第2話 The Last Brave 〜 勇者召喚を頻発し、勇者達を使い捨てにした国の顛末

 ラノベでよくある勇者召喚で、持っているスキルが使えないからと魔物のいる森に身一つで放り出される話があったけど、自分がそうなるなんて思わなかったし、雪がチラホラ残る湿原の泥濘に転がされた俺は今──まさにされそうになっていた。


「恨むんなら、ゴミスキル持ちの自分を恨むんだな」


 そう言って王国の役人は腰に下げたサーベルを抜いた。勝手に勇者召喚しておきながら、俺が持つスキルが勇者としてそぐわないとかそういった理由で、が決定したらしい。

 すごい理不尽な話だ。

 召喚された直後は歓迎ムードだったのに、スキルを確認した途端彼らのテンションが下がってすぐさま次の勇者召喚の準備をし出したから、召喚されてパニクってた俺は逆に冷静になったし、ガチャじゃねーんだぞと思った。

 それに、ガチャはゲームだから出来るのであって、現実でやっていいものじゃない。きちっとリマセラ出来て召喚自体が無かった事になるのならまあ許せるけど、そうじゃないから俺はこんな状況になっている。


「…………」


 今まで俺みたいな目に遭ったが何人もいたのだろう。役人は手慣れている感じだったし、俺を殺す躊躇は一切見えない。

 自分に向かって振り下ろされるそれがヒュッと風を切る音を立てる。両手両足首を縄で縛られて猿轡をかまされた状態の俺は逃げる事も敵わず、死への恐怖で身を竦ませるしか出来ず──予防接種の注射針から目を逸らす時のように、ぎゅっと目を瞑る。

 瞬間。

 ガキン! と金属と金属がぶつかる音がして、斬撃が来なかった事にホッとした。

 目を開けると、視界が赤く染まっていた。

 血の赤とは違う、燃える炎のような明るい赤。

 雪曇りの空に映える鮮やかなその赤が、緩く波打つ艶やかな長い髪だと気付いたのは、役人が振り下ろしたサーベルを赤い髪の主が持っていた槍の穂先で受け止めて空に弾くのが見えたからだ。


「誰だお前」

「失礼だな。ボクは女神だよ?」


 腰に挿していた予備の武器を抜いて構えながら、役人が誰何する。女神を自称するその人の後ろ姿しか見えなかったけれど、耳に入って来たのは俺と同い年くらいの少女の声だった。クルクルと高速で回転しながら飛んて行ったサーベルが、放物線を描いて大地に突き刺さるのが見えた。


「女神?」

「女神スルーズ。ボクの名前、知ってる? まぁ、知っていても知らなくても、キミたちは滅亡決定だからどうでもいいんだけどさ」

「何を訳のわからない事を……」

「ホント腐ってる。こちらの事情で同意も得ずに召喚しているんだから、どんな勇者も丁重に扱うべきだとボクは思うんだけどね?」


 両者の会話を見守っていると、後ろ手で縛られていた俺の両手が解放される感覚があったので思わず目を見開いた。


「!」


 無言で体を捩って背面の方を見ると、真っ白な翼がついた兜を被った白銀の鎧を纏った女性がいて、その女性は持っていた短剣ダガーで俺の足首を縛る縄を手慣れた様子で切っていた。

 足も解放されたので感謝しながらその女性を見ていると、彼女は俺の視線に気付いて猿轡の方を指差し短剣ダガーで切るジェスチャーをした。

 承諾の意味で頷くと、その人は口元を覆っていた布をさっくりと切ってくれて、短剣ダガーを鞘に収めてスッと立ち上がった。波打つ金色の髪がふわりと風に靡く。

 拘束から解放された俺は、絶体絶命の状態で助けてくれた女神スルーズともう一人の女性に感謝を伝えたかったけれど、言える雰囲気じゃ無かったので空気に徹して半身を起こし──背後の方がなんだかザワッとした気がしたので思わず振り返った。

 殺風景な雪原。そこに人の気配は全くない。なのに、ほんの瞬きの間に大勢の精悍で屈強な戦士が音もなく出現した。

 戦士達は仰天している俺を見て憐れむような一瞥をくれたが、女神スルーズとやり取りをしている役人を見るなり殺気の籠った目で見た。急に膨れ上がったそれに背筋の凍る思いをしているうちに、女神スルーズは俺が拘束から解放されたのに気付いたのか話を切り上げた。


「話し合う余地は一切ないから、サクッと行っちゃおうか!」


 女神スルーズはそう言うと、突然顕れた戦士達を目の当たりにして慄いている役人の背後にそびえる、俺を召喚した王国の王城へ向けてホームラン予告するかのように槍の穂先を向けた。


「行くよ!」


 女神の号令に「応!」と応える地鳴りの様に轟く戦士達の鬨の声。女神スルーズはどこからともなく現れた白馬に飛び乗って天空へ舞い上がり、王国の方へ駆って行った。戦士達も、女神スルーズを追いかけるように駆けていく。

 俺はその壮観な光景に見惚れながらも、死なずに済んだ現実に涙が溢れてきてしまったので手の甲でぐしぐしと拭った。


「うわっ」


 両サイドを駆け抜けていく一部の戦士が、元気出せと言わんばかりに俺の撫でて行った。

 なすがままだった俺の頭はすぐにぐちゃぐちゃになった。

 後で知る事になるが、彼らは王国に召喚されて理不尽な目にあった勇者だった。


「…………」


 殿しんがりの戦士の後ろ姿を見送った時、俺を殺そうとしていた役人が血を流して地に伏していたのが見え、既に事切れていたので目を逸らした。大勢いた戦士のうちの誰かに攻撃されたのだと察したが、女神スルーズの介入がなければそこに転がっていたのはきっと自分だったから。


「勇者様、こちらへ」


 俺に声を掛ける存在がいたので視線を向けると、さっき縄を切ってくれた女性だった。


「本来ならば戦死者を選別して戦死者の館ヴァルハラへ連れて行くのですが、勇者として召喚されたあなたは特例です」


 女神と一緒に王国へ殴り込みに行ったと思っていたけれど、彼女はどうも最初から俺を回収する目的で来ていたらしく、行くあてもない俺は着いて行く事にした。




 俺を召喚した王国は、神々の怒りを買った国としてその日のうちに地図から消えた。

 王国を滅ぼした後、女神スルーズが「今後、召喚術を使用したら召喚術を行なった者の国を滅ぼしに行くからね!」とルビーの瞳を爛々と輝かせながら世界に向けて威嚇というか、警告したので、それを機に勇者召喚を含めた召喚術は禁術指定の魔術になり、俺が勇者召喚で召喚された最後の勇者になった。


 ちなみに戦死者の館ヴァルハラに回収された俺は、ヴァルハラの戦士エインヘリャルの一人として迎えられ──翌日から 新兵訓練ブートキャンプに勤しむ事になった。

 武術の経験は皆無だったし、並くらいの運動神経しか無かったから訓練に慣れるまでに何度も死んだけど、夜の宴の時間になると自動で復活するという不思議な生活を送る事で身体能力が上がったし、成長期だったから身長とかも伸びた。


 ………………それからウン百年後、一人のドジっ子魔術師が禁術となった召喚術を使った為に俺はそれに召喚されてしまうのだが、それは別の話だ。

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