待ち合わせ
「……暇だなぁ」
“……………”
暇だなと、そう呟くと背後でルーナが身動ぎした。
背後に振り向くと、彼女はその赤い瞳で俺を見下ろしていた……まるでこうして傍に居ること自体が仕事だろうと言わんばかりに。
「ははっ、分かってるよ。ただまあ、以前の仕事に比べたらあまりにも楽過ぎてな」
調竜師の仕事は何度も言うがドラゴンの世話をするのだが、それはドラゴンたちの体調管理はもちろんのこと、身の回りの世話だったり何かと忙しい……はずだった。
少なくとも以前に二体のドラゴンの世話をしていた時はやんちゃだったこともあって振り回されたし、糞の処理なんかも結構大変だったのだ。
(……さっきはデリカシーの無いことを言って怒らせたけど、ルーナに関してはマジでウンコしないんだよなぁ)
俺はルーナが糞をしたところを見たことがない。
まあドラゴンの女王だからこそ、意志の疎通がある程度は図れる雌だからこそ恥ずかしいのかもしれないが……それにしては他のドラゴンとやはり違う。
そもそもお世話に関してもそうだし、普段の過ごし方も全く違うのだ。
「よしよし、俺は傍に居るからなぁ」
“……………”
彼女は……ルーナはとにかく俺が傍に居ることを望んでいる。
他の調竜師ならばこんな風にのんびりしていたらそれこそ仕事をサボっているのと同義だというのに……ま、これこそが今の俺の仕事だ。
「……? どうした?」
ジッとルーナが俺を見つめてくる。
体を丸めている彼女に俺は背中を預けているのだが、こうやって体にお互いに無防備で居られるのも信頼の表れだ。
「……このまま居眠り? ……今日もお前は俺に仕事をするなって?」
なんとなく思ったことを口にしてみるとルーナは頷いた。
どうやらまだまだ寝足りないらしく、彼女は懐を開くようにして腕を広げた。
「分かった分かった」
どうやら彼女はまた居眠りを御所望のようだ。
俺よりも圧倒的な強者であるドラゴンのルーナだけど、やっぱり甘えん坊なところもあって結構可愛いのだ。
たとえば、こっちを向いている彼女の顔を撫でながら抱き着くと……。
“……………”
しばらくそのままで居ろと言われた気がした。
俺はしばらくそのままで過ごし、ルーナの寝息が聞こえてきたところで顔から離れて再び彼女に背中を預ける。
「……ふわぁ」
こうしていると俺まで眠くなってくるぜ。
俺が居る場所は城の中であることに変わりはないが、別世界ともいえるドラゴンたちの楽園……ここは空気も澄んでいて日差しも心地良く、正に生き物にとっては伸び伸びと暮らせる世界だ。
「俺も少し寝るかねぇ……おやすみルーナ」
“……………”
この神殿区画はルーナ以外のドラゴンは許可なく近づくことはない。
だからこそ他のドラゴンの鳴き声も聞こえてこないため、彼女の存在以外は何も感じることのない静けさなのだ。
それから俺はルーナとの時間を過ごし、仕事の終わる時間がやってきた。
「それじゃあ明日は休みだからまた明後日だな」
仕事中に少しでも離れようとすると機嫌が悪くなるルーナだが、明日は会えないと伝えても特に機嫌の降下は見られない。
それどころか機嫌良さそうに尻尾を動かす彼女を見ていると、もしかして嫌われているのかと考えてしまうが、どうもそうではないようだ。
「うん?」
ルーナは顔を近づけてきたので、俺はアレの合図かと頬を差し出した。
彼女は舌の先でペロッと頬を舐めた後、満足したように再び体を丸めて俺を見送ってくれるのだった。
「……ふぅ」
ドラゴンの世界から戻ってきた俺は今日もお疲れ様と自分を労う。
「お疲れ様ゼノ。女王様には怒られなかったか?」
「ちょっと怒られたけどすぐに機嫌良くしてくれたよ」
「そうかい? それなら良かった」
