学園へGO

「あ、リーダーも来るんすね」

「うむ。とはいっても何か問題が起きた時に出張るくらいだがな」


 王立学園に向かう当日のこと、まさかのリーダーが付いてくることに俺は驚いていた。

 まあ誰か引率が居るだろうことは分かっていたし、学園から呼ばれた身だし何かあっては困るからだろう……果たして、この面子を前に何かあるとは思えないが。


「レーナにキーアも緊張してるのか?」

“……ッ”

“……!!”


 今日のパートナーとも言える二匹のドラゴンたちなんだが、どうも今日会ってからガチガチに緊張している様子だ。

 基本的にこの子たちは緊張なんて無縁のはず、しかしながらこの様子の原因には心当たりがある。


「……ルーナか」


 その名前を出すと彼女たちは更に体を固くした。

 やっぱりあの脅しはかなり効いているらしく、ドラゴンの女王だからこそ部下でもあり家族でもあるレーナとキーアにプレッシャーを与えているんだろう。


「……どうしたのだ?」


 事の真相を知らないリーダーからすれば彼女たちの様子は不可解だろう。

 俺はリーダーに色々あったんですと伝え、二匹の傍に近づいてその頬に手を当てて撫で始めた。

 しばらくそうしていると段々と緊張は解れてきたようで、やんちゃでありながら甘えん坊だった方のキーアが頬をそのまま擦り付けてきた。


「よしよし、良い子だ良い子だ」


 夜よりも暗い漆黒のドラゴンの二匹、その体表の色からドラゴンの中でも怖いと言われているけれど、俺からすれば可愛いものだ。

 でも……なんでこうやってキーアを可愛がっていると背中にツンツンとした視線のようなものを感じるんだろうか。


「……?」


 後ろを振り向いてもリーダーの姿しか見えないが、視線を戻すとレーナとキーアが重なるようにしてその大きな体を丸めるように何かから俺を壁にしていた。

 プルプルと怖がる姿に俺はもしかしてどっかからルーナが見ているんじゃないかと思ったけど、やはりそのようなことはあり得ない。


「ゼノ調竜師、そろそろ代表と会う時間だ」

「分かりました」


 とはいえ、今日のお勤めの時間だ。

 既に俺たちは王立学園に着いているのだが、学園側で色々と生徒たちへの伝達事項があるため時間が掛かっているらしい。

 それからしばらく待っていると、代表が挨拶に来たとのことで俺はリーダーに二匹を任せてそちらに向かった。


(……代表か。どんな生徒なんだろう)


 一つ分かることと言えば大貴族であることだけ、願わくば面倒を寄こさない生徒であることを祈るだけだ。

 しかし……そんな心配は意外にも杞憂だった。


「初めまして! 今期の生徒代表を務めていますミカエルと申します!」

「お、おう……初めまして。調竜師のゼノです……よろしく」


 何だろう、この圧倒的なまでの明るさは……。

 知り合いだとリトを彷彿とさせるようなイケメンだったのだが、このドラゴニスでもかなりの地位に居座る大貴族の坊ちゃんだ。

 相手が貴族となるとあまり良い出会いは今までなかったものの、目の前の彼からは純粋なまでの友好的な視線を向けられていた。


「前回はこのような機会はありませんでしたが、今回やっとドラゴンと触れ合える機会をいただけたこと、本当に嬉しく思います!」

「そ、そうなんだ……ですか」

「あ、敬語なんて要りませんよ? ゼノさんの方が年上ですよね? 俺のことはどうかミカエルと呼んでください!」


 そう言われたので、俺は分かったと頷いて呼び捨てで呼ぶことにした。

 俺と出会ってから妙にテンションの高いミカエル、彼はずっと興奮した様子だったがすぐに我に返るようにして落ち着いた。


「す、すみません……ちょっと興奮してしまって」

「そんなにドラゴンが好きなのか?」

「はい! なんていうか、凄くかっこいいじゃないですか!」

「……おぉ」


 おっと、これはまさかの展開だぞ。


「家族は俺に騎士になれと言います。でも……俺は出来れば調竜師になりたいと思ってるんですよね。貴族の子息が調竜師などふざけるな、そう言って父には何度も怒られましたけど……俺、調竜師に憧れがあるんですよ」

「そうだったのか」


 貴族の中でも稀に調竜師になりたいと望む人が居るのは知っていたが、それをまさかミカエルほどの貴族の坊ちゃんが口にするとは思わなかった。


「……俺は騎士としての適性は高く、魔法も強力なモノを使えます。それでも戦いはあまり好きじゃなくて……それなら大好きなドラゴンたちと過ごせる調竜師の方が良いなって思うんですよ。結局騎士になることは変わらないでしょうけど、それでもドラゴンと接する機会があるなら良いかなと諦めてますが」


 諦めたように笑ったミカエルだが、俺としてはドラゴンをかっこいいと言った彼には親近感のようなものを抱いた。

 今日一日よろしく頼むと伝えると、彼は爽やかな笑顔で頷いてくれた。


「よし、俺も行くとするか」


 特に難しいことをするわけじゃない。

 普段からどんな風にドラゴンたちと過ごしているか、ドラゴンたちとはどのような存在か、それを調竜師の目線で語るだけの簡単なお仕事……だと良いなぁ。


▽▼


「なあなあ、どんな奴が来ると思う?」

「さあな。でも親父が言ってたけど、調竜師って結局はドラゴンの世話をするだけの人間なんだろ? それしか取り柄がねえってさ」

「違いない。なんでそんな奴の話を聞かないといけねえんだって話だ」


 それはこれからゼノの話を聞こうとする生徒たちの会話だった。

 ミカエルは今この場には居ないため、彼らを窘めようとする存在はそこまで居ないのだが、しっかりと教育が行き届いているのか調竜師を馬鹿にする彼らに厳しい目を向ける生徒も少なくはない。


「ちょっと、そういうのやめなさいよ」

「そうよ。お父さまが言っていたわ――調竜師は人とドラゴンを繋ぐ存在、馬鹿に出来るものではないって」

「そうだよ。僕も色々聞いてるんだ。調竜師さんたちの大切さを」


 そう言われても馬鹿にする彼らの考えは何も変わらない。


「うるせえよ。まあサボるつもりはねえし……くくっ、俺に逆らったら潰すとでも言ってドラゴンに乗せてもらおうか」

「良いねぇ! そうしようぜ!」


 まああれだ、彼らもイキりたい年頃なのだ。

 しかし、彼らは戦慄する――調竜師とドラゴンの間で培われた絆に、そしてドラゴンの持つ本質の恐ろしさに。


「お、来たか」


 イキがっていた彼らだけでなく、他の面々も無用に声を発せられなかった。

 広場の中央に待っていたのはゼノだけでなく、当然のように彼の傍に二匹の黒いドラゴンが控えている。

 ドラゴンたちはゼノに可愛がってもらえるのが嬉しそうに尻尾をフリフリと動かしているが、彼らは本能で感じたのだ――そのドラゴンたちが放つ威圧感に。


「……っ」


 誰かが息を呑んだ。

 そしてこう思う――何故、そんな恐ろしさを感じさせるドラゴンに簡単に触れることが出来るのかと……ある意味で、ゼノ自身にも不思議と怖さを抱いたのだ。


「おおおおおおおっ!! 漆黒の鱗を持ったドラゴン! かっこいいい!!」


 ただ一人、ミカエルだけはテンション爆上がりだったが。

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