謎の二人組

“膝枕か……気持ち良かったのか?”

「最高だった」


 いつもと同じようにルーナとの時間だ。

 今日もまた最初に話すことはルナとのことで、どんなことをしたかを赤裸々に語ってしまった……まあ恥ずかしい内容まで話すつもりはなかったのだが、基本的にルーナに隠し事をしたところで見透かされることも多いので隠すだけ無駄だ。


「なんで女性の体って柔らかいのかな……」

“その発言は少し危ないのではないか?”

「そりゃそうだろうけど、こんなことは心から信頼しているルーナの前くらいじゃないとしないよ」

“……嬉しいことのはずなのに内容のせいで素直に喜べないが”


 ルーナはそう言ったが、フリフリと尻尾が動いているのでやっぱり彼女はルナとの話を楽しく聞いてくれている。

 俺としても確かにこの言い方はどうかと思ったが、こんなことはリトたち仲の良い同僚ともすることはない……いや、ルーナも女性だからどうかなとは思うけどね。


「……なあルーナ」

“どうした?”

「こうしてルーナの世話をしていると、本当に凄い場所に来ちゃったなって感覚なんだよな。調竜師になるために勉強したのはもちろんだけど、ルーナの世話をすることになった時もその時以上に勉強したし」

“言っていたな。それだけ、私のことを気にしてくれたのだな”


 そりゃ気にするだろうと俺は苦笑した。

 ドラゴンの女王であるルーナの不興を買った瞬間、もしかしたら俺の命だけでなくドラゴニスという国そのものがひっくり返るような事態になるかもしれないと、それを想像したら頑張らないわけにはいかない。


「おかげで今はもう、他の調竜師よりドラゴンに詳しいような気がするよ。でもそんな時間があったからこそ、今まで以上にドラゴンのことを好きになったんだ」

“私のことは?”

「大好きになった。以前に言っただろ? 結婚してくれってさ。あれ、割と冗談抜きでルーナみたいな女性が傍に居たらと思うと自然に出てくる言葉だぞ」

“……そ、そうかにゃ?”


 白銀の厳ついドラゴンがそっぽを向いた。

 分かりやすく頬は赤くなっているように見えるし、ルーナの視線はありとあらゆる場所に忙しなく動いていて……尻尾と翼はブンブンと凄まじい速さで動いている。


「ま、少なくとも俺は調竜師以外の仕事に就くことはないだろうし。俺が自分からルーナの元を離れることはないだろうさ」

“なら……ならば私がずっと傍に居てほしいと言ったらゼノは居てくれるのか?”

「おうよ。一生世話係をさせてもらうさ」

“……その言葉、忘れんぞ?”


 そう言ってルーナは腕で俺を抱き込んだ。

 そのままペロペロと頬を舐め始め、俺はまた彼女に舐められるだけの存在と化してしばらくジッとしていた。


(まあでも、本当に鬼気迫る勢いで勉強したもんなぁ)


 ルーナに嫌われてしまったら終わりだと思い、俺は寝る間も惜しんで勉強した。

 調竜師として必要なもの、ドラゴンが求めるもの、そもそもドラゴンとは何か、それを俺は可能な限り頭の中に叩き込んだ。

 とはいえ、実際はその学んだ半分近くがルーナとの間に必要なかったものではあるけど、俺の糧になったのは間違いない。


「さてと、今日もそろそろ終わりだな」


 ルーナとイチャイチャして過ごしているとすぐに帰る時間がやってきた。

 俺と違って他の調竜師たちは気難しいドラゴンを相手にする場合、死ぬような目に遭うことはないがそれでも服を泥塗れにするくらいには大変そうで、それを見るとこうしてルーナと語り合うだけの自分を少しズルいかなとも考えてしまう。


“帰るのか……しょんぼりするぞ私は”


 しょんぼりするルーナは大変可愛いです。

 神殿エリアから出るまで、ずっと背中に感じる彼女の視線に振り向きたくなる欲求を堪えつつ、俺は鋼の意志でドラゴンの世界から戻るのだった。


「お疲れ様ゼノ」

「おう。お疲れリト」


 帰りにリトと合流し、途中まで一緒に帰ることにした。

 相変わらずプライドの高い騎士を含め、同僚でありながら馬鹿にしてくる連中のちょっかいも受けたが俺たちは特に気にすることなく城を出た。


「それにしてもリトも服が汚れてるな?」

「まあね。お転婆だから良く泥が飛ぶんだよ」

「みたいだなぁ」


 リトもそれなりに苦労しているようだ。

 そんな風にドラゴンについての話をしながら歩いていると、日が暮れて辺りは一気に暗くなった。

 少し近道をするかと提案して裏道に入ったその時だった。


「止まれ、そして声を出すな」

「っ!?」

「なん――」


 男の声が聞こえたと思ったら、俺たちは強制的に動きを止めることになった。

 背中に突き立てられている尖った感触……それは間違いなく刃の先であり、少しでも動けば背中から突き刺すという意志が感じ取れた。


「……何者だ?」

「聞かれたことだけに答えなさい」


 シャキッと首元にナイフが添えられた。

 リトの背後に居るのは男のようだが、俺の背後に居るのは女らしく、どうも気配からして二人組のようだ。


「……逃げろゼノ! 俺が――」

「黙れと言っているだろう」

「ぐっ!?」

「リト!」


 首を絞められているリトを助けようとするが、首元に添えられているナイフに動くことが出来ない。


「必要なこと以外喋るな、言葉が分からないの?」

「っ……」


 俺は大人しく、質問に答えることにした。


「あなたたちは調竜師、間違いはないわね?」

「……あぁ」

「……そうだ」

「この場にドラゴンを呼ぶことは出来るか?」

「出来ない」

「何故だ」

「基本的に俺たちがドラゴンと会えるのは城の中だけだ」

「……なるほどね」


 話をする中で隙を窺うも、流石に俺やリトがどうにか出来る相手ではない。

 そもそも後ろに居る二人に捕まるまで一切の気配を感じ取れなかった時点で能力の高さが分かる……それにこの冷たさを感じる感覚、もしかしたら昨夜に感じた嫌な予感は彼らのことだったのだろうか。


「……?」


 本当にどうすれば良い、そう思っていた時……背後の女が息を呑んだ。

 まるで何かに恐れるように体も震わせているし、それはチラッと横を見ればリトを拘束している男も同様だった。

 フードを被っているので顔は見えないものの、雰囲気で彼らの恐れが伝わるくらいには様子がおかしかった。


(なんだ……なにを怖がっているんだ?)


 そう思った瞬間、聞き覚えのある綺麗な声が響き渡った。


「ここに月の光は届かない。でも私の目には良く見えるわ」

「……え?」


 その涼し気な声は暗闇の中から響いた。

 彼女の声を合図にするように、雲に隠れていた月が姿を現し、遮られていた月明かりがその場を照らす。


「……ルナ?」


 月の光を受けて輝く銀髪、そしてその銀を跳ねのけるような赤い瞳の輝き……そこに居たのは週に一度しか会うことのないルナだった。


「えぇ、来たわよゼノ」

「……………」

「ふふっ、ポカンとした顔が可愛いんだから」


 声音はいつもと同じ、けれどもその瞳に渦巻くのはとてつもない怒り……俺はその目をどこかで見たことがあった。

 それは……どこだったろうか。

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