旅は順調

(流れで愛の告白というか……まあしてしまったんだけど、これってどうなるんだろうなぁ?)


 カルサナンタを出てすぐのやり取りを思い出して俺は小さく息を吐く。

 再びルーナの背中に乗って空の旅を満喫中なのだが、件のルーナはというとさっきからずっと鼻歌を口ずさんで機嫌がとても良いらしい。

 そんな状態の彼女に口を挟もうとも思えず、落ちたら確実にぺちゃんこになってしまいそうな高度のはずなのに、彼女の鼻歌は眠気を誘ってくるほどだ。


“っと、そうだった。なあゼノ、一つ提案がある”

「なんだ?」

“私の名はルーナ、それは間違っていない……だが、ルナというのは私がゼノだけに許した名前だ。多くの者が呼ぶ名よりも、親しみを感じさせるゼノだけが呼んでくれる名をどうか、これからも私たちだけの時はそう呼んでくれないか?”

「……はは、そんな風に言われて呼ばないわけにはいかないか――ルナ」

“っ……あぁ。その呼び方が良い……私が許したゼノだけの特別♪”


 ルーナと呼び改めることにしたわけだけど、結局はルナに戻るのか。

 二人っきりの時限定ではあるけど、あくまで今まで通りに戻るのと何も変わらないって感じかな。


「なあルナ、喜んでくれているところ水を差すようで悪いんだが……これからどこに向かうんだ?」

“むっ? 確かにそうだな……こうして空の旅も悪くないが、ドラゴン体としてどこかに降りるのも悪くはなさそうだ”

「だな。街中でなければ大丈夫のはずだ」

“騒ぎにはなりそうだがまあ、私が居ればどうとでもなる”


 だな、このパートナーが傍に居れば万が一にもないだろう。

 ただ一つ言えるなら、こうして空の上から大地を見下ろすのも悪くはないので飽きることもないのだが、だからこそルーナ……じゃなくて、ルナとの話が捗る。


「ところでルナ、どうして人の時とドラゴンで話し方が違うんだ?」

“ドラゴンだから威厳があった方が良いだろう”

「……もしかしてそれだけ?」

“うむ。人間として市に潜り込んだ際に面白い書物を読んでな? それは誰も見たことがないドラゴンが人になれるという妄想を描いたものだったのだが、その書物の登場人物はドラゴン体と人間体で喋り方が違った。そのギャップがもしかしたらゼノにとって良いモノになるのではと思ったのだ”

「あ~、そういうこと」


 確かに凛々しい今の喋り方も悪くないし、凛々しさを残しつつ女性らしい言葉になるルナも悪くない……いや、むしろそのギャップが良いまである。

 可愛いなぁと背中を撫でるだけでルナは機嫌を良くし、それからまた鼻歌を再開して飛び続けた。


“ほう、どうやらここまで飛んできたようだな”

「……あ、あれって海か」


 俺たちの目の前に飛び込んできたのは海だった。

 実を言うと俺は今まで実際の海を見たことはなかったので、視界いっぱいに広がる青さが新鮮だった。

 きっと小さな子供のように瞳をキラキラさせてるんだろうなと思いつつ、そんな俺の様子に笑ったルナは翼を畳むようにして降下した。


「降りるのか?」

“うむ。降りたいのだろう?”


 そうだな……ちょっと海は気になるぞ。

 そもそも基本的に王都から出ない俺にとって、その王都から更に遠くに離れた場所に行かないと見れない海は本当に珍しいのだ。

 たぶんだけど海を一生見ることなく過ごす民も少なくはないと思うので、この機会に海というものを知らないと損だ。


「な、なんだ!?」


 ルナも俺のことを思ってすぐに降り立ったからか、五人ほどの人間が海岸に居たものの気にせずにルナは降り立った。

 ちょうどこの場所はドラゴニス王国の領土が途切れる寸前、流石に俺たちの今回の旅はこれ以上先には行けない。


「……海かぁ……遠くは底が見えないな」


 近くだとまだ海面の中は見えるが、少しばかり奥を見渡すと濁って見えなくなる。

 果たしてこの海の底にはどんな世界が広がっているのか、果たしてどんな生き物が住んでいるのか……非常に気になるが、それを考え始めたらもうダメだな。


“近くに魔物の反応はない。試しに舐めてみたらどうだ?”

