第12話
そして達夫は黙ったまま、引っ張り出した
私達は誰一人として彼に言葉をかけることなくただその姿を見守っていた。思考が停止してしまった我々を置いて、何故か私には彼の時間だけが進んでいるように見えた。
達夫が、傍らに置いてあるナタを手に取った。そのナタが振り下ろされれば何かが変わる。この現場にあって一番まずいのは何もしない事、そんなことは私だって充分承知している。しかしそんな状況にも関わらず、その時私の頭に浮んでいたことと言えば「そもそも何故ナタなのだろう。ハサミでは駄目だったのだろうか……」そんなくだらない事だった。
隣の仰木遥は両手を顔にあてて、その目を塞いでいた。彼女は未だにこの生ける幼子の死体が先日亡くなったと言う凌介君だと思っているのであろう。決してそうでは無いと理屈では分かっていたとしても、生前の凌介君の姿を知る彼女にとってはそれが切断される姿が見るに堪えないに違いない。
死して尚も生を得ようとするこの子供の貪欲な姿。果たしてそこに知性は宿っているのだろうか……。母親の命を奪ってまでも吸い取ろうとした生への執着は、その醜く腐った彼の本心では無かったと私は思いたい。しかし一方で母親はどうであったろうか。自らの生命を与えてまでも自らの子供を生き返らせたいと願ったのかもしれない。もしもそれが可能ならば……
振り落とされたナタは、ゴンと鈍い音を立てて見事にソレを両断した。そして断たれた
子供は断末魔の悲鳴すら上げなかった。その瞬間、何が変わったのか、変わらなかったのか……。そんなことすら分からない我々は、臍の緒を切られても未だ続くその呼吸をじっと見守っていた。ふと気がつけば締め切られた雨戸の外から、やかましいほどの蝉の鳴き声が聞こえていた。そして……いつの間にかサブロウ様の呼吸は途絶えていた。
――果たして、これで全てが終わったのだろうか。
この奇怪な出来事に、我々はいわゆる落とし所を見つけることが出来無いまま無駄な時間だけが過ぎて行く。ただ、それでも少しづつではあるが私の中に日常が戻って来るのが分かった。気がつけば、その日はやけに蒸し暑く蝉の鳴き声がうるさかった。
しかし……
しかしその時。私は閉じられていたサブロウ様の目がいつの間にか見開いていた事に全く気がついていなかったのだ。だからその瞬間、全身に突然訪れた倦怠感も、次第に虚ろになって行く視界も、おそらく気を貼りすぎていた疲れのせいなのだろうと、そう思っていた。
そして……それは一瞬の出来事だった。
気がつけば突然傾いた私のぼやけた視界の正面には、サブロウ様がいる。耳もとで、仰木遥や達夫が慌ただしく叫んでいるのが分かった。
――あぁ、私は倒れてしまったのか……。
倒れてしまったわりには意外と理解が早い。私は、こんな時にも冷静でいられる自分が不思議だった。正面にはずっと息を殺しながピクリとも動かずにらこちらを見つめるサブロウ様がいた。
次第に遠ざかる意識の中で、私は何故そんな言葉を彼にかけたのだろうか……
「なぁ。お前はまだ諦めていないんだろ?」
理由なんて多分無い。おそらくその時、私がただそう感じただけなのだ。
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