第9話


 やはり私には、この集落の住人の何かを隠そうとしているような排他的空気感がどうにも気に入らなかった。この場所に私を招き入れたわりには、彼らの会話には明らかに他所者よそものの我々を拒む様な壁があったし、彼らは今もこうやって私達のいない場所でヒソヒソと話を進めようとしている。ただ、こういった閉塞感のようなものはこの土地に限られたものでは無く、古くから世代を受け継いで来た土地ならば日本各地どこにでも見受けられるものである。


 私達は結果的に、村人達の話を盗み聞きする格好となってしまった為、彼らの会話が一段落するのを見計らって広縁から奥の部屋へと足を進めた。

 しかしその時、先程までの押し殺した声とは明らかに様子の異なる怒鳴りつける様な大きな声が聞こえる。「もうええ。ばあちゃんが出来ん言うんなら、わしがやる。」それは達夫の声だった。そして、それと同時に目の前の部屋から苛立った様子の達夫が勢いよく飛び出して来た。その時、ちょうど部屋に入ろうとしていた私達は、危うく達夫とぶつかりかけた。


「何じゃ、そんなところで。二人とも逃げ出して帰ったんかと思うたわ。」


 達夫は私達がもう一度この場所に戻って来たのが意外だっらしい。そして今度は、もう私達はこの場所に用無しだとでも言わんばかりに「もうあんたらはこの件に関わらんほうがええ。わしが警察にも連絡しとくけぇ、早うこの村から出てけ。」と、苛立った口調でそう続けた。


「あの、でも……。」


 達夫の突然の剣幕に、私の隣に立つ仰木遥が思わず言葉を詰まらせた。しかしそんな事はお構いなしに尚も達夫は私達に突っかかる。


「ええから出てけと言うとるんじゃ。いつまでもこんな場所におったら、あんたらまで取り返しのつかんことなるんじゃ。」


 そんな身勝手な達夫のもの言いに、私はとうとう怒りをこらえることが出来無くなった。彼の突然の豹変ぶりに私も一瞬あっけに取られたが、それならそれで私達など巻き込まずにさっさと警察にでもなんでも連絡してくれれば良かったではないか。そんな気持ちを私は抑えることが出来ない。


「いったい何なのですかあなたは。私達を巻き込むだけ巻き込んで。勝手に死体を見ろと言ったり、かと思えば突然出ていけと言ったり。」


「あん時きゃわしだって、あのまま警察に届けりゃええと思っとったんじゃ。でも、サブロウ様が動きよるんじゃどうしようも無かろう。だったら、まず二人を切り離さなけりゃどうにもならんじゃろうが。」


「サブロウ様?切り離す?あなたはいったい何の話をしているんですか。もうちょっと分かるように説明してくださいよ。」


 まったく、この人達は肝心な部分の説明がまったく足りなさ過ぎるのだ。私はもう苛立ちを隠す気などはさらさら無かった。それに、今更藪をつついて蛇を出してしまったとしてもあんな殺人現場を見せられた後に、それを超える何かがあるとは到底思えない。


「さっきから、あなた方はずっと何かを隠してるんじゃないですか?まず、あの遺体はいったい何なのですか。これは単なる殺人事件じゃないのですか?」


「あんたらを巻き込んじゃったんは悪かったと思っとる。でも悪い事は言わんからこの村から出ていってくれ。」


「出ていけるわけが無いでしょ。これは殺人事件ですよ。いい加減に知っていることを全部話したらどうなんですか。それとも、もしかしてあなた方が犯人なんじゃ無いでしょうね。」


 私は、そう言って目の前の達夫を睨みつけた。だが実際に私は達夫をこの事件の犯人と思っていたわけではない。怒りに任せた言葉のというやつである。でも、彼がこうまで言って私達をこの場所から立ち去らせようとする理由が曖昧なのも事実。当然犯人扱いされても文句は言えないはずである。

 しかし、達夫は犯人した私の言葉を聞いても、一瞬たじろいだけで、あくまでも苛立った態度を崩さなかった。


「馬鹿言うな。何でわしらが香苗さんを殺さんといけんのじゃ。わしはあんたらのためを思って言っちょるのに。そんなに知りたきゃもう一度部屋に見に入りゃええ。じゃが、見た後に後悔してもわしは知らんぞ。」


 相変わらずのもの言いである。しかし……入室の許可は貰った。さっきから必要以上に脅しをかけてくる達夫の言葉が私も少し気になりはしたが、もうあの凄惨な現場は見ているのだ。今更、後悔などという言葉を使われたところで、もう胃の中の物を全て吐き出した後では遅すぎる。出来ればもっと早くから脅してくれていればと、私は達夫を恨んだ。


 一方の達夫は「知らんぞ」と私達に言い放った後も、そのまま部屋には戻らずに真っ直ぐに家の外へと向かっていく。そんな達夫の姿を隣で追う様に見つめた仰木遥がその後ろ姿に声をかけた。


「達夫さんは、あの……これからどちらに……。」


「わしか?わしはナタとまな板じゃ。軽トラに載せてあるで、ちょっくら取って来る。」

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