第2話 猶予は三秒

 静けさを取り戻している、境内。


 辺りに人影はなく、側に落ちているのは三つの筒だ。一つは高弥の卒業証書で、残りは彼らの忘れ物だろう。


 熱気に当てられていた高弥だったが、はたと我に返る。目の端で揺れた紐に、ここへ来た目的を思い出したからだ。


「こんなことしてる場合じゃねぇんだっ 」


 目の前には木造のやしろ。そこに垂れる紐に、高弥は飛びついた。


 振り回すと、響いたのは鈴の音だ。耳障りなほどに音を立てるそれに負けず、高弥は叫んだ。


「神様、弟の足が動かなくなっちまったんだ! 今すぐ治してくれ……っ」


 賽銭箱のあるその建物、中に見える扉は閉まっている。鈴の音がやむと、辺りは静まり返った。


(こんなにさびれてたか……?)


 改めて辺りを見回す。


 十八時という時間のせいだろうか。常夜灯が照らしているのは朱色の鳥居と、いくつかの建物。そこで賽銭箱の異変に気がついた。


「壊れてやがる……」


 それはまるで、バットで殴られたかのように破損している。


(ほんとにここでいいのかよ……?)


「ばーちゃん……」


 懐かしい人を呼んだ。

 ここは高弥の家の近所であり、祖母が存命中、たびたび話題にしていた場所なのだ。


 そして今朝見た夢。それが高弥を、この場所へと導いていた。


「隼人――」


 こぼれた名は双子の弟のものだ。


 今月に入り、隼人の右足は突然動かなくなった。それはサッカー少年である隼人の利き足で、夢の中、祖母は隼人の足を撫でていた。


 祖母はそわそわしている風で、しきりに窓に目をやっていた。いつもの神社に行きたいのだと、何故かそれが、高弥にはわかった。


『何かあったら身代わり神社に行くんだよ。願いが届けば、風が吹いてくるから』


 記憶の中の言葉が頭に響いたところで目が覚めて――、その瞬間には、高弥は今日の神社行きを決めていた。


「もうここしかねぇんだよ……っ!!」


 再び叫んだ。声は静けさに吸い込まれ、そよ風さえも吹いてはこない。


「俺の足と交換でもいいっ……」


 しぼり出すように声を上げ、再び紐を振り回す。他にできることがなかったから、こんな場所にまで来てしまった。


 夢があり、努力を惜しまない弟。


(なのに、俺が――)


 その先は考えるのも嫌で、再び紐を振り回す。激情のままに込めた力は、鈴の音さえ雑音に変えた。


 しかしその時だった。それよりなお派手な音を立て、奥に見える扉が開いたのは。


「え……っ」


 目を見開いた高弥に向け、間髪入れず中から風が吹いてくる。その風は神様が怒ったのかと思うほど、高弥の髪を乱した。


 腕を構えたものの、風圧は高弥の体重を越えたようで、後ろに飛ばされてしまう。

 そのまま地面に尻を打ちつけ、うめいた。


 そんな中、唐突に頭に響いた声。それは地の底から響くかのような、低い声だった。


「汝、条件を飲むか、飲まないか――、猶予は三秒……」

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