憧れはスローライフ
「……ふぅ」
昨日は色々なことがあったなと、俺は思い返していた。
リトと一緒に城を出た後、その帰路で俺たちは正体不明の男女に襲われてしまったが、何故か彼らは何もせずに行ってしまった。
何が起きているのか分からない中、どうしてこの場にルナが居るのかも分からずに混乱の極みだったけど、宿まで彼女と一緒に向かった。
『散歩というのは間違ってないのよ? でも本当に良いタイミングだったと思うわ』
良いタイミング……なのか?
そのことに関して疑問は思いつつも、また会いましょうと彼女が告げてからすぐに姿を消したのだ。
まるで夢から覚めてしまったかのように彼女の姿が消えたので、俺はどこか本当に彼女は実在していないのではと不安になったほどだ。
「小国イザストリア……か」
そして今日、ルーナの世話をするためにドラゴンの世界に繋がる扉を潜ろうとしたところでリヒター様が声を掛けてきたのだ。
それで件の二人がイザストリアの人間であり、調竜師を通じてドラゴンに近づき、隷属の首輪というアイテムで操ろうとしたとのことだ。
『隷属の首輪ごときでドラゴンを操れるわけがないのだが……それでも、我が国だけでなくドラゴンたちに対する宣戦布告のようなものだろう。既に報復のようなことはしてしまったが、それでもイザストリアをこのままにはしておかぬ』
報復とは何なのか、その部分が気になったものの俺が知れたのはそこまでだ。
その後、リトにも似たような話がされたとのことで、俺とリトにとっては昨日の出来事は悪い夢だったと思った方が良さそうだ。
「……はぁ」
“ゼノ、どうしてため息を吐いているのだ?”
心配してくれているのかルーナがペロッと頬を舐めてきた。
俺が気にしていることはあまりにも仕方のないことというか、現状では特に確かめようのないことなので大丈夫だと伝えておく。
しかし、それでもルーナは俺の言葉を待ち続けていた。
「……はは、そうか。隠してもルーナには筒抜けだもんな」
“うむ。隠しても無駄だ……だから話して”
「時々その女の子っぽく喋るのギャップが凄いからやめろって可愛いな!」
よしよしと俺は思いっきり彼女の顔を撫でた。
物凄く今更なことだが、ドラゴンの大きさはそれぞれ異なっており、人間程度の大きさも居れば巨大な飛行船のように大きさと様々で、ルーナの大きさは……なんて説明すれば良いんだろうな。
彼女の背に人間の俺が乗るとちょうど良い大きさ……まあそんな感じか。
「……ルナのことなんだ」
“……ほう?”
「ルーナも知っての通り、昨日王都に賊が入って俺と友人のリトが襲われた。幸いに怪我はなかったから良かったけど……そこでまさかのルナが現れたんだ」
“……ふむ”
「俺を宿に送り届けた後、彼女はスッと居なくなってしまって……まるでそこに存在しないかのように彼女は消えたんだ」
“……………”
「俺は今までずっとルーナにルナのことを話していたけど、あんな風に唐突に消えてしまうのも見ると……全部俺の妄想なんじゃないかって不安になった」
もちろん妄想なんかじゃない、リトだってルナのことを見ているし今まで彼女と過ごした日々が嘘でないことなんてちゃんと分かっている。
それでも少しだけ不安になってしまったんだよ。
「ま、そうは言ったけど別に妄想でないことは確かだ。こんなことで不安になってたら、いつも会っている彼女に悪いからな」
“……むぅ……むむむっ”
「ルーナ?」
“な、何でもないぞ!”
忙しなく尻尾を動かす彼女に首を傾げていたが、やっぱり威厳ある彼女がどうしてか分からないまでもこんな風に慌てている姿は可愛いものだ。
「なんだぁ? 何か隠しているなさては……」
“ぎくっ……”
「ぎくって言っちまってんじゃんか」
やはりこういった抜けている部分も愛らしい。
ドラゴンの女王たるルーナのことなので秘密なんてものはいくらでもあると元から俺は理解しているので、何かを隠していたところで聞き出そうとも思わない。
「まあいいや、取り敢えずまた体を洗わせてもらうぞ~」
“うむ! 頼むぞ”
そして今日もまたブラシを手にルーナの体を洗わせてもらう。
ルーナの白銀の鱗は全く汚れていないし、何ならこんなことをする必要はないんじゃないかと思うのだけど、ルーナからすれば凄く気持ちが良いとのことで俺もこれは進んでやっている。
「気持ち良いか?」
“最高だ……ぅん……気持ち良いよゼノ”
……時々あるんだけど、その悩まし気な声はやめてくれな?
相手が厳ついドラゴンだって分かってるのにちょっとアレじゃね? エッチじゃねとか思っちゃうから本当にやめてくれな?
「……何はともあれ、こうやってルーナの体を洗うのもそうだけど……世話をしながらのスローライフってのが憧れるな」
“スローライフか……私も良いと思うなそれは”
「だろ? これから先長いわけだし、刺激はある程度必要かもしれないけどさ。あまり代わり映えすることなく生きていければ満足なわけよ」
“私の傍に居れば大丈夫だ。外から如何なる干渉があろうとも、私が全て跳ねのけるだけだからな”
「頼りになりますなぁ」
“頼りにするのだぞ~”
そんな風にルーナとお喋りをしながら時間を過ごし、帰る頃になって俺は城で呼び止められた。
「ちょうど良かった。ゼノ調竜師」
声を掛けてきたのは調竜師を纏めているリーダーだ。
こうして声を掛けられることはそんなにないので少し身構えてしまう。
「君も知っているだろう。定期的に調竜師が王立学園に向かってドラゴンとの過ごし方を学生に説明するのだが……」
「……もしかして俺ですか?」
「うむ。今回は君になった」
「……はぁ」
そういえばそんなことがあったなと、俺は詳しく説明を聞くのだった。
まあ特に難しいことはなく、未来で国を担うことになるであろう学生たちの前でこの国の象徴であるドラゴンとどのように接しているか、それを見せるだけの簡単なお仕事だ。
「でも俺のパートナーはルーナなんですけど……」
「その日は別のドラゴンを連れて行くことになっている。君にとっても懐かしい顔だから安心は出来るはずだ」
流石にドラゴンの女王を連れて行くわけにはいかないもんな。
分かりましたと頷いたその時、何故か目の前でリーダーがブルっと体を震わせた。
「どうしました?」
「いや、なにか急に寒気がしたものでな」
「??」
風邪だと大変だから気を付けてくださいと伝えておく。
さてと、来週の話だが何も起こらないことを今から祈っておくことにしよう。
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