断罪の炎

「いや、いやああああああっ!」

「うるせえ女だぜ。こいつから犯しちまうか」

「おいおい、俺たちは積み荷をパクリに来たってのに何してんだ」

「こいつの大事なもんもパクってやるんだよ。どうせ、男共は殺して女共は奴隷として売り捌くんだ。ロクな未来は待っちゃいねえし、今くらいは良い思いをさせてやろうって俺様の優しさだよ」

「ったく……ま、そいつも悪くねえか」


 それは商人の一団にとって不幸の一言だった。

 彼らはドラゴニスだけでなく、他国にも足を延ばす商人集団で、これから他国の郷土品を手にドラゴニスの王都に向かう最中だったのだ。

 彼らにはそれぞれ愛する家族が居るのだが、中には商人同士で出会い仲を深めた恋人の姿も複数あった。


「……くそっ……くそっ!」


 そんな中で、薄汚い盗賊に腕を掴まれ馬車から引きずり出された女性は悔しさを顔に滲ませていた。

 商人である以上は盗賊の襲撃などに備え、万全の体制を取っていたにも関わらずそれは意味を為さなかった……裏切者が居たせいだ。


「ロザリー! くっ! 彼女を離せお前らああああああ!!」

「あん? 一丁前にやるってかこのクソガキがよ」

「アラン!!」


 ロザリーと呼ばれた女性を助けようと、一人の男性が駆け出す。

 彼はロザリーにとってかなり年下にはなるが最近出来た恋人であり、男勝りなロザリーにとって初めて甘酸っぱい恋を教えてくれた青年だった。


「そいつはとっとと殺してくれよ。その間にこっちはロザリーと楽しむからよ」

「おいおい最初は俺がやるつもりだったんだが……まあ良いか、雇い主だしおこぼれは期待してるぜ?」


 信じていたはずだった商人仲間がロザリーの服に手をかける。

 それを見てアランは助けようとするが、彼を囲むのはそれなりに実力を持った盗賊たちで……他の仲間たちも自分の身を守ることに必死だった。


(なんでこんな……こんなの嫌よ……嫌よ絶対に!!)


 こんな終わり方があっていいものか、こんなことで大切な恋人を失っていいものかとロザリーは自身の体が汚れるのも構わずに暴れ出す。


(助けて……助けて……っ)


 彼女は願った。

 自身が育ったドラゴニスの守り神でもあるドラゴンに……そして、その願いは届いた。


「な、なんだ?」


 それは裏切り者の困惑した声から始まった。

 まだ朝の早い時間のはずなのに、まるで夕焼け空になったかのように辺りが真っ赤になっていた。


「……なに?」


 ロザリーも、アランさえも……そして盗賊たちも手を止めて空を見た。


「あ……あぁ……っ!」


 そうして、この空の異変の原因を彼らは見た。

 それはまるで流星だった――降り注ぐ赤いそれは物凄いスピードで彼らの元に降り注ぎ、的確に盗賊たちのみに落下する。


「あ――」

「なん――」


 これは何だと、声を出すもなく彼らは赤い何かに包まれた。

 ロザリーはそれが燃え滾る炎だと分かったものの、内側に居る彼らを焼き尽くす高温のはずなのに、何故か傍に居るロザリーは熱さを感じなかった。


「に、逃げ――」


 炎に包まれ、悲鳴を上げるまでもなくその存在を抹消されていく彼らを尻目に裏切者が逃げようとしたが、彼にも炎が迫った。


「くそっ、こうなったら!!」

「きゃっ!?」


 裏切者はロザリーの体を盾にするようにした。

 そうなると必然的に炎の塊はロザリーにも降り注ぐことになる……しかし、ロザリーは灼熱の熱さを感じなかった。


「ぎゃ――」

「……え?」


 同じ炎の中に包まれている、だというのにロザリーは全くの無傷で背後に隠れた裏切者だけが消失した。

 骨も残らず、肉片すらも、髪の毛一本も残らなかった裏切者……ロザリーは呆然としながら小さく呟く。


「温かい……」

「ロザリー!」


 自らを包み込む炎は温かく、まるで優しく寄り添う炎の衣だった。

 殺されかけていたアランの傍に居た盗賊たちも軒並み炎によって消滅したが、彼はいの一番に炎に包まれたままのロザリーへと手を伸ばす――その瞬間、炎は消えて二人を阻むものはなくなった。


「アラン!」


 抱き合う二人の傍に、他の商人たちも集まった。

 一体何が起きたのか、誰かが助けてくれたのか、そう思っていた彼らの元にソレは舞い降りた。

 一陣の風と一体化するように舞い降りたのは白銀のドラゴンだった。

 国の守り神と言われるドラゴン、しかしながらまるで本物の神だと思ってしまうほどの神聖さを感じさせるドラゴンに彼らは唖然とする。


「……よし、どうにか犠牲者とかは居ないみたいだな」

“……………”

「あぁ。ありがとうルーナ――えっと、一応さっきの盗賊以外の怪しい連中はこの付近には居ないようです。このまま王都に向かってください」


 ドラゴンの背に乗っていた一人の男性の言葉は良く響いた。


「……本当に無事で良かった」


 それだけ言って、ドラゴンは再び羽を広げて大空へと飛び立つ。

 そして次の瞬間、大きな歓声が彼らの間で沸き起こるのだった。


▽▼


「……なんか、疑似的にとはいえ騎士になった感覚だったな」

“彼らからすれば救世主だろう正に”

「ま、ルーナが居たからこそだ。流石俺のパートナー!」

“そうだろう? もっと褒めてくれてもいいんだぞ~?”


 襲われていた商人の集団を何とか助けることが出来た後、俺とルーナは最高の気分のままに空の旅を楽しんでいた。

 ルーナの広域察知魔法のおかげもあり、王都に続くルート上とその近くに悪意のある存在を居ないことが確認できたため、ルーナの代わりに俺が彼らに王都に向かって大丈夫だと伝えたわけだ。


「ドラゴンか……やっぱりかっこいいな。俺が彼らの立場だったら完全にルーナに惚れてるって」

“ふむ、相手がゼノならそれも構わんが……私としては強さに惚れられるよりも愛らしい部分であったり、女としての部分で惚れてもらいたいものだが”

「なら大丈夫だろ。ルーナはいつだって可愛いから」

“……好き”


 ……その消え入りそうな一言、かなりドキッとしたぞ。

 それから俺たちは当然のようにしばらく無言だったのだが、まず最初に立ち寄る場所として選んだ都市が見えてきた。


「……あれが」

“貿易都市カルサナンタだ”


 貿易都市ということで多くのモノが集まる場所、俺としても行ったことはなかったのでルーナから提案されてすぐに頷いたのだ。

 まだ遠くだがルーナの速度ならすぐに着くだろうけど……本当に大きい。


「なあルーナ、でも本当にどうするんだ?」

“中に入る方法か?”

「あぁ」

“任せろ。ちゃんと考えてある”

「……なら良いんだけど」


 流石に外に彼女を置いて俺だけ都市に入るようなことはしたくない。

 彼女には秘策があるとのことで一先ず安心したが、それがまさか俺の顎が外れてしまうほどに驚くことになるとは思わなかった。

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