第3話 身代わり神社<神奈川県>

「う、嘘……」

 いくらなんでも、と思った。


 あれだけわめいておきながら、しかしここまでわかりやすく返事があると、誰が思うだろう。


(しかも三秒って……!!)

 慌てて辺りを見回す。


 しかし少しよそ見をしている隙に、というのも無理があるほど突然に、高弥の前には三つの影が現れていた。


「なっ」


 それを目にすると、後ろに跳ねるように立ち上がる。敵意を感じたわけではなかったが、本能がそうさせたのだ。


「まずまずの身のこなしである」

「誰だっ」


 警戒を解かない高弥を前に、落ち着いた風貌で言ったのは、スラリとした男だった。目を見張るほどに、本格的な和装だ。


 残り二人の前に立ち、彼がリーダー格だというのは見ればわかった。白金はっきんのような長髪、温和そうな顔立ち。けれど最初に聞こえた声とは違うと思えた。


「自分で呼んどいて驚きすぎだ」


 続いた声は、笑いを含んでいた。見ると、忍び笑いしている黒髪の男。


 左隣にも同じような男がいるものの、彼は黙ったままだ。右の男と違い、睨むように高弥を見ている。彼らの周囲は輝き、まるで昼間のようだ。


「条件ってなんだ!? 神様なんだよな!?」


 それでも、まっ先に出たのはその一言だった。


「今この神社には、神が不在である」

「えぇ!?」


 しかし、返った言葉に目を見開く。


「神社なのに、神様がいない……?」


 いや、そもそもいるとかいないという話なのだろうか。普段はあの奥に座っていると言われても、それはそれで驚くだろう。


「じゃあお前らは何なんだよ」


「我らは神使――、神の使いだ。そして我は、身代わり神社が鳥居である」

「へ?」


 矢継ぎ早に告げられ、口がぽかんと開いた。


門番もんばん様とお呼びすればいい」

 つけ足したのは、ニヤニヤ顔の男――というのも失礼だが、フレンドリーな方の男だ。


 そして更に、

「俺とこいつは神獣しんじゅうと呼ばれる、ここの狛犬こまいぬだ。阿形あぎょう吽形うんぎょうって呼んでくれ。普段は像の中か、賽銭箱のある建物――、”拝殿はいでん”にいるぜ」

 などと続けた。


「え、なにって? ココノコマイヌ……?」


 しかし高弥が呟くと、三人の顔色が変わる。どこで区切ればいいかもわからない、という発音のせいだろうか。


「門番様、人が来ます」


 けれどそこで、会話は中断された。間に入ったのは吽形うんぎょうと紹介された男だ。彼こそが先ほどの声の主だと気づく。


 注視すると、三人は何やら相談しているようだった。


 この身代わり神社は、民家や商店に並んで存在している、いわば町なかの神社だ。道路から細い参道に入ると、奥に石段がある。それをのぼれば鳥居と、この境内が広がっているのだ。


「高弥、今からお主を別の次元に連れていく。少し違和感を感じるだろうが、踏ん張っておれ」


「え? 次元? え?」


 突然の言葉に目を見開く。しかしそれ以上の説明はなく、門番の右手が高く上がっている。


「これより我が権限において、この地の界層かいそうを転換する! 次元移動!」


 高らかな宣言が響くと、視界がぐわんと揺れた。


「なんだ!?」

 唐突に、周りから一切のものが消えていることに気づく。その上全てがモノクロのように色あせていた。


 そんな中、向こうに一つだけ色のあるものが見える。――赤だ。

 いや、少しくすんだようなそれは、朱色の鳥居だった。それがたちまち高弥に迫ってくる。


「なっ、えっ!?」


 ぶつかる――と。反射的に身を屈めたところで、それは高弥をくぐらせるように通過した。

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