第29話 紫髪の来訪者③
時間は進み、ベルグバラゾンさん改め、ナツキ君は俺の部屋で荷解きをしていた。
荷解きとは言ったものの、持ってきたものはノートパソコンと下着、パジャマくらいだそうだ。
言われてみればここへ来た時からリュクサック一つしか持ち物がなかったことを思い出す。
「そんな荷物で大丈夫なのか? 結構少ない気もするけど」
「大丈夫っす! 着替えず一週間部屋ごもりできる訓練は積んでるので!」
「なんでそんな……あー、うん。あんまり深く聞かないでおくよ」
「なんでっすか? 普通に学校行きたくなくなって、部屋すら出るのが億劫になっただけっすよ??」
「あっ、う、うん。なんとなく知ってるよ……うん」
と言うのも、ベルグバラゾンさんはスリッターでネタなのかガチなのかわからないニートエピソードをここぞという時にぶっ込んで来ていたためだ。隙あらば自語りというのはやはり陰に潜むものの性質。
そういうのも相まって、社会に淘汰された中年男性を思い浮かべていた。
「確か、中学三年生……だったよね?」
「そうっす! 中二の冬くらいからなぜか男子と距離を感じるようになって、それに伴って女子も全然話してくれなくなって完全孤立しましたっ!! テヘッ」
舌を少し出して握り拳を自分の頭にコツンと当てたナツキ君。
いや重い重い重い。メガトン級に重い話題をそんなさらっと……。
だけど、イケメンは問答無用でキラキラキャピキャピな人生のレールが敷かれているものだと思っていたが、苦労してるイケメンもこの世にはいるんだなぁ、なんてことを思った。
「それにしても中学三年生か……若いなぁ」
声変わりもまだ来てないみたいだし、身長もそこまで高くない。発育は少し遅い方なのだろう。
「そんなことないっすよ? ド鬼畜ダイミョウジンさんと一個しか変わりませんし?」
「それでも若く見えるもんだよ。若いっていうか、青いなぁって」
「そうなんっすねぇー。ボクにはまだわからないっす」
「それが若さなんだよきっと……あ、それとハンドルネームで呼ぶのははやめてくれ? 本名のつくもか、とおるとでも読んでくれ」
「うっす! じゃあ、とーる兄さんで!」
「あっ、うん……」
満面の笑みでそういったナツキ君。距離の詰め方がなんともすごいなぁ、なんてことを思いつつ、キョロキョロと俺の部屋を見渡していることに気づいた。
「何か見たいものでもある? 俺の部屋、そこまで面白みも無いけど」
「じゃあまずとーる兄さんの機材見たいっす! リプでもなかなか教えてくれなかったっすよね!!」
「あー、まじで大したものじゃ無いから教える必要ないかなぁって。せっかくだし、興味あるなら見ても──」
「見るっす!!!!!!!」
「ど、どうぞ……」
食い気味に答えたナツキ君は興味津々な様子で俺のデスクに近づく。そして、下に置いてあるデスクトップを見たり、設定からスペックを見たり。色々見て回りながら、だんだんとその様子がおかしくなってきていることに気がついた。
「どうした? 何か、おかしなことでもあった?」
「出してください……」
「な、何を!?」
「押しかけたボクも悪いですけど、まさかここまで信用されていないなんて……ショックです」
「だからなんの話っ!?」
ゆらり、ゆらりと幽霊闊歩で恐ろしく滑らかに近づいてくるナツキ君。そして、俺の胸元を掴み、恐ろしくドスの効いた声で言った。
「サブ機はいいんです……メインpcはどこですか……早く見せてくださいよ」
「サブ機? 俺、そのデスクトップしか持ってないんだけど??」
「そんなきつい冗談やめてくださいっす。こんな五年以上前のハイスペックpcなんて、今じゃミドルスペックもないんですよ?? こんなのでどうやってあれだけのことができるって言うんですか」
「え、ん? えぇ?」
いまいち言ってることはわかんないんだけど、とりあえず俺のpcのスペックをバカにされてるってことでおけ?
