に受け入れられる話ではないのだろう。経済的だとか効率とかだけで片づけられない感情がある。

 これまで他人だった男が二人も一つ屋根の下でいっしょに住む、というのは、考えてみれば女にとってはストレスになるに違いない。時間をかけて徐々に関係を深めていくならともかく、それがあとたったの二ヶ月後に迫っているのだと言われたら、拒絶するのも当たり前だ。

 たぶん妹も同じだろう。それは食事会では最後まで一言も口をきかなかったその態度にも表れている。

 再婚をしないでほしい、とは言えない。母親とて一人の人間だ。支えあうパートナーの必要性は感じられるのだろう。でもその思いと自身の気持ちはべつだ。

 そこにどう折り合いをつけていくか――。

(それは、たぶん、おれが動かなくちゃいけない)

 そう思った。

 これまで入堂とは、遠慮もあって親しくすることは控えていた。が、それではダメなのだ。こちらから積極的にアプローチしていかないとこじれてしまう。父親の幸せを願うならそうすべきだ。

 ともかく、すっかり気まずくなってしまった食事会は、料理の味もよくわからないまま終わり(そういえばこんな緊張した食事会を経験したような気がした)、次はいっしょにUSJでも行こうか、という約束をして解散となった。



 女きょうだいができるのだという意識が働いたせいなのか、翌朝、なんだかへんな夢を見たような気分で起床した。どんな夢かは思い出せないのだが、宇宙人に股間をまさぐられたような……いや、そんなことはどうでもいい。

 電車に乗っていつもどおりに学校へと向かう。

 教室に入ると、牛岡がおれを見つけて歩み寄ってきた。

「おい、縣! なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ……」

 いつもよりも真剣な顔つきに、おれは朝から怪訝な表情を返す。

「なんだい、いきなり」

「クラブのことだよ」

 eスポーツ部。きのう、おれは休んだ。

「なにかあったのか?」

「方針が決まりそうなんだ。そのせいで、部内の空気が不穏になってる」

「どういうことさ?」

「おまえはeスポーツ部になにを求めてる?」

 突然、話を切り返された。

「それは……」

 言いかけて、おれは口を閉じた。

 楽しくみんなでゲームで遊ぶため――。

 しかし急に交代した顧問の栄田が体育教師らしい暑苦しさで「どうせなら公式戦に参加して勝利を目指そう」などと笛を吹き始めた。

 当然ながら呆気にとられた部員たちだが、とりあえず調べてみると、高校生が参加できる公式戦が確かに存在した。しかし、そのゲームはパソコンを使ったオンラインゲームであり、これまで遊んでいたコンシューマー専用機ゲーム、プレステやスイッチのRPGやアニメ系のタイトルとは違っていた。

 自分の好きなゲームで遊べない。部員のなかに、そこに拒否反応を示す者が何人もいて、部の空気はやや重くなっていたのだ。

 eスポーツ部の部員は現在八名。三名か四名での団体戦で対戦するのが高校のeスポーツ公式戦なので、やる気のない部員ばかりでは試合にならない。

「おれはおまえとシューティングゲームができればそれでいいけどな」

 おれはそう答えた。eスポーツ部と名乗っているが、実体はテレビゲーム部だ。

「おれもさ。だからガチで大会に参加するなんて気はさらさらない。eスポーツは国際的にも人気があるのは知っている。だからそのレベルがどんなに高いのかもな。ガチで大会で勝利しようと思ったら、並大抵の努力じゃダメで、戦略とかを練って、如何に勝利するか、練習方法を考えたりしないといけない。おれたちにそんな高みにたどりつけるか?」

「ま、普通に考えて無理だよな――」

 と、おれは肩をすくめ、

「だからさ、牛岡。おれ、思うんだけど、そこを目指さないでも部員として入部し続けたっていいじゃないのかな。たとえば野球部の部員は全員が全員とも甲子園を目指してるわけじゃないだろ」

「おまえ、そんなこと言ってたら野球部員に怒られるぞ。いや、たとえを言うなら、将棋部員のなかで、数人だけ将棋を指さずに将棋倒しに夢中になっている、って感じじゃないかな。そんな部員は、どう思うよ?」

 おれは牛岡のたとえを想像してみた。いくら将棋倒しが好きなんだ、と訴えても、そんなやつを部員として認めたくはない……と排除されてしまうだろう。

「なるほど。それはそうかもな――」

 的確なたとえに、おれは首肯した。しかし、

「ただ、いまのeスポーツ部にいたっては、そういうふうに感じる部員はいないような気もする」

 そう付け加えた。

 それがそのままおれたちに当てはまるといえば、そうでもないだろう。将棋倒しが好きな将棋部の部員。

「それぞれが好きなゲームで遊んでいるから、みんな気にしないんじゃないかな? 少なくともおれは気にしない」

「うーん……。でも顧問がどう言うか……」

「牛岡がここでその心配をしても始まらないだろ。いや、気持ちはわかるよ。おれたちの憩いの場所を破壊されるかもしれないんだからな」

 おおげさな言い方かもしれないが、eスポーツ部の部室はゲーム好きな同志が集まる、実に居心地のいい場所なのだった。それは家で一人で画面に向かい合っているときには得られない。ネットでのオンラインゲームとは違う、親近感がよかった。先輩もざっくばらんに接してくれるし。

「ま、今日はおれも放課後、行ってみるよ」

 そう返事して、その話題を打ち切った。

 いつもなら授業が始まるまでの間、牛岡とどうでもいいような話で時間をつぶしてしまうのだが、今朝のおれは入堂静奈にちゃんと会話をすべきだと思っていた。

 ところが、朝、牛岡とeスポーツ部のことを話していてその機会を逸してしまった。ちょうど一時限目の授業が始まるチャイムが鳴ってしまったのである。

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