さあ旅行だ

「ふ~ん、それでドラゴンの女王様とお出掛けが出来るのね」

「まあな。その……王様にはちょっと大変な思いをさせた気がするけど」


 週末となれば彼女との時間だ。

 今日も俺はまた例の泉でルナと合流し、二人で肩を寄せ合うように大木に背中を預けてのんびりとしていた。


「……なあルナ」

「何かしら?」


 良い機会だしと、俺は彼女に視線を向けた。

 ジッと見返してくる赤い瞳はいつ見ても綺麗で吸い込まれそうな……ルナの放つ雰囲気に惹きこまれそうになるのをグッと堪え、俺はこう聞いた。


「ルナは……どういった存在なんだ?」


 今までこの問いは何度かしたことがある。

 その上で俺は彼女に聞いたのだ――ルナはジッと俺を見つめたまま、目を細めてクスッと笑った。


「そんなに私のことを知りたいんだ?」

「っ……」


 頬に手を添えて彼女は顔を寄せてきた。

 それこそ少しでも近づけば顔と顔が当たってもおかしくないほどの距離、しばらくそのまま見つめ合っているとルナはニコッと微笑んで口を開いた。


「別に色々と教えても良いんだけど、それはたぶん近いうちに教えることになりそうというか……きっと必然的に知られるだろうしその時にしましょう」

「その時……分かった」


 ルナがそう言ってくれるならその時を楽しみにしておこう。

 もしもだけど、彼女が別に答えたくないと言ったら俺はその時点で聞くつもりはなかったので、仮に答えてくれる時が来なくて構わないんだけどな。


「……ねえ、こうして見つめ合ってるとドキドキする?」


 少しだけ頬を赤く染めてルナに言われ、俺は分かりやすく視線を逸らしそうになったが変わらず彼女の手が頬に添えられているのでそれも叶わず、つまり彼女と同じように俺も頬が赤くなったのを見られているわけだ。


「そりゃあ……ね。女性とこんな風に近いことはないからさ」

「そう。まあ確かに恥ずかしくはあるけれど、私からすれば日常茶飯事なのよね」

「……え?」

「……あ、違うのよ!? そういう意味じゃないの! 変な誤解をしたらダメよ!」

「あ、はい……」


 がくんがくんと肩を思いの外強く揺らされて少し気持ち悪くなったものの、彼女の鬼気迫る表情に全然何も気にしていないから身振り手振りを合わせて伝えた。

 さて、そんな風にしていたからか思いっきり体重を乗せた彼女に体を押され、俺はそのまま背中から芝生の上へと寝転がる。


「おっと……」


 そうなると必然的に彼女を受け止める形になった。

 お腹の上に乗る彼女は目元をパチパチとした後、何を思ったのかそのまま体を重ねるようにして引っ付いてくるのだった。


「ルナ?」

「……こういう陽気な日はのんびりするのが一番、というか私眠くなったわ」


 こんな状態なのにルナは大きな欠伸をしながらそう言う。

 一人ドキドキしているのが馬鹿に思えるくらいの大きな欠伸だったが、俺もそれに誘われるように眠気がやってくる。


「ねえゼノ、ドラゴンの女王様とどこに向かうのか決めてるの?」

「え? ……あ~そうだな」


 実を言えば俺もルーナも何も決めてはいない。

 彼女の気の向くところ、飛びたい場所に向かうのが現時点での目的地にはなりそうだけど、ルーナと共にならどこだって楽しく過ごせそうだというのがある。


「流石に他国の領土に入るわけにはいかないけど……王都からそれなりに離れることにはなるかな。自由にできる時間は二日ももらったし、この機会に彼女と行ける場所はとことん回りたい」

「そう。楽しんでね?」

「あぁ……でもいつか、ルナも一緒に行けたら良いな」

「……ふふっ、そうね♪」


 それからしばらくしてルナは眠りに就き、俺は上に乗ったままの彼女に苦笑しながらゆっくりと目を閉じるのだった。


▼▽


 ルナと会った日から二日が経ち、俺は朝早くから城の中庭に訪れていた。

 傍にはルンルンな様子で鼻歌を口ずさむルーナと、見送ると言ってリヒター様とマリアンナ様が顔を出していた。


「ゼノ調竜師、くれぐれもルーナ殿の手綱を握ってくれたまえ」

“リヒター、まるで私が遠足に向かう前の子供みたいな言い方だな?”

「あら、そうではありませんか? ワクワクしている可愛らしいルーナ様はそうとしか見えませんが」

“……ハッキリ言うではないかマリアンナ”


 彼女たちのやり取りに苦笑した後、俺は改めてリヒター様たちに向き直った。


「今回は本当にありがとうございます。ルーナからの提案ではあったと思うんですけど事の発端は俺でしたし……俺としても、彼女とこうしてこの空を飛んで出掛けることが出来るのは嬉しいです」

「うむ。しっかりと楽しんでくるが良い」

「土産話、期待していますからね?」


 土産話……そんな物が出来るかはともかく、分かりましたと頷いた。

 それから俺はルーナの背に乗り、ルーナが行くぞと言ってすぐに翼をはためかせて飛び上がった。


「……おぉ」


 地面が離れていく感覚はあの時以来だ。

 段々と小さくなっていくリヒター様たちに手を振り、いざスピードを出して飛ぶかといったところで俺の周りに膜のようなものが形成された。


“空の上は空気が冷たいからな。それはゼノの体の体温を一定に保つ魔法だ”

「へぇ、こんな魔法もあるんだな」


 大規模な魔法もこのような些細な魔法も、なんでも使えるルーナはやはりドラゴンの中でも特別なんだろう。

 冷たい風が当たることの一切ない感覚の中で、ついにルーナは王都から離れるように速度に乗った。


“さて、どこに行こうかゼノ”

「う~ん、ルナにも言ったけどどことは決めてないんだよな」

“ふむ……ならば適当に飛び回りながら決めるとしようか”

「だな。頼むよルーナ……?」


 それは意識したわけではなかったが、荒野のど真ん中に多数の馬車を見つけた。

 おそらくは他国から王都に向かう商人の一団だと思われるのだが、何やら立ち往生している様子が目に留まった。


“ふむ、どうやら盗賊に襲われているようだな”

「盗賊が?」

“王都から離れたこの場所にドラゴンの目は届きにくいとはいえ、ドラゴニスの領土で賊とは中々に度胸のある連中だ”

「……ルーナ」

“分かっている。これから私とゼノは楽しいデート旅行なのだ。あのようなもので心乱されてはかなわん”


 翼を折りたたみ、ルーナは一気に急降下した。

 そして、小さなものではあったが灼熱の息吹を盗賊に向かって放った。

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