彼、リトは同僚の中でも特に仲の良い男だ。
俺たち調竜師は騎士やお偉いさんに下に見られるというのは話したが、俺に関しては一部の同僚からも少しばかり嫌われている。
それは俺がルーナを担当しているから、つまり特別だと思われているからだ。
「お、これはこれは女王様に気に入られたゼノ君じゃないかぁ」
「……………」
とまあこんな風に面倒な絡みをしてくる奴も居るわけだ。
同じ調竜師でもルーナの専属ということで彼らより給金が高いのも、もしかしたらこんな風に敵視される理由かもしれない。
(本当にごく一部だからなこういうのも)
ごく一部、それでも面倒なものは面倒だ。
「そういうのやめろって言ってるんだよ。聞けばお前、自分が担当していたドラゴンに逃げられそうになったらしいじゃないか。まずは自分の仕事ぶりを顧みるんだな」
「……てめえ」
リトの言葉に奴は舌打ちをした後、キッと睨んで去って行った。
「ありがとな」
「良いってことさ。ゼノこそ気にするんじゃないぞ?」
「分かってるよ」
流石イケメン、いつだって頼りになる男だ。
「そろそろ子どもが産まれるんだよな? 何かプレゼントを用意しておくよ」
「それこそ気にするなって。でもまあ楽しみにしてる」
リトはこのイケメンぶりもあってか既に嫁さんが居て子供も産まれるそうだ。
俺としても結婚に憧れはあるけど、しばらくは調竜師としての仕事に専念しようと思っているのでしばらくは無理だろう。
『私、あなたと話をするのは大好きよ?』
結婚について考えた時、脳裏に一人の女性が浮かんだが俺は頭を振った。
俺はリトと別れて宿に帰り、おっちゃんが作ってくれた夕飯を食べてからベッドに横になった。
思えばこの宿も数年借りているけど、自分の家のように過ごしてくれと言ってくれたおっちゃんにはいくら感謝しても足りない。
「ほんと、恵まれてるよな俺って」
ドラゴンからも、人間からも俺は多くのモノを受け取っている。
それは本当に大切なモノで、絶対に裏切ってはいけないものだ。
▼▽
さて、俺の休日の過ごし方は特別だ。
ルーナの元に行かない場合は基本的に城下町をブラブラしたり、リトたち同僚と遊び歩くこともあるが……今日はとある人と約束をしている。
「……まだ来てないのか」
俺が訪れたのは王都から離れた森の中の泉だ。
王都の外に出ると基本的に魔物の危険というのはあるが、この森も含めて野生の魔物は一切存在していない……その理由は簡単で、ドラゴニスが傍にあるということはドラゴンが居るからだ。
「相変わらず綺麗なところだぜ……」
だからこそ、透明に近い泉の水面を眺めながらのんびりと出来る――その時だ。
「だ~れだ」
スッと背後から目隠しをされ、透き通るような声が鼓膜を震わせた。
俺のその手を敢えて振り払うことはせず、その問いかけに意味はあるのかと苦笑した。
「あるに決まってるじゃないの。たとえこの場に来るのは私たちだけで、今日のこの時にあなたを呼んだのが私だとしてもね」
「そうかよ」
「そうよ」
俺は彼女の名前を呼んだ。
「ルナ」
「はい。正解♪」
振り向くとそこに居たのは美しい女性だった。
長く美しい白銀の髪を持ち、赤い瞳はまるでルビーのように綺麗で……そしてこの世の男を魅了する凹凸のある体を彼女は持っていた。
「一週間振りね。そっちはどうだった?」
「順調だよ。調竜師として伸び伸びと働かせてもらっている」
「そう。それは何よりだわ」
明らかに普通の身分の人間ではなさそうな彼女……それこそ、王族と言われても信じてしまう美貌の彼女に会う為、俺は今日もここに訪れた。
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