それがドラゴンの怒り

 こいつはどえらいことになったなと、俺はどこか他人事だった。

 ドロドロに溶け落ちた城の壁もそうだが、それ以上に王様と王妃が出張るほどの騒ぎになってしまい、これはどう収集を付けるのかとちょっと怖い。

 この騒ぎの元凶は間違いなくルーナではあるものの、他の騎士たちはルーナに対して剣を向けることはない……それはルーナが神聖な存在であるという理由以上に、彼女の放つ威圧感が凄まじいからか。


「一体何があったのだ……」

「ルーナ様、これは……」


 王様と王妃はルーナを見た後、彼女が守るようにしている俺を見た。

 俺を見たからと言って二人は責めるような視線は一切見せていないが、ルーナが俺を守っているという現状で何かを察したらしい。


「詳しく話を聞かせてもらおう。見世物ではない、他の者は立ち去れ」

「し、しかし――」

「立ち去れと言ったのだ。後は全て余に任せるが良い」


 その言葉に騎士たちを含め、何事かと見守っていた人々は去って行った。

 中にはリトたち同僚も何人か居て、みんながみんな心配そうに見ていたので明日にでも事情の説明はしないとだな。

 周りの人間が去って行った後、ルーナは魔法を行使した。

 それは破壊された壁を修復するものらしく、数秒経った後にその壁は元通りになっていた。


「……すげぇ」


 相変わらず凄いとかしか言葉が出ないけど、本当に凄いとしか言えない。

 そして、再びルーナが小さく鳴いたかと思えば俺たちはあの場所……ルーナが普段居る神殿へと移動していた。


「……おわっ!?」


 俺と王様、そして王妃を連れてきた彼女はその腕に俺を抱え込む。

 そして……まさかの涼し気な声が響いた。


“数カ月ぶりか。リヒターにマリアンナよ”

「……え?」


 その声は背後から聞こえた気がした。

 どこかで聞いたことあるような綺麗な声、そして気品の高さを無意識に感じさせるその声……え!?


「今の声……ルーナ!?」

“何を驚いているのだ? 私は……あぁそうか。私の思ったことが伝わっていたので話している感覚だったぞ”


 今の俺はきっとパクパクと口を開けたり閉じたりしているはずだ。

 つまり……今までルーナは話していたつもりだったけど、俺が何となく感じたことが合っていたから話していた感覚だったってこと?

 ポカンとしている俺を置いてルーナは言葉を続けた。


“どうしてこのようなことが起きたのか、簡単なことだ。ドラゴンの逆鱗に触れただけのこと、それ以上でもそれ以下でもない”


 ドラゴンの逆鱗……確か本で読んだことがある。

 彼らの一族は同族に対する信頼はもちろん厚いのだが、それ以上に心を許した者との繋がりを阻もうとする存在を許さない……それを否定し阻む者に訪れるのは破滅であり終わりだと。


「そうだったのか……いや、そもそも余の力不足が招いたことだ。我が国はドラゴンとの友好を何よりも大切にしているが、その担い手たる調竜師の貴重さはしっかりと伝えているのだがな……」

「……少しずつ少なくなってはいます。しかしながら、貴族の中にはどこまで行っても平民を下に見てしまう者は居ますからね」


 そこの意識改革については良くやってくれているのだ本当に。

 しかしそれでも生まれつき染み込んだ貴族としての血が平民を見下すというか、自分たちが選ばれた存在であるという認識が絶対となっているんだろう。


“それに比べてお前たち二人を含め、王族の者たちは礼儀正しい。ゼノほどではないが好んでいるぞ。これならばリヒター、お前の後に継ぐであろう息子の時も我がドラゴンは良き関係が結べるだろう”

「ありがたきお言葉」

「ありがとうございますルーナ様」


 ルーナに王様たちは頭を下げた。

 リヒター王とマリアンナ王妃に頭を下げさせるルーナ……この光景は別に初めてじゃないけど、本当にドラゴンという存在は格上なんだなと思い知らされる。


「してルーナ殿、少しばかり彼と話をさせてもらえるか」

“構わぬ、流石に渦中の一人でもあるから説明とフォローはしてやってくれ”


 ということで俺はルーナから離れてリヒター様の元に向かい、入れ替わるようにマリアンナ様がルーナの元に向かった。

 俺としてはこうして国の王と面と向かって話をするのは初めてで緊張していたのだが、やはり民からの人気の高さが分かる爽やかな微笑みを浮かべている。


「この度はそなたにも申し訳ないことをした。あの場面でルーナ殿が現れずとも、そなたの仕事が失われることはなかったが……うむ、仕方のないことだ」

「それは……その、心配はしてなかったです。確かにあんな風に他の騎士や貴族の人に言われることはありますけど、王様と王妃様を含め、王族の方々が心優しい方々というのは承知していますので」

「そうか……ははっ、そう言ってもらえるとありがたい」


 時には護衛を引き連れて城下町に訪れ、屋台で物を買って食べたりするフットワークの軽さも人気の要因、確かに多くの人に好かれるだろうなこれは。

 しかし、そこでリヒター様は真剣な表情になってこう言った。


「ゼノ調竜師、そなたを不快にさせた二人はドラゴンの裁きを受けた。故にそなたは何も気にする必要はない」

「それは……」

「ルーナ殿の不興を買った時点で立場など皆無だ――もはや城で見ることはないであろうな」

「……………」


 それってつまり……いやでも、あの二人はそもそも……生きているのか?

 ルーナが放った熱線を回避すら出来なかったあの二人、俺が視線を向けた時にはどこにも居なかった……こういう世界だと、考えないようにした方が賢明か。


「余の力不足ではあるが、国にとって僅かでも不利益を被る者よりもドラゴンとの友好を第一とする。それは変わらぬ――もう一度言う、そなたは何も気にするな」

「……分かりました」

「どのような形であれ、人の死を悼むことが出来るのは人として大切な感情を持っていることに他ならん。大切にするが良い」


 その上で聞くがとリヒター様は言葉を続けた。


「そなたはルーナ殿を怖いと思ったか?」

「え?」


 俺はルーナに目を向けた。

 何を話しているのか分からないが、マリアンナ様と楽しそうに会話をしているルーナを見ていると……薄情かもしれないが怖いとは思わない。


「さっきのことがあっても……怖いとは思いません。俺を気遣ってこの世界から飛び出してくれたことは嬉しいですし、何よりいつも甘えてくれたりして可愛い姿を見せてくれる彼女……怖いって言って拒絶するのは無理ですよ」

「……そうか。そなたはドラゴンが心から好きなのだな」

「そうですね。初めてドラゴンを見た時はかっこいいって思っていただけなのに」

「ははっ、その点は余と同じだな!」


 既に六十を過ぎているのに衰えない若さを感じさせる方だ。

 それから簡単にマリアンナ様とも言葉を交わしてから、俺はルーナの元に戻るのだった。


“我らドラゴンと人の感性は違う……私は自分の気に入らない者に慈悲はない”

「……だな。あの一発で確信したよ」


 そう伝えると分かりやすくルーナはしょんぼりとした。


「怖くないよ。だから安心してくれルーナ」

“……ゼノぉ”


 一気に威厳のある声が弱弱しくなってペロペロと舐めてきた。

 よしよしと頭を撫でていると、今度はハッキリと彼女はこう言った。


“ゼノ、今日も泊まろ? 泊まって?”

「……………」


 その顔でその声は色々とギャップがあり過ぎるんよ。

 その日、俺はまたルーナの元で一夜を明かした。

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