居眠り姫

「……まさかルーナが話せるなんてなぁ」


 ルーナの元で一夜を明かした後、翌日も仕事を熟してから宿に戻った。

 実際に彼女の声を通して話をするのは初めてだったが、ふとした時に声が聞こえなくなっても彼女の考えていることは伝わってくる感じがしたので、確かに喋っていたつもりと言っていたルーナの言葉も良く分かる。


「……ふぅ」


 昨日のことを考えるとため息を吐いてしまう。

 俺の目の前で即座に灼熱のブレスで存在を抹消された二人組……実は今日知ったことなんだがあの貴族の一族は違法に奴隷の売買を行っていたらしく、騎士も代々仕える家だが同じように悪事に加担していたらしい。

 しかもかなり凄惨なモノだったようだ


『気に入らぬ者に慈悲はない、そう言ったな? だが無差別に気に入らないからといって殲滅するわけではない……本当だぞ?』


 ドラゴンは繊細でありながら人の心に敏感らしく、ある程度ならば人の悪い心に反応が出来るらしい……ただ、それには条件があるとのことだ。


『心を許している者に近づく悪意にこそ我々は敏感だ。まあ、私が手を出さずともリヒターならば近いうちに気付いていたであろう。貴族の過ちは今の世界にとって当たり前のようなものだ』


 だからこそのドラゴニスの治安とも言える。

 内々に対処されているのか平民の俺たちは貴族の不祥事なんて知ることもない、もしかしたら俺たちの知らない間に処分されていたりするんだろうな。

 とはいえ、色々と怒涛だったが明日はまた彼女と会うことになっている。


『また明日は例の女の元に向かうのか? 良いご身分だなゼノ』


 言い方には棘があったものの、ルーナは楽しそうだった。

 いつもは帰る時は寂しそうにするのに、やっぱりルナとの話を調達してくるからかご機嫌である。


「……ふむ」


 何度か思うことだけど、ルーナとルナか……名前が似ているのもあって親近感を感じているのかもな。


「ルーナがルナだったりして?」


 なんてことを考えてみるも、あくまでドラゴンが人に成れるというのは書物の一説でしかないし現実的にはあり得ないだろう――何故なら誰も見たことがないからだ。

 それとなくルーナに話は振ってみたけど反応はイマイチだったしな。

 ま、ルーナと会うようにルナと会うのも楽しみだなと思いながら、俺はベッドに入ってすぐに眠りに就くのだった。


▼▽


「……今日も俺が最初……いや」


 翌日、待ち合わせの場所に着くと今日は俺の方が遅かった。

 泉を前にして立っている大木に背を預けるようにしてルナが眠っており、本を読んでいたのか膝の上に置かれている。

 彼女は居眠りが好きだと言っているように、無防備に眠るのはいかがなものかと思うのだが……ま、この場所は本当に安全だからな。


「……ゼノ?」

「あ、起こしたか?」


 足音は立てなかったつもりだけど、すっと彼女の瞼が上がった。

 彼女は立ち上がったりすることはなく、トントンと隣を叩いて座るように促してきたので、俺はそのまま隣に腰を下ろした。


「ちょっと本を読んでてね。それで眠くなっちゃったわ」

「何を読んでいたんだ?」

「恋愛のお話よ」

「……へぇ?」

「なによその顔は……あ、もしかして似合わないとか思ったの?」

「違うって! 意外だっただけだから!」

「意外って思ってるんじゃないの!」


 それは言葉の綾ってもんなんだよ!

 ドンと音を立てるように飛び掛かってきた彼女を受け止めるのだが、いつも思うけどこんな風にボディタッチが多いのはドキドキするものの、それ以上にやっぱりお転婆な部分が多くて微笑ましくなるんだよな。


「普段こうして触れ合えない分はしっかり補給しないとね」

「そうだなって同意するのはあれだけど……週に一度だもんな」

「? ……あ、ああそうね!」


 何かに気付いたように声を上げたルナに首を傾げつつ、いつも通りに彼女と話す内容は一週間の出来事だ。

 主にルーナとの触れ合いはもちろんのことだけど、俺の身に起きたことについては伝えなかった。


(俺自身に何もなかったとはいえ、ある意味で事件みたいなものだったからな)


 濁して伝えるのもありだけど、生憎と俺は単純な男所以に嘘が下手くそなのだ。

 そんな風に何も言わないからこそ大丈夫と思っただけに、彼女からのまさかの言葉に俺はドキッとした。


「まだ何かあると思うけど聞かないわ。分かるもの」

「……え?」

「うふふ♪」


 いつも思う……なぜ彼女はこうも見透かすように言うのだろうと。

 そのことに少し怖くは思うものの、彼女の人柄もあって嫌な感情は一切ない。


「私、実はさっき居眠りして目が冴えちゃったのよね。膝枕してあげるから週の疲れを癒しなさいよ」

「……おう」


 逆らうことは許さんと何故か副音声のように聞こえたのは気のせいと思いたい。

 俺は促されるようにルナに膝枕をしてもらう形になり、俺は彼女の柔からな腿の上に頭を置いた。


「よしよし、今週もお仕事頑張ったわね」

「母親かよ」

「あら、それはちょっと……嫌とは言わないけどね」


 ルナのような見た目の女性が母親だって? そんなもんは年齢詐欺にも程があるってもんだ。

 それからルナに頭を撫でられているとすぐに眠くなってきた。

 うつらうつらと瞼が重くなっていくが、まだまだ頑張れそうなので耐える。


「あなたはいつも頑張っているわ。私、結構我儘だと思うのよね」

「我儘?」

「えぇ……でも、それだけ手放したくないのよ――ほら、眠りなさい」


 そっと目元に手を置かれ、俺はそのまま意識が沈んでいく感覚に身を任せ……そして最後にこう聞こえた。


「あなたは私の番よ――永劫に渡って共にね」

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