「……分かった」


 海面に指を付けてペロッと舐めてみるとしょっぱさを感じた。

 普通の水や川の水とも違う海の水……なるほど、これが海水というやつなのか。


“やれやれ、知らないことを試そうとする姿はまるで小さな子供のようだな。これでは知らない場所に行った時にゼノから目が離せそうにない”

「こんな風に在れるのはルナが傍に居るからだぞ? それだけ安心してるんだ」


 この海には何かが居るかもしれない、それこそ巨大な何かが。

 それでも全然不安にならないのはルナが傍に居るからであり、下を向いていても俺を包む彼女の影が安心させてくれる。


「すっげえ……ドラゴンだぜドラゴン!」


 そこで俺とルナの時間を邪魔する声が響いた。

 まあ降り立つ瞬間に誰かが居るのは分かっていたし、王都から離れれば離れるほどドラゴンを見る機会はなくなるので、彼らの反応も仕方なかった。


「綺麗だな……凄く」

「……………」


 ルナの美しさに見惚れる彼らだったが、それだけならまだ良かった。

 肩に小さな狼を乗せた男がこんなことを口走ったのだ。


「な、なあそこのお前! 俺はモンスターをテイムすることが出来るんだ! 金ならいくらでも払うからそのドラゴンを俺に譲ってくれ!」


 こいつは一体何を言ってるんだと俺は呆れた。

 モンスターをテイムすることが出来る人間は別に珍しくはないのだが、こいつはただのテイマーがドラゴンを手懐けることが出来ると思っているのだろうか。

 まあでも、確かにドラゴンという存在はあまりにも強力だ。

 テイム出来るモンスターの質によって評価が大きく変わるテイマーにとって、ドラゴンに関わらず強力な存在をテイム出来るのは分かりやすい力だからな。


「見た感じ、テイマーじゃないんだろ? どうやってドラゴンを手懐けたのかは分からないけど、頼む! 金ならいくらでも――」


 パシッと手を合わせた男だったが、俺は特に何も答える気はなかった。

 金を払えばどうこうなる話でもないし、そもそもルナを自分を彩る力としか見れないこいつが気に入らなかった。

 男から離れた俺を迎えるようにルナは姿勢を低くした。


「ま、待てよお前! ガロン!!」


 ガロン、おそらくそれは奴の肩に乗る狼の名前だろうか。

 何かを命令したようだが、ガロンと呼ばれた狼は微動だにしない……それもそのはずで、どんな生き物であれルナに歯向かうような馬鹿はいない。


「どうしたガロン! なんで動かねえんだ!」


 手を出せば痛いしっぺ返しを食らう、それを本能で理解しているようだ。


「ちょっとやめなさいよ……」

「そうだぜ。いい加減に――」

「うるせえ! ドラゴンを従えれば最強の仲間入り……逃す手は――」


 背中に乗った俺を確認し、ルナは小さく唸り声を上げた。

 その瞬間に吹き荒れたのはルナの放つ威圧感で、テイマーの男はそれが何であるかを気付く前に直接ルナの殺気を充てられたことで気絶した。

 倒れた男を気にするでもなく、俺はまたルナと一緒に飛び上がった。


“気絶させるだけか……私も成長したものだ”

「あはは、まあでもちょっとムカつく言い方だったな」

“あれで少しでもゼノを悪く言ったら肉片も残っていなかっただろうがな”


 冗談か本気か……おそらくは本気だろう。

 彼女の言葉に苦笑し、それからまた空の旅を再開し……そして夜になった。

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