ドラゴンの逆鱗

 調竜師になるにあたって勉強をしたのはもちろんだが、ドラゴンに関しての記述を図書館で見たこともあった。


『ドラゴンとは情と愛が深い生き物である。彼らは同族の中では決して殺し合いなどはせず、如何なる時も協力を惜しまない仲間意識の強い種族だ。そして何より、好んだ存在に対してはとてつもなく深い愛を持つ――どんな形であれ、それを阻もうとすれば如何なる理由があってもドラゴンの裁きを受けるであろう。心せよ、あれらの愛を否定した時こそ終わりの時であると』


 それを見た時、漠然とした感覚でしかなかった。

 当時の俺はドラゴンが何を考えているかなんて分からなかったし、具体的にどんな生物であるのかも詳しくは知らなかったのだ。

 なんだ情に厚いのか、つまり仲間を大切にするんだなという認識しかなかった。


『ドラゴンに愛されることは祝福であると同時に呪いである』


 その一説について、当然ながら俺は深く考えることはなかったのだ。


▼▽


 バラバラに引き裂かれた調竜師証を俺は呆然と眺めていた。

 どうしてこうなったのか、それはルーナの世話を終えて帰ろうかとした時に起こった出来事だ。


『貴様、一体何のつもりだ?』

『申し訳ありません!!』


 なんとなくだけど、まだ新米と思われるメイドさんがお偉いさん……おそらくはどこかの貴族に睨まれており、筋骨隆々の近衛騎士も傍に居るので女性は今にも泣きそうだった。


『わ、私の不注意で……その……』

『不注意で私の服を濡らしたと? 卑しいメイドの分際で』

『も、申し訳ありません!!』


 どうやら花瓶の水を換えていた時に少し体勢を崩しかけてしまい、その拍子に水が服に掛かってしまったようで、それが原因で今の事態になったのだ。

 基本的に貴族が起こしたトラブルに俺たち平民が関わるのは得策ではない、しかしどうしても見て見ぬフリは出来なかった。


『メイドさんも謝っているしそこまでにしませんか? 濡れたとはいってもそこまでですし、すぐに乾くでしょう?』

『貴様、調竜師か。平民風情が私に意見をするな』

『平民とか関係ないでしょ。流石に理不尽が過ぎると思ったんですよ』

『なんだと?』


 とまあ、そんなやり取りがあったわけだ。

 このドラゴニスにおいて王族の人たちは人心に理解があり、民からの評判も良いのは周知の事実だけど、やはり他の貴族の中にはこういった態度を取る者たちも少なからず居る……まあでも、ここまで立場が下の人間を見下す連中はごく稀のレベルだ。

 というか口には出してもその人が持つ職業の証を無理やりに切り裂くなんてのを王様が知ったらそれこそ激怒されるだろうに。


(だからなのか、あまり慌ててないだけなんだけどさ)


 目撃者もそれなりに居るので代わりの調竜師証はいくらでも作ることが出来る。

 ……ただ、あの調竜師証は俺がルーナと出会った時、彼女が専属の証として紋章を魔法で刻んでくれた調竜師証でもあったので、それをこんな形にしてしまったのは彼女に対して申し訳なさがある。


「調竜師の代わりなどいくらでもいる。高貴なる身分に口答えをする常識のない愚民はさっさと失せるがいい――行くぞ」

「はい」


 そうして男と騎士は背を向けたのだが、そこで少し城が僅かに揺れた気がした。

 地震かと思ったが大したことはなかったようで、俺はすぐに背後に居たメイドさんに声を掛けた。


「大丈夫か?」

「はい……でもあなたの方が!」

「大丈夫だって。理由を説明すればいくらでも発行は出来るから」

「そうなんですか?」


 そうそう、だから心配はないんだ。

 ペタンと座り込んでしまった彼女に手を差し出し、立ち上がらせたところでそれは起きた……起きてしまった。


「……ルーナ?」

「どうしました?」


 俺は今、どうしてルーナの名前を呼んだのだろう。

 まるで今にも彼女が傍に来てしまいそうな、そんな錯覚を感じたからだ。


「……?」


 そしてまた城が揺れた。

 互いに顔を見合わせて首を傾げる俺とメイドさん、貴族の男と騎士も少し離れたところでなんだと互いに顔を見合わせていた――そして、そんな二人を包むように灼熱を思わせるビームが通過した。


「っ!?」

「きゃあああああっ!?」


 俺とメイドさんは咄嗟に視線を逸らすほどの眩さだった。

 ビームの向かった先にある城の壁はドロドロに溶けてしまっており、熱さをこちらまで漂わせるかのような風が吹き込んでくる。


「……何が起きたんだ?」


 もちろんこんなことになってしまえば騒ぎになるのは当然だ。

 城に勤める人間たちがすぐに駆けつけてくる中、ビームが発射された原因だと思われる魔法陣が現れ……そしてそこから現れたのは白銀のドラゴン――ルーナだ。


「ルーナ?」

“……………”


 さっきまでの様子と違い、その表情は明らかに憤怒に染まっている。

 ただでさえ赤い目はギラギラと輝き、口元からは火炎の残骸が溢れそうになっているほどで……彼女は俺を見てから隣で呆然としているメイドさんにも視線を向けたのだが、そこでメイドさんは意識を失うように倒れてしまった。


「ちょ、ちょっと大丈夫か!?」


 咄嗟に状態を確認したが気絶しただけのようで安心した。

 おそらくはルーナの放つ威圧感に圧倒されてしまったからだと思うけど……でも実際に俺の方も少し怖かった。


「何があったのだ!?」

「これは……ルーナ様!?」


 遅れて登場したのは王様と王妃だった。

 これはどえらいことになってしまったなと思っていると、ルーナはバラバラに引き裂かれた調竜師証に対して魔法を発動し、それを元の状態へと復元してくれたのだ。

 俺がそれを拾うとルーナは満足したように頷いたが、どうもこれから王様たちを交えて色々とお話をしなくてはいけなさそうだ。


「……というか」


 あの貴族と騎士の二人は……どこに行ったんだ?

 彼ら二人はまるで最初からその場に居なかったかのように、髪の毛一つ残されていなかった。

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