「冗談も何も、全部このpcだって。それに、あれだけのことって言われても、思い当たる節ないし……」
「…………それなら勝負です! それが本当にメインっていうのなら、ボクが構築したこのセキュリティをそのpcで突破してみてくださいよ!」
「別にいいけどさぁ……」
と言うことで急遽始まった対決。本来ならクラウドに保存してある特注の演算システムを使ったり、その他諸々のことをしながら足がつかないように、俺のpcだけに負荷がかからないよう分散した方が速いんだけどせっかくなら。
「俺のパソコン単体でアタックしてみるか」
パソコンをバカにされた意図返しの意味もこめて、いつものルーティーンであるヘッドホンをつけてハッキングを開始した。
そして30分後。
俺はナツキ君の作ったセキュリティをなんの問題もなく突破した。
俺のキーボードを打ち込む手は止まり、背を伸ばす。
意外とやりがいがあった。自分の力をここまで使ったのは久しぶりだったので意外と楽しかった。
ただ、もう一度やりたいかと言われたら絶対やだ。面倒臭いもの。
「うん。すごかったよ。中学生レベルのセキュリティじゃないし、どちらかと言えば大企業のセキュリティって言った方が信じる人多いと思うレベルにすごかった。ありがとう」
俺はゲーミングチェアを回して、先ほどまでノートパソコンをいじっていたナツキ君に目をやる。
すると、なぜか顔を真っ青にしながら、キーボードに触れている手がブルブルと震えていた。
「そんな……単体で…………演算能力どうなってんすか……頭にちっちゃなスパコンとか飼ってます? てか、数年前に事故って脳の手術した時に変なもの入れられたとかありません??」
「事故ったことないし、そもそも手術も入院すらしたことないぞ?」
「……これはもはや生きる人災っすね……頭イかれてますよ、とーる兄さん」
「なんか散々な言われようだけど……とりあえず、俺のpcがすごいってこと、わかった??」
「あっ、そっち……あー、はい。凄すぎておかしいっすね」
なんとか俺のpcの名誉は取り戻せたようでよかった。
「ふー。久しぶりに頭フル回転させたから疲れた。汗もかいちゃったから風呂にでも入ろうかな」
「あ、いいっすね。ボクも色々困惑してるんで、お風呂で色々と流したいっす」
そう行ってイケメンスマイルを見せるナツキ君。なんだか心なしか距離が近付いたような気がする。
よし。ここはお兄さんとして一つ、もっと距離を縮めるイベントを用意するか。
このタイミングだし。やっぱり、あれがいいだろう。
「よし、ナツキ君。一緒にお風呂入ろう!」
「お風呂っすかーいいっすね……って一緒に!?!?」
「やっぱり裸の付き合いってよく言うだろ?」
「はだかっ!? 突き合い!?」
付き合いの文字がちょっと違うような気がするが、多感な時期なのだ。そっとしといてあげよう。
「うん。やっぱり距離をもっと縮めるなら、一緒にお風呂に入るのがいいと思うんだ! どうだい?」
「一緒に、おふろっすか…………ん、ま、まぁ、とー君となら……まぁ……」
「よし! じゃあ決まりだ!」
もしや。俺、いい感じにお兄さんできているのではなかろうか。弟とかいなかったからなんだかワクワクしてきた。
テンションぶち上げ。裸の付き合いレッツラゴー!
「よし、せっかくだしここで脱いでから行こう!」
「なんでっ!?」
「なんとなくっ! 面白そうだから!」
「やっ、それはちょっとまだ心の準備がっ」
「心の準備とか言ってる場合か! ほら脱げ!!」
男同士、それも親しいもの同士でのこんなイベント俺には滅多に無いためいつも以上にテンションがぶち上げだ。この部屋で脱ぐ必要性は皆無だが、今はそんなことよりも勢いの方が大事なのだ。
一瞬、もしかしたら男同士でも抵抗があるのではと思ったが、最初にオッケーぽいこと言ってるし。まぁ大丈夫か。
「仕方ないなぁ……恥ずかしいなら俺が先に脱ぐよ」
「へっ」
パッパと上着とズボンを脱ぎ、パンツ一枚になった俺。それをなぜか赤面で見つめるナツキ君。今までにこう言うイベントはなかったのだろうか。まぁ俺もなかったんだけど、ここまで恥ずかしがらなくても良く無い?
「ほら、俺は脱いだぞ。次はナツキ君の番だ」
「いや……本当に、それはちょっと……って、なんで近付いてきてるんですか!? ちょ、ちょっとぉっ!?」
後ろに下がるナツキ君をじわりじわりと追い詰める俺。気分は魔王。
壁際に背がつき、行き場を無くしたナツキ君の肩を掴む。思った以上に華奢で、ちゃんとご飯を食べているのか心配になる程だった。
それに、ニートのくせになんだかいい匂いだった。
イケメンはデフォの匂いがこれなのか。チートだな、なんてことを考えながら厚手のパーカーの裾をもつ。
「ちょ、ちょ、チョちょっと!? ほ、本当にダメっす!! ボク、実は──」
「御託は後だぁぁぁぁぁ!!!!!」
「あぁぁぁッッ!?!?」
抵抗するナツキ君をおしのけ、全力でパーカーを脱がした俺。
パーカーが宙に舞い、ヒラリヒラリと重力に従って落ちる。
そして訪れる静寂。パニックする脳内。
まるでゲームのバグ画面を見つめているような、不思議な違和感が俺を襲い、段々とそれが現実なのだと脳が理解していく。
なぜか、ナツキ君には、女体にしか無いはずの立派な膨らみを二つこさえており、水色のレースの可愛らしい下着をつけていた。
きめ細やかで白い肌。程よくくびれたウエスト。
女性らしいその体格は、今のいままで男の子だと思っていたその考えを変えるには十分すぎた。
ナツキの顔を見ると、頬を真っ赤に染めあげ、瞳は涙ぐんでいる。
とりあえず謝罪をしなければ。そう思って絞り出すように言葉を紡ぐ。
「あっ、そ、そのこれは──」
だが、世界は非情だった。
ガチャリ、と音を立てるドアノブ。見える2人の人影。
「ウン。なんかトールがヘンナプレイしてて……って……コレは……」
「と、とーるぅ?」
見事なまでに目のハイライトが消えた2人が、俺の部屋の入り口に立っていた。
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