二匹のドラゴン

「……ふぅ」

「どうしたんだ?」


 ドラゴンの世界から一旦城に戻り、休憩スペースでゆっくりしていた時だった。

 俺と同じように休憩のためにやってきたリトがそう聞いてきたので、俺は何でもないと手を振った。


「何でもないにしては悩んでるだろ。顔を見れば分かるぞ?」

「……そっか。そうだよなぁ」


 やっぱり分かるらしい。

 それならと俺はリトを隣に座らせて事情を説明するのだが、なんてことはないただ女王様が気分を損ねているだけだ。


「来週さ、王立学園に向かうことになったんだよ」

「あ~あれか」

「そうそうあれよあれ。それでドラゴンの女王であるルーナを連れて行くわけにはいかないだろ? それでさ……」

「察し」

「理解が早くて助かる」


 俺は来週に王立学園に一日だけ向かうのだが、それは休日ではないためルーナにも予め話を通しておく必要があるわけだ。

 リーダーから話を聞いてからルーナに伝えたのだけど、一気に彼女の機嫌が急降下した……まあ、何故だか戻った瞬間に機嫌が悪かったけどさ。


「神殿エリアに近づけないからあまりゼノと女王様の絡みは見てないけど、本当にお前って気に入られてるよな」

「まあな。自分で言うのもなんだけどかなり好かれてるよ」

「女王様って言うくらいだから雌なんだし、気に入った男が離れるのは嫌なんだろ」

「……………」

「ちなみにどのドラゴンが一緒なんだ?」

「一匹と思ったけど二匹だ。レーナとキーア」

「へぇ」


 ルーナが付いてこれない以上、代わりとなるドラゴンが必要になるのだが、既にそちらの方も教えられた。

 レーナとキーアは共に雌のドラゴンで、俺がルーナの世話係になる前に担当していたドラゴンたちだ……そう、やんちゃで世話が大変だったと口にしたあのドラゴンたちである。


「大変だったけど、久しぶりに会ってみたくはあるんだよな」

「基本的に女王様の元から離れないもんなぁ。つうか、レーナとキーアを今担当している奴は毎日大変そうだぜ?」

「そうなのか?」

「あぁ。ゼノが世話をしていた頃より言うことを聞かないことも多いしな。けどあの二匹の担当は給金が良いからって理由で頑張ってるようだ」

「なるほどな」


 ルーナほどではないが、レーナとキーアも強力なドラゴンだ。

 レーナとキーアは二匹とも漆黒の鱗を持つドラゴンで、夜のような暗い場所で見た時に一瞬姿を見失うほどには真っ黒だ。

 体格はルーナとそこまで変わらないが、そんな二匹も以前にルーナを前にした時は犬みたいに腹を空に向けてへこへこしてたけど。


「ま、どうにかしてルーナのご機嫌は取るよ。それじゃあ俺は戻るよ」

「あいよ。頑張れよ~」


 呑気に手を振ってくれやがる……まあでも、ルーナのご機嫌取りも俺の役目だ。

 俺はすぐにドラゴンの世界に戻り神殿エリアに向かった。


「ただいまルーナ」

“……………”


 むすっとした様子で俺を見つめる彼女に苦笑する。

 ジッと見つめてくるだけで何もしない彼女に近づき、トントンとその顔を撫でながら言葉を続ける。


「こればっかりはどうしようもないんだよ。俺だって少しとはいえルーナから離れるのは寂しいんだぞ?」

“……そうなのか?”

「おうよ。つうか疑問に思わないでくれって。普段からルーナのことを大好きだって言ってるの嘘とか思われてる?」

“その聞き方は卑怯だぞゼノ”


 そう言ってルーナは俺を抱き寄せた。

 そのまま頬を擦り付けたかとも思えば、ペロペロといつものように舐めてくる。


「ま、たった半日だからすぐだよ。待っててくれ」

“分かった。我慢する”


 良い子だなと、俺は頭を撫でた。

 俺よりも体格が大きいとはいえ、こうやって接していると小さな子供をあやしているような感覚に陥る。


「にしてもレーナとキーアか……ちょい不安だな」

“どうしてだ?”

「いや、ルーナの前に世話をしていたとはいえ……結構大変な目に遭ったことも多かったからどうなるかってな」

“それならば心配するな”

「え?」


 ルーナが空を見て鳴いた。

 すると遠くからバサバサと羽ばたく音が聞こえたかと思えば、それはすぐに目の前に降り立った。


「レーナに……キーア?」


 降り立ったのは漆黒の二体のドラゴンだ。

 彼女たちこそ俺が世話をしていたドラゴンたちで、何度も何度も遊びなのかふざけていたのか分からないが困らせてきたお転婆娘たちである。


“レーナ、キーアも”


 ルーナが名前を呼ぶと、二体は直立不動になって背を真っ直ぐにした。

 どこかルーナのことを怖がっているような……いや、これは完全に怖がっているなと俺は見つめていた。


“お前たちも知っているだろう。来週、ゼノに付いて外に出ることを。良いか、くれぐれもゼノに迷惑をかけるな。私とゼノは繋がっている――そしてお前たちとも繋がっている”


 ルーナは一度言葉を止め、そしてこう言った。


“もしもゼノに迷惑を掛けたら――”

「はいはいそこまでだルーナ」

“……ゼノぉ”


 顎の下を撫でてやるとルーナは黙った。

 人間だったら汗をダラダラに流しているだろうレーナとキーアを見ると、彼女たちドラゴンは人間と同じで感情表現豊かだと思う。


「久しいなレーナにキーア、まあ来週頼むわ」

“……頼むぞ。何かあったら許さん”


 俺の言葉に嬉しそうにした二匹だったけど、次いで聞こえたルーナの言葉には何度も凄い勢いで頷く。


「ルーナが怖がらせるからだぞ?」

“このニブチン共が怖がるものか”

「……散々な言いようだな」


 こうして、俺はルーナが傍に居る中でかつてのお世話対象と再会した。

 確かに数ヶ月ほど離れていただけなのに、どこか落ち着きを手に入れたような気がしないでもない……ま、ルーナの前だからだろうけど。


「……ふむ」


 しかし……俺は以前にこの二匹のドラゴンを怖がっていたことがある。

 その理由はなんといってもルーナよりも鋭いその牙……どんなものでも嚙み砕く力を秘めた漆黒のドラゴンたち。


(ま、そんな怖さもすぐになくなったけど)


 それだけ、レーナとキーアの世話が大変で怖さなんかすぐに吹き飛んだんだが。

 さてさて、本当に何もないことを祈るけど……こう考えた時に限って何かあるんだよなぁ。

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