第20話 藤堂先生といっしょ



「実は私──サイバー警察なんですよね」


 サイバー警察なんですよね。

 サイバー警察なんですよね。

 サイバー警察…………


「……………………ふぁっっ!?」


 少し前まで、俺にとって最悪なワードが頭の中で反芻していたような。していなかったような。

 というか、今どういう状況だ。寝て……る?


 妙に重たい瞼を開く。真っ赤に染まった夕日が俺の目に入る。眩しくて目を閉じたと同時に手を突き出して自分の顔に影を作り出した。

 やっとの思いで目を開くと、そこは見知らぬ天井。それと二つのニット生地の出っ張り。二つの出っ張りが連山を作りだしていた。


 邪魔だな。


 特に深い考えがある訳でもなく。そこそこな至近距離にあったその二つの双丘を退かそうと、手のひらが妙に柔らかいものに触れた──瞬間。


「ひゃんっ!?」


 連動するようにどこからか聞こえた喘ぎ声。

 喘ぎ声……?

 どこから? てかそもそもここは──。


「ど、どこ触ってるんですか九十九くん……」


 連山の谷間からひょっこりと顔を覗かせたのは、藤堂先生だった。


「え、と、藤堂先生……? なんで、ここに……」

「な、なんでって、突然九十九くんが倒れちゃったからに決まってます……」

「倒れ……あー」


 今になって思い出した。そう言えば俺、準備室に来て少ししてからの記憶飛んでる。きっと先生に言われた通り倒れて、膝枕をしてもらって……膝枕?


 チラリと横目で自分の頭がどこに乗っているのか、気になって見てみた。藤堂先生のむっちり生足だった。

 今思えば確かに暖かいし、柔けぇ。納得の寝心地だった。


 だがしかし。俺はあることを思い出した。いや、思い出してしまった。これが夢であることを一縷の希望にすがる思いで願いながら、藤堂先生に質問をした。


「先生ってぇ……もしかしてサイバー警察だったりします?」

「あ……はい。ちゃんと聞いていたんですね」

「あっ……はい……」


 THE END!!!!!!!


 今までご愛読ありがとうございました。次回作にご期待くだ──


「あっ、べ、別に、逮捕するとか、そういう訳ではないんですよ!? 驚かせてしまって申し訳有りません」


 どうやらまだギリギリ物語は続くようだ。


 頭上であたふたしながら、そう説明する藤堂先生。

 というかそんなことよりもぶるんぶるんしてるブツが気になって仕方がないですはい。


「あっ、そ、そうなんですねー」ブルンブルンー

「ブルンブルン……? バイクのモノマネ、ですか?」


 おっと…………声に出てしまっていたようだ。


「すいません。ちょっと、あまりにも頭から離れなかったもので」

「バイクの排気音がですか……? もしかして九十九くん、暴走族の輩だったりするんですか……?」

「あ、いや、全く。そもそもそんな物騒な集団と会話すらしたことないです。そ、それよりも、色々と聞きたいことがあるんですけど……?」

「た、多分サイバー警察の事……ですよね?」

「もちろんそれもあるんですけど……この状態膝枕っていつまでキープ可能ですか?」

「あっ、ご、ごめんなさいっ! 迷惑でしたよねっ!」

「あちょっっ!!」


 まるでだるま落としの落とされる一つ上のパーツのように、地面に吸われ──ゴッツンコした。


 ゴーン、と後頭部が鈍器で殴られたような鈍い痛みに襲われた。こんな痛みを味わうのはいつぶりだろうか。衝撃で頭の中がぐるぐると回る中、そんなことを考えた。


「あっ、あぁっ……! ご、ごめんなさいっ、いきなり退いちゃって!」

「いや……多分……大丈夫です……」


 藤堂先生を心配させないようにさっさと起き上がり、藤堂先生の向かいに座った。


「あのぅ……もしまだ危なそうだったら、ここで寝ていてもいいですけど……?」


 そう言いながら藤堂先生は正座した自分の太ももをぽんぽんと軽く叩いた。


 上質なそのむちむち生足膝枕を遠慮なく使わせてもらうか、紳士な男性と思われて好感度を高めるか、限界まで悩んだところ、ギリギリ紳士な九十九透琉が勝った。


「大丈夫ですよ、ありがとうございます藤堂先生」

「い、いえ……」

「あ、それと藤堂先生に一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ど、どうぞ?」

「さっきはなんであんなに近づいて来たんですか……?」


 この教室に入ったばかりの時、俺の意識が飛んだ原因の一つだ。

 何か、大きな理由があるのか。少しだけ緊張していると。


「あ、私裸眼の視力0.02なんですけど、コンタクト無くしちゃって」

「コンタクト……無くした?」

「はい、お恥ずかしい話、教職耐えられないくらい眠くって、これはダメだと思ってお昼休みに全力で洗顔していたら消えてしまったんです。コンタクトが」

「なるほどぉ……なるほどぉ」


 めちゃくちゃ大したことねぇ……。

 ドギマギした俺の純心を切実に返して貰いたい。


「あ、それと、私からお願いがあるんですけど」

「な、なんですか?」


 先生直々のお願い。先程に続き、もしやと期待してしまう。だって藤堂先生だもの。

 これは世界の秩序をひっくり返すレベルのもの以外なら俺はなんでも受け入れるつもりだった。というか、大きなお願いが来ることを祈った。


 だってそっちの方が報酬大きくなりそうだし。


 藤堂先生はひとしきり悩んだ様子を見せた後、意を決したように言葉を紡いだ。


「で、できれば先生って呼ぶの、やめてくれませんか?」

「……はい?」


 予想外のお願いに、俺はほんの少しだけがっかりした手前、もしかしてこれは距離を縮めたいという先生の策略ではないのかっ!? と、能天気に頭を切り替えた。


「というのも、さっきも言った通り、私、サイバー警察で、教職は本職じゃないんです……だから、そのぅ……先生って呼ばれると……その……罪悪感で……」

「さ、罪悪感で……?」


 妙に重苦しい空気が2人の中に流れる。何か、とんでもないのが出てくるような気がして、俺はいつも異常に身構えた。


「な、何かに目覚めちゃいそうなので……」

「ほ、ほうぅ……な、なるほど……?」


 と、とんでもないやつきたぁ…………予想の斜め後ろあたりのやつがキタァ……。


 てか、目覚めるってなんだよ。完全にアウトじゃん。

 キャラが謎だよ、この人……。


「……あっ、いけない。私がしたいのはこんな話じゃないんです!!」


 そりゃそうだ。


「藤堂先……さんは、サイバー警察なんですよね? それじゃあ、なんでこの学校に……? それに、何故僕に声をかけたんですか……?」

「この学校に来た理由は今は言えないんです……だけど、九十九くんに声を掛けたのは──あなたが欲しいから、です」

「僕が……ほ、欲しいっ!?!?!?!」


 今日二度目の核弾頭並みの衝撃で、俺の脳はぐわんぐわんに揺れたのだった。


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