第3話

 『サブロウ石』この奇妙な石の伝承について、彼女の語り口はなんとも怪談話めいていて少し滑稽こっけいに聞こえた。でも、もしかしたら彼女はこの話を本当に怪談話のように面白おかしいフィクションとして認識していたのかもしれない。

 さて、そんな彼女の話によると、このサブロウ石自体が単なる怪談話に収まらないほど奇妙奇天烈きみょうきてれつな存在なのである。なんと驚くことに、このサブロウ石は地面からニョキニョキと竹の子のように生え出して来るらしい。しかもそれがちょうどこの二つ谷集落の夫婦に赤ん坊が産まれた月と同月にこの集落の何処かにひょっこりと顔を出すというのだ。


「それでですね~。その石が子供の成長と共にグングンと伸びて行くらしいんですよ。」


 少し興奮気味に語る彼女の奇妙な話に、私もついついのめり込んだ。私はこういった不可思議な伝承や風習についての話が大の好物なのである。そんな私の食い付き具合に彼女は気を良くしたのか、少々話し方が大袈裟になり始めてはいるのだが……それはご愛嬌と言うものだろう。


「それでね。怖いのはここからなんですけど……。その伸びていた石がある日ゴロンと地面から抜け落ちるそうなんです。そうしたらどうなると思いますか?」


 彼女はそう言ってとばかりに私の顔を覗き込んだ。やはり私が最初に思った通り、彼女は怪談のつもりで話しているに違いない。しかし、サブロウ石が赤ん坊が産まれた時に土から顔を出すと言うなら、それが抜け落ちた時はどうなるかなんて決まっているではないか。


「死ぬんですよ。石と一緒に産まれた村人が、その寿命を迎えて………。」


 私が思った通りの答えを、彼女は特別低い声色こわいろに変えてそう言った。そしてその後すぐに嬉しそうにケラケラと笑うのである。私はというと話に興味を引かれて思わず真顔まがおで話を聞いていたものだから、彼女は私が怖がっているのではと、いらぬ勘違いをしたようなのだ。


「大丈夫ですって。これは単なる言い伝えなんですから。今でも墓石にはサブロウ石を使ってるみたいなんですけど、全部が下の町の石屋さんに頼んで作ってもらってるんですって。」


 確かに、言い伝えなどというものはその外観だけが残されていて、実態はというと非常に不確かなものが多い。彼女が言うように、現に伝承のみで本当はサブロウ石など産まれないこの村も、ただ葬儀や風習に形のみが残されているだけに過ぎないのである。


 そして、そんな奇妙な伝承のあるこの集落も、中を走れば当然電気だって通っているし、もちろん車だって生活必需品だ。そこは都会とさほど変わり無い至って普通の生活なのである。



 車はいつの間にか川を渡り二つの川の間を走っていた。そして、ちょうど道の両脇に民家らしい建物がチラホラと見え始めた頃。


「すみません。ちょっと寄り道させてもらってもいいですか?」


 ハンドルを握った彼女が先ほどの調子とは打って変わって、少し真面目な表情でそう言った。


「実は私、この地区の村おこしを担当させてもらってるんですけど、ちょっと気になる家があるんです。」


 そんな彼女の言葉に逆らう理由など無い私は、その申し出を快く了承した。


「杉浦さんって言う若いご夫婦で……。町の主催する婚活パーティーで知り合われて、この地区に移り住んで来られた方なんですけど。実は、つい先日まだ3歳のお子様を亡くされまして……。奥様がひどく落ち込んでらっしゃるんです。なので様子を見に行ってあげたいんですよ。」


「それはお気の毒に。私はいっこうに構わないので、ぜひ行ってあげてください。」


 なんとも田舎の役場らしい昔ながらのお節介で温かな付き合いである。彼女は「どうも有難うございます。」と私に礼を言うと、いかにもこの土地らしい重たそうな瓦屋根の古い民家の前で車を止めた。



 しかし……


 車から出てみれば、どうも家の様子がおかしい。私の勝手な思い込みでは、家の中で悲しみにくれる女性が一人途方にくれている姿を想像していたのだが、予想に反して何故か家の中が慌ただしい。家の中から切羽詰まった様な数名の男女の声が飛び交っているのだ。


「すみません杉浦さん。なにかあったんですか?」


 玄関先で。中に向かって大きな声で叫んだ彼女も、当然何かしらの異変を感じている。そんな中、一人の男性が彼女の声を聞きつけて家の中から顔を出した。


「あっ、達夫さん。杉浦さんに何かあったんですか?」


 おそらく彼女とは顔見知りのその男性は、初対面の私でさえ分る程にその表情を強張らせ、見るからに家の中でただならぬ出来事が起きているのは明白であった。


「もしかして自殺!?」


 彼女にまずその考えが浮かぶのは当然のことだろう。


 しかし、嫌な予感を確かめようと慌てて家の中へと飛び込もうとした彼女のことをその男性が物凄い剣幕で静止した。


はるかちゃんは入っちゃいけん。」


「なんでです。中で何かあったんですよね。」

 

 当然食って掛かる彼女にたじろぎながらも、男性はどうしても彼女を家の中へ入れようとはしない。


「だめじゃ。どうしても遥ちゃんは中に入っちゃいけんのんじゃ。」


 男性は終始それの一点張りである。


 その時の私はというと、その押し問答を後ろから眺めていたのだが。しかしその様子からさすがに事件性が高いと判断した私は、部外者ながら二人の間に割って入ることにした。


「あの、いったい中で何があったかだけでも教えていただけませんか?」


 私は、話の取っ掛かりにでもなればと、男性にそう尋ねてみた。


「あんたは?」


 まずそう聞かれるのも無理は無い。私の姿といえば、スーツ姿でこの場にはまったく似つかわしく無いのである。しかし私はこういう場所で一番信用されやすい肩書きを持っているのだ。


「私も役所の者でございます。」


 この言葉で話が先に進まなかった試しはない。しかしながら逆にトントン拍子に話が進みすぎてしまうこともあるから困りものだ。そして残念なことに今がまさにその時だった。


「そうか……ならええじゃろ。本当のとこわしにも何が起こっとるんだかわからんのじゃ。でもあれは絶対に遥ちゃんには見せられんけぇ。だからすまんけど、あんただけでええから見てはくれんじゃろか?」


 この状況で役所の名前を出してしまった私は彼の申し出を断ることなど出来るわけがない。遥ちゃんには見せられないだなんて、おそらく中に入れば代わりに私が見たくない物を見せられるのだ……。それがいったい何なのかはわからないが、私はなんの覚悟も整わないままにその薄暗い家の中へ足を踏み入れることとなった。

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