第6話 私

 私の名前は、ソフィア。


 伯爵家の長女として生を受けた。


 そして、私には一人の兄がいた。


 名はリアムと言います。

 

 小さい頃の私は、両親からの愛を受けてすくすくと育っていた。何の不自由もなく自分が今いる立ち位置が相当恵まれていることも知らずにのうのうと生きていました。


 今思えば、あれが私の人生のピーク時でした。


 兄であるリアムは私とは比べ物にならないほどの才能を有していたみたいで、小さい頃から勉強、それに剣術がとても優れていて同年代には横に出る者はおらず、僅か六歳の時には国の一般騎士と互角レベルでした。


 私はと言うと、そんな兄を見てこれまた能天気にすごーいなどと思っていました。


 その後、七歳の時に教会で魔法の才を調べることに成るのですが、兄は何と四大属性すべての魔法を使えるという歴史的に見ても数人いるかいないかのものすごい才能を有していました。


 兄があれほどの才があったのだから、勉学や運動面ではダメでもきっと私も魔法の才はあると思っていました。


 私も不安に思いながらもお兄様にあったのだからきっと私にもあるとそう信じていましたが......結果は水晶から薄く青色が光っただけでした。


 そこからでした。


 段々と両親の私に対する扱いが雑になるにつれて、兄からの扱いや態度、使用人たちからもどうでも良いような扱いをされるようになったのは。


 両親に話しかけても、返されないことが多くなっていき無視されることが多くなった。兄のリアムからもそんな両親を見て育ったからか私をぞんざいに扱い、兄であるリアムがやった悪事を擦り付けられることもありました。


 使用人たちからはひそひそと兄と比べられ、以前より明らかに私に対する態度が悪くなっていき、両親から言われたのか食事の量を自分だけ明らかに減らされたりや身の回りの世話をほとんどしてもらえなくなりました。


 何の才能もない者に食わせるものや、労力はないのだそうです。


 何時しか私の心は闇に沈んでいきました。


 最初は出ていた涙さえ枯れてなくなり、希望も見いだせず、ひそひそと言われる陰口やぞんざいに扱われている現状にさえ何も感情が湧かなくなっていたある日の事でした。


 私の部屋の扉がノックされたのです。


 私の部屋に来る人は、精々家庭教師程度の者でそれ以外はここ数年いませんでした。


 誰一人、私になど興味はありませんでしたから。

 

 おそるおそるドアを開けて見ると、いたのは私の兄でした。


 粗相がないように、兄の怒りを買わないように出来るだけ下手に出て様子を伺います。


 断られると分かっていながらも、自分の部屋の中で話しをするかと提案するとなんと兄は頷いて私の部屋の中へと入ったのです。


 少し呆然としてしまいましたが、兄を部屋へと居れます。


 いつもの兄ならば「お前のような汚いごみの部屋になど入るか。だからお前は能無しなのだ」とこれくらい言ってくるはずなのですが......。


 そう思って兄の顔を見ると、苦しそうな顔をしていて私は何か間違えたのだと瞬時に察しました。


 何か兄の気に障ることをしてしまったと思った私は、すぐに対応をする。


「お兄様、ど、どうしましたか?顔色が悪いですが。何か悪いことをしてしまったのでしょうか?すみません、申し訳ありません、こんな部屋で」

「いや、違うんだソフィア。君は謝らなくていい」

「わ、分かりました、もうしわけ…あっ、すみま.....」


 いつもの癖で謝ろうとして踏みとどまって、また謝ろうとしてしまって.....私のバカな頭はパニックでした。


 兄が私の部屋に入るということもそうですが、何より私の名前を呼んだことが驚きでした。かれこれ数年ほどお前、ゴミ、それ、など指示語で呼ばれていたために自分がソフィアと呼ばれていることすら一瞬分からなかったほどです。


 それから兄は持っていた食事?を勉強机に置いて私の方へと向き直り目を合わせてくる。


 何か酷いことを言われると経験則から導き出した私は身構えながらも、兄の眼を見返した。どんな暴言を言われるのだろうとそう思っていると.....


