第22話 楽園
時刻は既に6時を回っており、夕日の見る影ももうない。
深紺色に染まり切った空の端は、ほんのわずかにだけ茜色に染まっていた。
頭上を見上げれば、三日月が浮かんでいる。
いつもなら4時過ぎに風花と帰れていたのだが、藤堂先生との話が思ったより長引いた。先に帰っておいてと伝えてよかったな、と改めて思った。
校門まで歩き、左を曲がると唐突に後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「おっそいー!」
そんな訳がない、ここにいる訳がない。
だけど、そんなことを考えながらも少しだけ期待してしまっている俺が居た。
後ろを振り向く。すると、そこには──。
「風花……! と、なんでシーナがいるんだよ」
制服姿の風花と白いワンピースを着たシーナが立っていた。
「ムー。ソコは喜ぶところでショ」
「いや、喜ぶも何も。まじでなんでいるんだよ。てかよくここがわかったな……」
「私がここで待ってたら、30分くらい前かな……? に、来たの」
「ダッテ、全然帰っテ来なかったカラ。ハイスクールはもともと知ってたし。あとはGoogleに聞けバ、一瞬ダッタ」
「そうか……そういやシーナ、お前そうだったな……」
「…………?」
何の話? と言わんばかりに頭を傾げる風花。風花は知らなくていい。変に頭を突っ込んでシーナに色々と調べられても面倒だし。
「まぁ、それはいいとして。大丈夫だったか風花。こいつと一緒にいて」
「うん? 別に、普通に話してたよ?」
「そうか、それならよかった」
「ナニトール。ワタシがナニカすると思ったノ」
「前科がありすぎるしなぁ……年上だし」
「ソッ、ソレは今関係ナイッ!!!!!!」
ワンピースの裾を掴み、額に青筋を浮かべながら睨んでくるシーナ。だけど全く威圧感がなく、少しも怖くなかった。例えるならガキがキレている時みたいな感じ。
俺と風花はそんなシーナを笑いながら、家に帰ったのだった。
▲ ▼ ▲
時刻は午後9時。リビングのソファで俺とシーナはくつろいでいた。
シーナもそこそここの家の勝手が分かってきたようで、最初の頃よりもかなりリラックスしているように見える。
そして、今もソファで寝っ転がっているのだが。
体の露出があまりにも多すぎる。ショーツにキャミソールのみ。もしかして羞恥心という概念を母国においてきたのかこいつは?
「シーナ。いつまでその格好なんだ」
「イツカマデ」
「日本語になってないんだよ……それに、仮にも男と一つ屋根の下なんだぞ? 恥ずかしいとか思わないのか?」
「えー、ナニナニ。もしかして、ワタシの体にヨクジョウしちゃったノ〜?」
キャミソールの裾を持ってチラチラと上げ下げするシーナ。チラリと真っ白できめ細かな肌をしたお腹が見えた。
だがしかし。
「断じて無い。俺、
「ナッッッ!!! そっ、そんなコト言わなくてもいいジャン!!??」
済んだ蒼色の瞳に涙を溜めて、立ち上がりながら勢いよく言ったシーナ。ブツブツと何か言っていたが、「そうだ!」と元気よく言って血迷ったように、小さな膨らみの胸を張った。
「ワッ、ワタシ一応お姉さんダシッ!? お、オネエサンに頼ってもいいんダヨ? ト、トール??」
「……無理すんなよ」
「ソッ、ソンナ目で見ないでってばぁぁぁぁぁぁ!?!?」
ついに瞳には溢れ出しそうな涙が溜まり、今にも決壊してしまいそうになっていた。
流石にやりすぎたかな。ほとんど何もしてないけど。
少しだけ慰めてやるか。
そう思い、フォローの言葉を考えていると、再びシーナがブツブツと何かを言い始め、ヒクついて歪んだ笑みを見せながら、シーナは言い放った。
「ソ、ソウだよ……ソウダソウダ」
「ん? どうしたシーナ」
「ソウダ……ワタシのミリョクに、ワタシは子供じゃ無いって見せればイインダ……」
「ちょ、ちょっとシーナ? 何を言ってるんだ? てか、シーナはもう19歳で子供なんかじゃ……」
俺の言葉も聞かずに……いや、耳に届いていないようだ。
やはりブツブツと何か独り言を言って、再びキャミソールの裾を握った。
ただし、今回はがっちりと。
何する気──だ……?
「は……?」
俺は、自分の目を疑った。目の前で起こった現象が、拗らせ陰キャ童貞にとってはあまりにも大きすぎる衝撃で。
シーナは何の躊躇いも無く、キャミソールを胸元までたくし上げていた。
──そしてそこには、楽園があった。
真っ白な大地に、申し訳程度の丘がこさえられていて。そして、その二つの丘の頂上には、淡いピンクの突起がとてつもない存在感を放っていた。
真っ白な丘が思ったよりも大きかった、ような。そうでなかったような。
まぁ、とりあえず。
「え、シーナお前、ノーブラだったの?」
「……ふぁぇ? …………そこ?」
冷静さを欠かないように、頭の中で念仏を唱えながら、俺は思った。
こいつはやっぱり危ないやつだ、と。
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