水の中で

「……ルナさんや、本当に良いのかこれは」

「構わないでしょう。さあとっとと夕飯を済ませましょう」


 日も沈んで暗くなった頃、再びルナは人間体となっていた。

 カルサナンタを離れ、海も見てから俺たちが向かった先は……まさかの国境を越えて隣国に入り込んでいたわけだ。

 別に国境を無断で越えてはならないというルールはないが、それが適用されるのは一般人にのみ……ドラゴンの女王であるルナには絶対に適用されるだろうが、それを彼女は笑顔で踏み倒した。


(……まあドラゴンが人になれると知られてないからこそだな)


 これでもしも自国の空をドラゴンが飛んでいたら、相手側からすればどういうことだと慌てるだろうけれど、流石に人間体ともなるとそうはならない。

 俺たちが訪れたのは隣国クサトリカ、その中でも一番ドラゴニスの領土に近い街だった。


「なんか、不思議な格好のやつが多いな……」

「本当にね。私たち、相当浮いているわ」


 さっきからジロジロと視線を集めるのが妙に気持ち悪い。

 これはルナという美しい女性を見ているという単純なものではなく、根本的に俺たちが異物として見られているせいだ。

 一応勉強の賜物としてクサトリカという国については知っているが、この国は宗教国家として知られており、十にも満たない幼い頃から奉仕精神を叩きこまれる国として有名なのだ。


「一応クサトリカについてはある程度知ってたけど、他所の俺たちからすればちょっと馴染まない空気だな」

「もう少し遠くに飛ぶべきだったかしらね。まあでも、これも観光でしょう」

「ま、そうだな」


 国によって在り方が違う以上、その国の習わしは新鮮な気分で見られる。

 別に余所者であるからといって異端者扱いされるわけでもないが、それでも観光の名目としてクサトリカはおススメされていないため、彼らの反応を見るにそもそも観光客というのは珍しいんだろう。

 老若男女問わずに黒いローブを着ている辺り凄まじさがあるが、それでも屋台に出されている食べ物は普通に美味そうだった。


「ルナ、手を」

「あ……うん♪」


 日は沈んだのに人並みは多いからな……というか、だからこそ彼らの着る黒いローブが闇夜に溶けるようで異様な光景なんだよ。

 屋台のおっさんも額に汗を掻いて暑いはずなのに、それでも意地があるのかローブを脱がないみたいだし。


「取り敢えず……良い匂いがするしあれにしましょうよ」


 そう言って彼女が指を向けたのは大きな鶏肉の目立つ屋台だった。

 もちろん肉だけでなく他にも色々とメニューはあるみたいだが、やっぱりドラゴンということでルナも肉類は大好きなため目に留まったと思われる。


「……らっしゃい」


 ボソボソっと呟く暗い店主だが料理の腕は良さそうだ。

 隣に座ったルナは主に肉類ばかりを頼んだが、俺はちゃんと野菜の方もバランスよく頼む。


「アンタたち、悪いことは言わねえ。何もないうちに出て行くんだな」

「その口ぶりだと何かあると言っているようなものだけど?」

「……アンタじゃねえ、そっちの男だ」

「俺?」


 まさかそこで俺が話題に出るとは思わなかった。

 それから相変わらずのボソボソッとした喋り方で教えてくれた。


「今年になって妙なお触れが出たんだよ。外の男の種を取り込めってな」

「……なんだよそれ」

「馬鹿らしいだろ? でもそれを本気にする人間が多いのもこの国だ。しかもこの街の長が女ということもあって躍起になってやがる」


 この国はアホしか居らんのか、そうツッコミを入れようとしたが基本的に宗教国家というのはそういうものらしい。

 天使や悪魔といった空想の存在を信じたりするのもあるらしく……流石、産まれなくて良かった国ベストスリーに入ると言われているクサトリカだ。


「なるほど、それは面白い話を聞いたわ。つまり、彼のことが耳に届けばその愚かな女は確保に動くということかしら?」

「っ……そういうことだ」

「アホらしい……家の場所はどこ? 焼き払ってやるわ」


 手の平に炎を出現させてルナは言った。

 流石にこの行為には店主もビビりまくって一歩退いたが、流石に手を出されていないためルナもすぐに炎を消した。

 結局、この街中に居ることを俺が気味悪くなってしまってすぐに出ることになったのだが、それでも飯は本当に美味しかった。


「飯、美味かったよ」

「……ふっ、そう言ってもらえるならありがたい限りだ。気を付けな兄ちゃん」

「あいよ」

「ふん」


 ちなみに、ルナは長の家の場所を聞いてからずっと燃やしたい衝動に駆られているらしく、そんな火照った彼女の肩を抱くようにして街の外まで向かうのだった。

 さて、辺りが暗くなってくるとどこに寝泊まりするかという話になるが、人間体になることに限界がルナにはあるので街中は無理なため、予め彼女が目を付けていた森の中に俺たちは飛んだ。


「……おぉ」


 そこはルナと会う約束を頻繁にしていた泉を彷彿とさせる場所であり、森の中という薄暗さはあるものの、泉に月明かりが反射してとても綺麗だった。

 ここで寝泊まりするのは確定みたいだが……すると、ルナが服を脱ぎ始めた。


「ルナ!?」

「何を驚いているの? 一日を疲れを癒す意味もあるし、体を洗うのは基本でしょうが。それに私たちはもう愛を誓い合ったのよ? 別に恥ずかしいことじゃないし、それにいつもドラゴン体の私を見ているでしょ?」

「それは……そうなんだけど」


 一切の恥ずかしがる様子もなく全裸になったルナは泉に入った。

 彼女の魔法によってここら一帯に魔物はおろか、一切の生物が居ないことは確認が取れているため、彼女のように無防備になったとしても問題はない。

 裸になった彼女が来てと手を向けてきたので、俺も勇気を振り絞るようにして裸になった。


「……あら♪」

「ルナ!」

「うふふ、ごめんなさい」


 一瞬、捕食者の目になりませんでしかたねルナさんや。

 一抹の不安を抱きつつ、泉に足を踏み入れたが全く冷たくなく、むしろ温かさを感じさせるほどで凄く気持ちが良い。


「水の温度を変えているわ。だから大丈夫、それに魔法で聖水と同じくらいに綺麗な水になっているのよ?」

「へぇ……そいつは凄いな」


 それから恥ずかしさと戦いつつ、俺は体を清め……そしてルナに押し倒された。

 驚きの声を上げる間もなく、泉の深い場所に落ちたらしかったが、俺とルナを包むように柔らかな膜が形成され、水の中なのに俺とルナは不思議な空間の中に居た。


「この時を待っていたの……あなたを愛したその時から、ずっとずっと私はあなたとこうしたかった」

「ルナ……」

「ドラゴン体でも出来るけれど、やっぱりこっちの方があなたも落ち着くでしょ?」

「……うぇ!?」


 その瞬間、ルナに深いキスをされた。

 貪るようなキスに全身が熱くなり、目の前の彼女しか見えなくなる……そして、俺はルナと深く繋がった。

 心だけでなく、体さえも。

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