「ソフィア、今まで本当にごめん」

「………え?」


 まさか、言われた言葉は謝罪の言葉でした。


 私はまたも呆然として立ち尽くしてしまいます。 


「今までソフィアに冷たく当たったり嫌がらせしたりして本当にごめん」

「お、お兄様、あ、頭を上げてください」


 謝ったまま頭を下げ続ける兄に私は急いで頭を上げるようにと言います。


「ソフィアの気の済むまで殴ってくれても構わないし、魔法で痛めつけても構わない」

「わ、私はだ、大丈夫です。そんなことしません。今謝ってもらっただけで気は済みましたから」


 ようやく頭を上げて向き合ってくれます。


 勿論、今謝られた程度では内心全くと言っていいほど許してはいません。

 

 それよりもどうして私は謝られているのだろう?これは、何かの罠だろうか?何か私の知らない所で起こったのだろうか?兄に頭を下げさせてしまった。両親にどんな罰を受けさせられるのだろうか?


 あれやこれやと考えて私の頭はショート寸前でした。


 数分間落ち着くまで待ってもらってからもう一度話を再開してもらいます。


「謝っただけじゃ信用してもらえないと思うから、これからソフィアに信用してもらえるように努力していくから」」

「わ、分かりました。ありがとうございます」


 兄の気が何故変わったのか全く訳が分からなかったし、何か裏があるのではないかとびくびくしてしまう。


「それじゃあ、先ずは今日の朝食少なかったよね。これ、使用人に作らせて持ってきたんだけれど」

「あ、ありがとうございます」


 確かに私の食事の量は明らかに量が少ない。だけれど兄が何故そんな親切をするのだろうか?


 きっとこの中には何か毒みたいなものが含まれているのではないかという想像が広がる。


 邪魔な私を掃除しようとしているのか?


 ならば、先ほどまでの対応も理解できる。


 でも、食べなければ何をされるか分からない、だけれど何が入っているか分からないものを食べたくはない。


 スプーンを持ったままそんな葛藤をしていると、兄は何かに気づいたのか焦りながらこういった。


「待って。俺がそれに何もしていないって証明するためにまず全部目の前でちょっとずつ食べるね」

「ご、ごめんなさい。疑っているわけではないんです。ごめんなさい。すみません」

「いいよ、大丈夫」


 兄は何と、自分が何もしていないと証明するために食事を少しづつ食べて証明してくれた。


 ......え?じゃあ、本当にただ兄が優しさで私に食事を持ってきてくれたというの?


 疑念は晴れないが、どうやら毒は入っていないようなので一口、口に含んでみる。


 それからは、止まらなかった。

 

 誰かに取られる訳でもないのに、兄が見ているのにもかかわらず私ははしたなく急いで食べていた。


 一心不乱に食べているといつの間にか食べ終わっていた。


 私は兄の前でなんて意地汚いような食べ方をしてしまったのだろう。今から罵詈雑言の嵐が......そう思って兄の方を見ると優しそうに微笑んでいるのだ。嘲笑を含んだいつものような笑みではなかった。


「も、申し訳ありません。こんなにはしたなく食べてしまって」

「いいよ、全然。ソフィアが喜んでくれたみたいでよかった」

「あ、ありがとうございます」

「今日からはちゃんとした量を出すように使用人に言っておくから任せて」

「は、はい。ありがとうございます」

「これから、信じてもらえるように努力していくから」


 兄への疑念は私の中で未だ晴れませんし兄が何故私に突然優しくなったのかも分かりません。もしかしたら何かに影響されてこうなったのか。元々はこうだったけれど誰かに洗脳されていて元に戻ったのか。それとも、これも兄の私を陥れる策略の術中なのか。私に優しくするというアメを与えた後、今まで以上の手ひどい鞭がきて、私が無様になったところをみたいのか。ただの気まぐれなのか。


 色々頭の中をめぐりました。


 ですが何故かこの時ふとこう思ったのです。


 この人はリアムであって、リアムではないのではないのかと。


 

 


 








 

 


 

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