ドラゴンを欲する存在

「……そろそろお別れね」

「もうそんな時間か」


 ルナとの時間は本当に楽しい。

 そもそもあまり親しい女性が居ないからこそ、かなりテンションが上がっているのもあるが……単純にルナとの時間が楽しいのだ。

 まるでルーナと楽しく過ごしているのと同じくらいに、俺はルナとの時間がとても好きになっている。


「なあルナ」

「どうしたの?」

「結局、ルナはどういう存在なんだ?」

「どういう存在ねぇ……」


 ルナはどういう存在なのか、改めて俺は彼女に聞いてみた。

 ニコッと微笑んだのも束の間、意味あり気に笑みを深めた彼女はその真っ白で華奢な手を俺の頬に添えた。


「貴族かもしれないし平民かもしれない、凄く偉い人かもしれないしそうでもないかもしれない……秘密が多い方がミステリアスでしょ?」

「それはそうだけど……そうか、無理には聞かないよ」


 別に無理に聞き出すつもりはない、そう言うと何故かルナの方が慌てた。


「べ、別に知られたくないわけじゃないのよ!? むしろもう色々知られているし良いかなって気はするけど! でも時期はやっぱり大切にしたいのよ!!」

「分かった! 分かったから少し近い!」

「近いのが嫌なの!?」

「嫌じゃないけどさ!!」


 俺たちは一体何のやり取りをしているんだよ!

 とはいえ、何かしらの理由があってルナが詳しいことを話してくれないことは分かった。

 そのことにショックとかは別にないけど、いずれ彼女が話してくれる時が来るならその時を俺は楽しみにするだけだ。


「……あはは」

「ふふっ」


 互いに顔を見合わせて笑みを零し、これで今の話はもう終わりだ。

 それにしても今日は中々に息抜きに特化した日だったな……いつものようにルナと出会って、彼女に膝枕をしてもらって、もしかしたら宿のベッドで眠る以上に気持ち良く睡眠が取れたかもしれない。


「私の膝枕、どうだった?」

「あ~……正直に答えても良いのか?」

「もちろん」

「……最高でした」

「ありがとう。またしてあげるわね?」


 その言葉と微笑みに心臓がドキッとした……ま、いつも通りだけど。

 それから俺は彼女と別れたのだが、やっぱりルナは一瞬でも姿が見えなくなったと思えば消えている……まるで最初からそこに居なかったかのように、もしかしたら彼女は俺がここで見る幻覚なんじゃないのか……もしかしたら、ここでのみ発生する何かしらの現象なんじゃないかと思えてしまう。


「……いや、俺は確かにルナに触れていた感覚はあった……あれがもしも幻だったらいよいよもって俺の方がヤバい」


 まあでも、だからといってここでの時間を否定するつもりはない。

 また来週ここで彼女と会えることを楽しみにしつつ、ルーナへの手土産も出来たとして俺は帰るのだった。

 王都の中に戻った頃には既に暗くなり始めており、いつもならもう宿に帰って飯と風呂を済ませて寝るだけなんだが、ちょうどそこで同僚の二人と出会った。


「リトとアスタか」

「ゼノじゃないか」

「おっす」


 同僚のリト、そしてぽっちゃり体型が目立つアスタだ。

 リトと普段から仲が良いのはもちろんだが、このアスタともそれなりに仲は良く飯などを一緒に済ませることも多い。


「二人はどうしたんだ?」

「これから飯に行こうかと思ってさ」

「そうそう! ゼノも一緒にどうだ?」

「俺は良いけど……嫁さんは良いのか?」

「あぁ。一応許可は取ってるから」


 それなら良いかと、俺も一緒に付き合わせてもらうことにするのだった。

 やっぱり宿で一人寂しく飯を食うより、付き合いのある同僚と飯を食うのは楽しい時間というのを再認識した。


「じゃあまた明日」

「またな~」

「気を付けて帰れよ~」


 店から出て二人と別れた後、俺は夜道を歩いて宿まで向かう。


「……うん?」


 その時、すっと背後で何かが動いた気がした。

 日が落ちた城下町といえど、別に人通りがゼロではないのだが……どうも俺は少しばかり気になったのだ。

 背後に視線を向けても特に怪しいものは何もなく、気のせいかと俺は首を傾げた。


「やれやれ、暗くなるとこういうの気持ち悪いよなとっとと帰ろっと」


 何も問題は起きることなく、俺は宿に帰ることが出来た。


「お、帰ってきたなゼノ」

「ただいまおっちゃん」


 宿の利用者だけでなく、近所でも評判の良いおっちゃんに出迎えられると帰ってきたなって気分になる。

 一日の頑張ったご褒美にとホットミルクを淹れてくれたので、俺はそれをありがたく受け取って冷えた体を温めるのだが、そこでおっちゃんが気になることを言った。


「なあゼノ、実は今日不思議な男と話したんだよ」

「不思議な男?」


 おっちゃんは頷いた。

 なんでも黒いフードを被った男で顔は分からない、それだけでも不可解だが男はこんなことを聞いてきたらしい。


「このドラゴニスはドラゴンと唯一友好を結んでいる国だが、ドラゴンにはそれぞれ調竜師と呼ばれる存在が居ると聞いたが本当かってな」

「なんだそりゃ」

「さあな。この国じゃあ当たり前のことだが……まあ他所はあまりその辺の事情は知らないのかもしれねえ。かつてドラゴンを独占するなと言いがかりを付けて攻めてきた国もあるくらいだからな」

「あ~……」


 今から数十年前にあったなと思い出す。

 ドラゴニスは別にドラゴンを独占しているわけではなく、ルーナを筆頭に友好を結んでくれているからに他ならない……ドラゴンの有する戦闘力は凄まじいし、何より移動手段としても抜群に機能して役に立つどころの話ではないからな。


『ドラゴニス以外の国からすれば我らドラゴンの力は欲しいだろうな。だが、我らはそんなものに興味はない――このドラゴニスの環境は我らドラゴンにとって住みやすいからな。そして何よりゼノがここに居る――少なくとも、私がドラゴニスに居る一番の理由はそれだ』


 実はこの言葉、昨日ルーナから伝えられた言葉だった。

 ドラゴンの女王である彼女にそう言われてテンションは上がりっぱなしだったが、冷静に考えればドラゴンの力は争いの火種にもなることを今思い出させた。


「ないとは思うが気を付けろよゼノ。もしかしたら他国のスパイなんかが入り込んでいる可能性もゼロじゃない。それこそ、ドラゴンの力を欲しがる連中がな」

「仮に俺に何かしたところで調竜師だからなぁ……」


 それでも一応、頭に留めておいて損はなさそうだ。


(……さっきのあれ、まさかな?)


 俺はもう一度窓から外を見たが、やはりいつも通りの夜景が広がっていただけだ。

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