第3話 バッドエンドのその先で、冥界の女神に説教される《中編》
半月後。
あと少しで終われる事に内心安堵した女神ヘルだったが、一番最後に現れた少女の姿を目にした刹那、彼女の走馬灯が脳裏を過り──内容が内容だったので頭が痛くなってきた。
「
頭痛と共に湧き上がる怒りを堪えながら、右手の指先で片方のこめかみを押さえた女神ヘルはポツリと漏らす。
その呟きから女神ヘルの怒気を感じたのか、ピンクブロンドの髪にアメジストの瞳の小柄で華奢な少女は小動物のようにびくりと身体を震わせた。
少女の名はノエル・プランタン。16歳。
保護欲をそそられる愛らしい見た目の少女だが、女神ヘルに視えたのは、貴族の学校に通っていたノエルが同年代の高位貴族の令息を多数手玉に取り、逆ハーレムを形成している光景だった。
しかもノエルは、相手に婚約者がいてもお構い無しに粉をかけて
最初は婚約者がいる貴族令息との距離が近すぎるからと普通に窘められていたが、注意されてもノエルは改める様子がないので黙って見ているのが我慢ならなかった令嬢が嫌味などを言いに突撃したり、その延長線上で嫌がらせを受けたりもしていたようだった。
ある意味強メンタルすぎたノエルの自業自得だったが、ノエルはノエルで逆ハーのメンバーに“相談”という名の告げ口をして、自分の手を汚すことなく貴族令息の権力で排除してもらうなどして中々逞しかった。
だが、最後の行動がいただけなかった。
逆ハーのメンバーと共にピクニックがてらにダンジョンへ行き、その最奥で行き倒れていた男を助けたまではよかったが、ノエルはその男にも粉をかけてハーレムの一角を担わせた。色々とツッコミどころがありすぎる。
行き倒れていた男の名は、スルト。
肌も髪も瞳も黒い20代半ばくらいの青年で、ノエル達に保護された時は人の
ムスペルヘイムの国境を守っている筈のスルトがどういうわけか、ダンジョンで行き倒れていただけでなく記憶喪失になっていたのだ。
女神ヘルからすればその状況が複雑怪奇でしかなく──記憶が無い状態だったからこそノエルの毒牙にかかってしまったとも取れたが──とにかく粉をかけた相手が良くなかった。
何故なら、スルトにはシンモラという名の妻がいたからだ。
そのシンモラは、消息不明になったスルトの気配を辿って地上へ上がり、夫が小娘に籠絡されているのを目の当たりにする。
当然、
ちなみにレーヴァテインは、
スルトは刺された衝撃で記憶が戻り、勢いで自分を滅多刺しにしようとしたシンモラを抱きしめて口付けて、変わらぬ愛を語る事で妻を宥めて落ち着かせることに成功するも、記憶を無くしている間に
それを、
この時スルトがノエルにサックリ止めを刺していたらここまで被害が拡大しなかっただろうが、非常に残念なことに
優秀だったがゆえに傍迷惑な追いかけっこが発生し、ラグナレクが起こる前に世界は炎の海になり──地上の人間は皆死に絶えてしまった。
お前たちが守ったのは、逆ハーレムを形成しても平然としている強欲で恋愛脳なだけの女だぞ、とツッコミを入れたくなるが、
中身がアレでも、彼らにとってノエルは守るべき乙女だったのだろう。その心が気高すぎて、不憫にさえ感じた女神ヘルである。
「
嫌味を込めて吐き捨ててしまっても許される筈だ。
ノエルが世界滅亡の引き金を引いたせいで、女神ヘルはその尻拭いという形で二週間ぶっ通しで120万の死者の魂を捌いたのだから。
ちなみに、ノエルの死因は炎に巻かれて一酸化炭素中毒で意識を失いそのまま焼死だったので、スルト夫妻の復讐は完遂出来なかったようだ。やるならきっちりトドメを刺せ。
「ノエル・プランタン。お前の無遠慮な行いの結果、ラグナレクが勃発する前にスルトの炎で人の世が焼き尽くされ滅びてしまったわけだが、異議はあるか」
ノエルの走馬燈を一瞬で見終えた女神ヘルは、全ての発端である小娘を気遣う余裕など無いので冷たく問う。
「私、何も悪い事してないもん」
女神ヘルから発せられる物騒な気配を感じたノエルはびくりと反応し、アメジストの瞳に涙を溜めて小動物のように震えるも、気丈に答える。
見た目より幼い印象の言葉と態度に、女神ヘルの片眉が上がった。
「ほう? 何もしていない、と申すのか」
「だって、私はヒロインなのよ? この世界は私の為に創られて、私が幸せになる為に存在する筈なんだもの」
言葉の通り、ノエルは自分が悪い事をしたとはつゆとも思っていない。むしろ自分は被害者だと言わんばかりだ。
「誰がそのような事を言ったのだ?」
「え?」
「誰がお前に『
女神ヘルの指摘にノエルは虚を突かれたような顔になる。
「答えよ。誰がそのような事を言ったのか」
女神ヘルの問いに、ノエルは逡巡すると「……言われてないです」と返した。不貞腐れたような様子に女神ヘルは半ば呆れながらも、更に追及する。
「では
「『らぐらぶ』のヒロインに異世界転生したから。だから私はヒロインで、みんなに愛される筈で」
言っている事は一貫しているものの要領を得ないので、女神ヘルは「うーむ。何を言ってるかわからぬ」とぼやく。
「……なのに、みんな死んじゃって。私、悪くないもん」
数多の人の死の発端になった事を女神ヘルから突き付けられたノエルは多少の罪悪感を覚えているようだったが、ぶつぶつ訳のわからない事を言っている。
ノエルのハーレムのメンバーに聴取したかったが、前述の通り、皆スルトとシンモラの夫婦のタッグに引く事なく勇敢に戦ったので、ヘルヘイムに来ることなく天上の
女神ヘルは数秒瞑目し、何かを閃くと虚空に向かって声を上げた。
「ウルズ、聞こえるか」
『うん、聞こえてるぅ』
「そちらも火消しで慌ただしいと思うが、ほんの少しの間アレを貸してはくれまいか」
『いいよぉ』
何かを承諾した声の後、女神ヘルの眼前に水鏡が出現し、ゆらめく水面から何かを持った女性の手がにゅっと差し出された。
女神ヘルがそれを受け取ると、水鏡の向こうの女性ウルズは「終わったら返却よろ〜」と言いながら手を振り、その手は水鏡の中に引っ込んでしまう。
水鏡は空間に溶けるように消え、女神ヘルの手には虹色に輝く大きな水晶玉が残った。
「冥府の女神ヘルが命ずる。
ノエルへ向けて掲げられた水晶玉が光り、前世のノエルが『らぐらぶ』と呼んでいた物語の概要が展開された。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます