騎士になれなかったけど、何故かドラゴンに愛されまくってる件

みょん

調竜師

「……そろそろか。おっちゃん、行ってきます」

「おう。今日も頑張ってこいよ」

「あいよ~」


 朝、仕事の時間になったので俺は長年使っている下宿先から出た。

 俺の名前はゼノ・パッシス、どこにでも居る平凡な人間である……自分のことを平凡だと言うと少し悲しいが、本当にそうなのだから仕方ない。


「……今日も飛んでんなぁ」


 空を見れば無数の黒い影が飛び交っており、それは正にこの国を守ってくれる存在の象徴でもあった。

 俺が生まれた国、ドラゴニス王国は神話級の生物であるドラゴンとの縁が深い国であり、戦いにおいてもそうだが日常生活においても、ここドラゴニスはドラゴンとの共存が当たり前となっている。


「ドラゴンに乗って戦ったりするのはガキの頃から憧れてたけど……ま、俺には適性がないから仕方ねえよな」


 幼い頃から国の為に、誰かの為に戦うというのは憧れだった。

 しかし、俺には戦いの為に有用なスキルは生まれてから今まで一度たりとも体に宿ったことはなく、十九歳の今になっても運がなかったなと嘆くことも多い。


「……はぁ」


 ってダメだダメだ。

 ため息を吐くと幸せが逃げるとも言われているし、何より俺が今受け持っている仕事に私情を持ち込むわけにはいかない。

 俺は国を守る騎士にはなれなかったが、それなりに給料のもらえる仕事に就くことは出来ているので満足はしていた。


「今日も仕事、頑張るぞ!!」


 そんなこんなで、俺は陰鬱だった気持ちを捨て去って王城へと向かうのだった。

 基本的に王城というのは国を治める王が住まう建物というのは常識として、普通なら俺のような平民がおいそれと入れる場所ではない。

 しかし、俺の肩書は城の中に入ることが出来るものになっている。


「あ、ゼノ!」

「おはよう!」

「おっす~」


 いつも一緒に仕事をする同僚たちが挨拶を返してくれる。

 俺のように平民が着るような安っぽい服を着ている彼らは親しみを込めた視線を投げかけてくれるのだが、逆に鎧を着た騎士であったり高級そうな服を着た城の役人たちは俺たちのことを見下したように見つめてくる。


「調竜師の分際で汚らしい……」


 分かりやすく俺の前を横切った大柄な騎士がそう言って唾を吐いた。

 いくら気に入らないからとはいえ、城の敷地内で唾を吐くのはどうなんだと思いつつも、変に言い返すと面倒なことになるので俺は特に反応はしない。


(……どれだけ経っても調竜師は馬鹿にされるのどうにかなんねえかな)


 今騎士が俺に言ったように、俺の肩書は調竜師と呼ばれるものだ。

 調竜師というのはこの国において珍しいものではなく、その名の通りドラゴンの世話をすることが出来る人間のことを指す。

 家畜などを扱う調教師と似たような言葉だが、あくまで人間よりもドラゴンの方が圧倒的に格上であるため、俺たちの方が世話をさせてもらっているという認識の方が遥かに強い。


「……ま、彼らみたいに国の為に戦って金を得てるわけじゃないからな」


 俺たちは別に戦いに命を燃やすことなく、ただ自分に出来る範囲でドラゴンたちの世話をすることで金銭を得ているのだが、ドラゴニスはドラゴンとの協調を大切なモノとしているため、調竜師は人とドラゴンを繋ぐ架け橋のような存在であるから大切なのだと王様も言ってくれている。

 ま、そうは言っても力を持つ騎士や位の高い役人はプライドが高いので、俺たちのような身分の低い人間が貴重とされていることが気に入らないわけだ……まあ、あんなのは本当に一部である。


「つうか、ちょっと遅くなったかも。マズいかなこれって」


 いつもよりほんの少しだけ遅くなったかなと、俺は急ぐことにした。

 大きさは異なるが人よりも大きなドラゴンたちは城の中に居るのだが、それには少し特別な仕掛けが施されている。

 俺が向かった先はとある一室だが、その扉の先は広大な自然だった。

 この扉はドラゴンたちが住まう世界と繋がっており、城の中に別世界へと繋がる魔法の扉を作ることでこのような仕組みを可能にしたとのことだ。


「あれ、ゼノ?」

「リトかおはよう。急いでるから先に行くぜ」

「あはは、確かにいつもより少し遅いかな。頑張れよ」

「あいよ~」


 同僚のリトと言葉を交わし、俺はすぐにある場所まで駆ける。

 その場所は神殿のような造りをしており、その中に一体のドラゴンが目を閉じて体を丸めていた。


「寝てるのか……よしよし、これなら全然――」


 そう言って近づいた直後、眠っていたドラゴンの瞼が持ち上がった。

 真っ赤な瞳はギロリと俺を映し、体が震えるほどの威圧感を放つ……それこそ、俺のような矮小な人間は簡単に吞み込まれてしまうほどの大きさなのもあって、恐怖で気絶してもおかしくはない……本来ならば。


“……………”

「……えっと、すまん! マジでごめん!」


 ドラゴンであるが何を言っているのかは分からない。

 しかし、それなりに長い付き合いもあって俺は彼女が何を思っているのか、何を考えているのかが少しずつ分かるようになってきた。

 だからこそ、今彼女が拗ねていることも理解した。


「その、普通に起きたんだけど……いや、まあ言い訳になっちまうか。取り敢えずごめんな? 今度からは気を付けるよ」

“……………”


 仕方ないなと、そんな声が聞こえた気がした。

 調竜師というのは本来それぞれが一体か二体、多くても三体までのドラゴンの世話をするのが普通なのだが、不思議なことに俺が担当するのは彼女だけだ。

 元々他に二体のドラゴンを担当していたのだけど、ふとした時に彼女の世話をしてほしいと命令が下ったからだ。


(でも……なんでこうなったんだろうな。皆目見当が付かないんだけど)


 そう、それはどれだけ考えても分からなかった。

 あまりにも美しい白銀の鱗を持ち、鋭い牙は当然ながら血のような真っ赤な瞳と強者の証にも見える巨大な二本の角……彼女こそが、ドラゴンたちを束ねる女王でもあり母とも呼ばれる存在だ。


「……………」


 もうね、自分でツッコミを入れるのも疲れたよ。

 俺だってドラゴンにはドラゴンたちを束ねる存在が居るのは知っていたし、それが女王のような存在だというのも勉強していた……でも、まさかそんなドラゴンの世話を俺がすることになるなんて思うわけがないだろう普通は。


『彼女は気難しい性格だが、頼んだぞゼノ調竜師』

『あ、はい』


 なんてやり取りをしたのは今でも思い出せる。

 何が彼女に気に入られたのか、何を持って彼女の調竜師に選ばれたのか……それは今になっても謎のままで、俺は毎日首を傾げながら彼女の世話をしている。

 高位のドラゴンになると人になることも出来ると言われているが……それはあくまで御伽噺だけの話、現実ではあり得ないんだろうなぁ。


「今日もよろしく頼む――ルーナ」

“……………”


 早くしろと尻尾が軽く地面に叩きつけられた。

 はいはい分かったと、俺はすぐに彼女に近づいていくのだった。


▽▼


 これは騎士になれなかった青年の物語。

 騎士にはなれずとも、国を守るための力でもあるドラゴンとの絆を深めた青年の物語だ。


「なあルーナ、お前ってウンコとかしないよな――」

「!!」

「あ、ごめ――」


 ただしこの青年、少しばかりドラゴンに対してデリカシーはなかったのだった。

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