第34話 止まらないモノ


「何、してるんだ?」


 目の前、というか俺の股間の数センチ上ではぁはぁと熱い吐息を漏らしているメイド風花。よっぽど集中していたのか、俺が声をかけてからしばらくの間熱い吐息を漏らしていた。


 しかし、遅れてちゃんと聞こえたようで、恐る恐ると言った表情で俺の方を向いた。


 そして、交差し合う目線。永遠にも感じる時間が過ぎて、風花が口を開く。


「性奴隷に……とーるの性奴隷になろうと、思って……」


 寝起きで、この状況。だが、案外、人間は冷静でいられるようだ。


「はぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!」


 ダメでした。


「ちょ、ちょちょちょっと! あんまり大きな声出したら近所迷惑だよ!?」

「これは迷惑にはならないのかよ?!」

「……嬉しい、でしょ?」

「嬉しいけ……うっ、嬉しくないからぁぁ!?!?」


 危ない。風花の蕩けた表情に持ってかれて本当のことを自白しそうになってしまったではないか。


 それにしても、なんてえっちな表情をしているんだ……。頬と耳はピンク色に染めあげられ、蕩けて半目になった瞳とぷるりとした唇は、俺の魅惑の園に誘い込んでいるような気がした。


「てか、本当に何してんだ!? こんな時間に、こんな……」

「何ってぇ……私が、とーるの身の回りのして、それで最初は私がリードするけど、すぐに立場が逆転して、それで私は有り余った性欲を掃き出される為だけの道具になるために……」

「す、ストップしよう。うん、一回落ち着こう? な? 俺たちは冷静になるべきだろ??」


 俺がそう言うと、風花はほはぁーと、なんとも気の抜けた声を出して、息を整える。


 こういうのは一旦冷静になると、恥ずかしさが込み上げてきて辞めるやつだ。


 だから、ここで落ち着かせれば、俺の勝ち。


 そんなことを思っている間に、風花は意を決したように口を開いた。


「よし、冷静になったから、続き……しよ?」

「うんうん、そうだね。そうし……えぇぇぇぇ!?」


 風花の顔に火照りは残っているものの、その物言いや仕草は至って冷静であった。


 ということは、本気……? 酔ったり、テンションが上がってるだけじゃなくって……?


 ってな訳あるか!! 冷静な風花がこんなことするはずがないっ!! 


 まだだ、まだ時間がきっと足りていない。

 

 そうと決まれば、できる限りの時間稼ぎを徹底的に行うことに決めた。


「いやいやいやいや? 本当に冷静になってる? というか、シーナとナツキちゃんは?」

「2人は寝てるよ」

「寝てるって、いつも朝まで女子会は続いてたじゃないか……なんで今日だけ……」


 最近は朝オールしてきたナツキちゃんに抱き枕にされる生活が続いていたから、例外はなかったはずだ。


 毎度の如く、抱き枕にされていたせいでナツキちゃんの匂いがもはや生活の一部にすらなりつつあるレベルなのだ。

 

 って、今はそんなことじゃなくって。


「あー。今日だけは、よ」

「眠って……もらった??」

「うん。2人がこの家にいない時って、女子会の時だけだし。だけど、女子会の時だったら、2人は朝までちゃんと起きてるから、今日だけ睡眠や……子守唄を流したの」


 うーーーーん。不穏な単語が聞こえたが?? それに子守唄で寝る年齢じゃないよね?????


 あと、全てを無表情で言いのける風花が一番怖い。いつもの馬鹿っぽい笑みが取れただけで、悪寒すら感じる。


 こんな風花初めて見たんだけど??


「とりあえずさぁ」


 そう言って、少しだけ不機嫌になったような表情で、風花は顔を近づけてくる。

 

「あ、えっちょっ──」


 俺の言葉など耳に入っていないかのように、段々と距離を近づける風花。


 上半身だけ起きている俺の腰あたりに両手を置いて支えにして、ついに互いの鼻先が触れ合いそうになった瞬間、風花は止まった。


 それから、少しばかりの息が詰まる沈黙。風花の綺麗な顔だけが俺の視界に映って、離れない。


 そして、とびきりな切れ味のナイフで豆腐を切るように、なんの抵抗もなくぬるりと沈黙を切り裂いて、風花は言った。


「とーるのそういうとこ、嫌い。女の子みんなに優しくして。考えもない純粋な優しさを分け与えるなんて、ずるいよ。おかしいよ。学校でも最近なんか人気出てきてるし。でも、でも、でもでもでもでも! 今だけはさ──」


 風花は片手で俺を押し倒し、先ほどのように耳元に顔を近づける。


 そして、吐息で耳の輪郭をなぞるように、声で俺の体を縛り付けるように、風花は言った。


「──私だけを見てよ」


 その瞬間、どこからともなく、溢れんばかりの快感が流れ出す。


 どんな劇物でも味わえないような感触が全身を襲い、俺の脳を蝕む。


 ──このまま風花を押し倒し、欲望のままに貪り尽くしたら、どれだけ気持ち良いのだろうか。


 遥か昔に押さえ込んだこの気持ちを、この思いを、全て発散させたら、どれほど心地よいだろうか。


 風花の顔は見えない。だが、確かに耳元で風花が笑ったような、そんな気がした。


 

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