過去

「良い人だったわね?」

「だろ? ずっとお世話になっててさ」


 おっちゃんにルナを紹介した後は大変だった。

 涙が流れて止まらなくなったおっちゃんを慰めるのだが、その理由に今度は俺の方が泣いてしまったからである。


『お前がそんな風に言ってくれたのが嬉しくてなぁ。俺とお前は血の繋がった親子じゃねえし、出会ってからまだ何年も経ったわけじゃない。それでも俺はお前のことを息子のように思うこともあった……やったじゃないかゼノ』

『……おっちゃん』


 息子のように思っていたと、そう言われてしまったら泣いてしまうのも仕方がなかった。

 結局、その後に俺とおっちゃんは困った表情になったルナに元気付けられた。

 そうして彼女との思い出の場所でもあるあの泉にやってきたのだ。


「ねえゼノ」

「どうした?」

「……………」


 ルナに目を向けると、彼女は何かを迷う様子を見せた。

 まるで聞きたいことを聞こうかどうか迷っているような、そんな彼女の様子に俺はどうしたのかと首を傾げる。

 しかし同時に思い付いたことがあった。

 おっちゃんとの話は主に家族のことに関する内容があったので、もしかしたらそれについてかと俺は思ったのだ。


「もしかして俺の家族のこととか?」

「っ……」


 どうやら当たりらしい。

 そう言えば特にこの王都に来る前の話をしていなかったなと思いつつ、別に話せないことでもないので俺は話すことにした。


「その……良い話じゃないけどいいか?」

「教えてくれるの?」

「別に良いぞ。相手がルナなら……聞いてくれるならって感じだ」

「それなら聞きたいわ。あなたのこと、なんだって知りたいもの」


 互いに木に背中を預けながらだったが、俺は彼女の肩に手を置いて抱き寄せた。

 彼女という存在を間近に感じながら、俺はゆっくりと語り出す。


「まあ、よくある話だよ」


 そう前置きをして俺は彼女に話し始めた。


「俺にも当然、両親は居たんだよ。数年前のある日高ランクの冒険者が住んでいた村にやってきたんだ」

「うん」

「それでまあ……母は若くて稼ぎのある男に靡いたわけだ。男の方も歳はともかく見た目が綺麗だった母を気に入ってさ。父に別れを一方的に告げて着いて行った」

「……最低ね」


 そうだなと、俺は当時を思い出しながら言葉を続ける。


「それでまあ……色々と自棄になった父は病気になって死んだ。これだけなら悲しい話になるんだけど、そもそも両親と俺は仲が悪かったからな。二人が居なくなっても特に悲しいことはなかった」

「そうなの?」

「あぁ。でもまさか……調竜師になるとは思わなくて昔のことを思い出す暇がないくらいに今を楽しんでいるのが現状だ。内容自体は明るくないけど、ある意味で別に珍しくもないことだっただろ?」

「……そうかしら。まあでも、確かに地位のある強い人間に惹かれるというのは間違いないかもしれないわね」


 その通りだ。

 結局、母は家族の絆よりも金と地位のある冒険者の男を取っただけの話……あれから何年も経ってるし、母が生きていたとしても歳が歳だしきっと捨てられているんだろうなと漠然と思った。


「そういうことがあって親の温もりみたいなもんは忘れてたけど……おっちゃんの世話になって、忘れていたものを思い出したって感じかな」

「そうだったのね」


 おっちゃんからしたら当時の俺はガキみたいなもんだっただろう。

 今もまだ19歳なのでガキと何も変わりはしないだろうが……それでも、俺のことを息子のように思ってくれていたのは本当に嬉しかった。


「王都に来たばかりの俺を見つけて、部屋を提供してくれて……美味い飯を毎日作ってくれて……ほんと良い人だよ」

「ふふっ、あなたの話し方で分かるわ。私もあの人と手を触れただけで優しい人だってことは分かったもの。これはもう、結婚式に呼ぶしかなくない?」

「もちろんそのつもりだって。もしかしたらまたその時に泣くかもだけど」


 なんだろう、絶対に泣きそうな確信が俺にはあった。

 おっちゃんに提案して行かないと言われたらその時は仕方ないけど、絶対に断らないとは思っている。


「それにしても……その母親、少しムカつくわね」

「……ルナさん?」


 ルナの雰囲気が変わり、俺は少しだけ彼女から離れた。


「普通の人間なら何も思わないわ。でも、私の愛する人に対してそのような仕打ちをしたことは許せないのよ。あなたは家族と折り合いが悪かったと言ったけど、流石に裏切りとしては最悪の形だし一人の女としてはどうかと思うわね」

「……………」


 まあ産んでくれたことには感謝してるんだよな。

 そもそも、こうして俺が産まれなければルナと会うこともなかったし、こうして幸せに続く道を歩むこともなかったから。

 もう死んでいるかもしれない、どこかでしぶとく生きているかもしれない……なら少し嫌がらせに近いかもしれないけど、アンタが産んだ息子は最高に幸せになってるんだって思い知らせれば良いんじゃないかな。


「ルナ」

「あ……」


 ルナの頭に手を置いて撫でた。

 居るかどうかも分からない母に対して怒りを募らせていたルナだったが、段々とその怒りを小さくしていき、ピタッと俺に寄り添ってきた。


「ま、家族のことはもう良いんだ。それよりもこれからのことを考えたいと思っている。君と一緒になってから……誰もが羨むような家庭を築きたい――笑顔が絶えないそんな光景を君と作りたい」

「ゼノ……えぇ! 私も同じことを思っているわ!」


 そうして見つめ合い、俺たちは深いキスを交わすのだった。

 彼女に過去を少し話したが、本当にもうどうでも良いと思っていることなので、俺もルナもこれ以上は何も気にすることじゃない。

 過去よりも未来のことを考え、これからしっかりと歩んでいけばいい。


「ところでさ」

「なに?」

「……子供ってどういう形で産まれるのかな?」

「……あ~、どうなるのかしら。人とドラゴンって前例がないから……物は試しってことで実例を作るしかないわね!」


 ……なるほど、つまり頑張らないといけないってわけだな。

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