第27話紫髪の来訪者


 あるのどやかな朝。

 俺はカフェオレを飲みながら、リビングのソファに座っていた。特に理由はない。


 シーナは自室にこもって寝てるかパソコンで愉快なフレンドたちとネトゲをやっているのだろう。

 俺も朝ごはんを食べ終わったから、そろそろ上に上がってパソコンいじるかぁ、なんてことを考えていた矢先。


 ピーンポーン。


 リビングに響くインターホン。

 俺は何かを頼んでいた記憶はないが、おそらくシーナの宅配物とかだな。


 ソファから重い腰をあげ、玄関に向かう。すると、後ろからドタドタと音を立てながら転げ落ちそうな勢いで階段を降りてきたシーナ。


「タブン、私の荷物」

「俺も多分そうなんじゃないかなって思ってた。俺が受け取っとくよ」

「ウン、ワカッタ」


 俺はスリッパを履いて、玄関を開く。

 すると、そこにいたのは宅配業者でも訪問販売員でもなく。

 紫色の髪の毛の中性的な顔立ちをした男の子が立っていた。歳は中学生くらいだろうか。

 それにしても珍しい髪色だなぁ、なんてことを思いながら、自分より頭一つ小さい目の前の男の子に話しかけた。


「どちら……さま?」

「初めまして……っす! 師匠!」

「初めまして……って、ん? 師匠?」

「はい! 師匠! どんな人なのかなーって思ったすけど、意外とイケメンっす!」

「……トール、そういうプレイ、ヨクナイヨ」

「はっ!?」


 後ろを振り返ると、シーナは腕を組みながらジト目でこちらを睨んでいた。


「そんなんじゃねーよ! てか、普通に目の前にいる人に失礼だろ!」

「あはははー、全然大丈夫っすよ? 私は師匠と話ができればそれでいいので!」

「いや、なんかすいません……ところで、本当に誰ですか?」


 目の前にいる紫髪の少年は、一瞬「あれ?」という表情をした後に、「あぁ」とセルフ自己満したように手で相槌を打った。


「僕っす! スリッターは【ベルグバラゾン】って名前っす!!」

「ベルグバラゾン、ベルグバラゾン…………あ、あぁァァァ!?!?!」


 妙に語感が良い響きに、どこから引っ張ってきたのかわからない横文字。この名前……知ってる!!

(スリッターとは世界で最も使われているSNS)


「俺のスリートによくリプしてくる人だ!! えっ!? おじさんかと思ってたァァァっ!?」

「そうっす! 僕なんです!」


 ただ気になった人のスリートを見るために作った初期トプ画になんの面白みもないプロフィール欄のアカウント。そのアカウント唯一のフォロワーであり(スパム垢を除く)、俺がマジでボソッと呟いたスリートに5分以内で必ずリプを返して、妙に慕ってくれた変人がいた。

 それがベルグバラゾン。

 なぜか俺のことを師匠と呼び、俺もそういうノリなのだと思い込んで受け入れていた。

 

 だが、喋り方や俺との趣味との合致感から、少なくともアラサーくらいは行っててもおかしくないとは思っていたが。まさかこんな美少年だったとは。


 だけど。


 本人が真後ろにいるせいか、嫌なデジャブを感じる。感じてしまう。

 できれば違っていて欲しい。そう願いながら、俺は喉を鳴らして目の前の美少年に聞いた。


「そこまではわかったんだけど……なんで俺の家がわかったの?」

「え……意外と簡単ですけど、これは企業秘密なので、シーです!」

「あ、うん」

 

 人差し指を唇に当てながらそう言ったベルグバラゾンさん。

 なんだか最近、俺の人権がないような気がしてたまらないのは気のせいでしょうか。


 とりあえず俺はなるべく動揺しないように深呼吸をして、最大限の笑みを浮かべて言った。


「帰ってください!」

「……え? し、ししょぉ……?」

「ごめんなさい帰ってください、もし僕が何かご無礼を働いたのなら全力で謝らせていただきますですのでどうかどうか──」

「そっ、そっ、そんなァァァ!! だって、だって、一緒に住む約束までしてたのにぃ!」

「そんな約束っ…………っしたぁっ……!」

「ほらぁぁっっ!!!」

「あぁもうっ!!!!!!!」


 焦って焦って、とりあえず俺が出した結論は。


「えっ、あっ!! ししょーー!!!!!!??」


 ドアを閉じて外の世界を分断することだった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「……ワタシが言うのもナンダケド、トール、大丈夫?」


 このシーナの一言。何も言い返せない苦しさ、シーナに言われてしまったという敗北感で、今にも泣き出しそうになりました。

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