第18話 色仕掛け
よく見ると、シーナは自分の全身をピッタリと俺の体に密着させていて、その体躯の小ささと、幼いながら僅かに膨らみのある胸元の感触を嫌でも感じてしまう。
そして俺とシーナの顔の距離は少し動けば間違ってキスをしてしまいそうなほどに近い。さっきからシーナの妙に艶やかな吐息が俺の顔を撫でて着てこそばゆい。
早くここを退いてもらわなければ、100%無いと断言できるが、あっちがその気を起こさないとは限らない。
「……ヨバイって、夜這いのことか? あの?」
「ウン……。キセイジジツ? 作ればイッパツって書いてた。ネットに」
「それはまた偏りすぎた知識だなおい」
もう俺を組織に入れる話は無くなったはずだというのに。なんでこいつは既成事実なんて作ろうとしてるんだ全く。
まぁ、寝ぼけてるんだろきっと。
やはり妙に息遣いの荒いシーナをさっさとどかして、電気をつける。
数秒して目を開くと、同じタイミングで目を開いたシーナと目があった。
そして、俺はすぐさま違和感に気づいた。
「シーナ、お前、大丈夫か?」
見るからに顔が朱色に染まっており、俺のベッドの上で身を悶えさせながら座っている。それに、キャミソール一枚に、ショーツ一枚という信じられないほどの薄着だ。
風邪でも引いたのだろうか。
「あっ、体が……熱くテ……お腹が、スゴく、むずむず、するぅ……」
「なんだよそれ……多分風邪ひいてるんだろ。俺のベッド使っていいから寝とけバカ」
クネクネと体を悶えさせているシーナを寝かせようと近づき、肩に触れた瞬間。
「ンアッ…………」
「へ、変な声出すなバカ!」
シーナは自分の手で口を押さえ、恍惚とした表情で俺に上目遣いをしてくる。
なんだこの生き物は。なんなんだ。ただでさえ通常時で天使と見間違えてしまうレベルのロリ美少女なんだ。そういう趣味がなくとも、こんな表情されたらちょっと……うん。
あぁ、だめだだめだ。煩悩退散。
「ほら、体倒して楽になれ」
「ら……らくぅ?」
再び俺が寝かそうと手を伸ばすと、惚けた表情で伸ばした手をじっと見て、突然両手で掴み、そしてなぜか──俺の手を股の方へ持っていった。
「しっ、シーナ!? 何やってんだ!?」
「ちょっ、チョットだけ、チョットだけ、貸して……ンッ!」
「だから何やってんだってェ!?」
シーナは俺の腕に抱きつくようにして、腰をくねくねと俺の腕に擦り付ける。俺が何度引き剥がそうとしても、どこから湧き出たのかと不思議になるほどの怪力で離れない。
それに、どこがとは言わないがある部分が妙に湿っていて、俺はこの状況にただただ混乱していた。
少しして、唐突にシーナの体がビクンっ、と大きく跳ねた。そして、俺の腕から離れ、ベッドに力なく倒れ込んだ。
ベッドに仰向けに倒れたシーナは、キャミソールが胸元ギリギリまではだけ、ショーツは秘境が見えてしまいそうなほどにズレていた。そして、……どこがとは言わないが洪水が起きていた。
この光景はまずい。そう瞬時に察した俺は、布団をシーナに被せた。そして、俺も力なく地面に座り込んだ。
それから俺は1時間ほど、賢者タイムに近い何かを感じながら、この世界における人間の存在理由について考えていた。
▲ ▼ ▲
ぼーーーーーーーーっとしていた。
人間の存在理由を考え尽くし、次の議題を考える労力も割けず。ただただぼーっとしたいた。
すると、なんの前触れもなく、ベッドからむくりとシーナが起き上がった。
「……おはよう」
「……オ、オハヨウ」
シーナは俺の顔を見た後、再び顔を真っ赤に染め上げた。肌が雪のように白いからすぐに分かる。
「で、だ。さっきのはなんだったのか。説明してもらおうか?」
「……サ、サッキ? なんのコトカナ?」
「…………その格好のまま追い出されたいか?」
「あっ、ゴッ、ゴメンなひゃいっ……」
口を開き、再び閉じる。俺を見たかと思えば、顔の赤みを少しだけ増して目をそらす。
そんな沈黙が少しばかり続き、俺の痺れが切れそうになっていた頃。
「…………ビ、び……く」
「は? なんて言った?」
「…………ビ、ビヤク……買った……で、ツカッタ……」
「びっ、媚薬っ!?」
すぐさま自分の体を確認するが……火照ったり、性欲が高まったりはしていない。俺に媚薬が効いていないのか? …………いや、待てよ。
「シーナ。どこで媚薬を知ったんだ。そして、どうやって使ったんだ?」
「……ネット……日本の記事みた……ビヤク使うト……キセイジジツ……カンタンって……」
「その媚薬はどうしたんだ? まさか……?」
「……ビヤク使って……お布団に忍び込むと……キセイジジツ作れるって……オソワレルって……書いてたカラ…………自分で飲んだ」
……日本語の理解能力がギリギリ足りなくて助かったぁぁぁぁ!?!?!?!
おそらく、シーナは俺に飲ませるのではなく、『使う』の意味を勘違いして自分で飲んで自爆したのだ。
てかあんな風になる媚薬とか危なすぎるだろ!? 仮に俺が飲まされてたら理性にさようならされてたわ絶対。
背筋に冷や汗が流れるのを感じながら、今後同じことが起こってもらっても困るので、一応シーナにちゃんとした説明をすることにした。
「シーナ。媚薬の効果はわかってる……よな?」
「えっちな気分になるんでしょ……? 飲んだ人を見ると」
やっぱり。モテ薬か何かと勘違いしていた。
「シーナ。落ち着いて聞いてくれ。これは飲んだ人を見たらえっちな気分になるんじゃなくて、飲んだ人がすっごくエッチな気分になってしまうんだ」
「……飲んだ人? が、エッチな気分になっちゃう?」
「そう。飲んだ人が」
「……じゃあ、ワタシが……エッチな気分に……?」
「だからさっきのも……多分」
静かに、ケージが溜まっていくように首元からほっぺ。ほっぺから耳、そしておでこまでを情熱的な紅色に染め上げて、はっとなって口を真一文字に閉じたシーナ。
黙ったまま、するりとベッドから降りて、めくれ上がったキャミソールとズレたショーツを元に戻し。
スタスタと俺の横を通って部屋を出て行った。
きっと彼女の中の人生の失敗録、もしくは黒歴史ノートにはきちんと刻まれたことだろう。媚薬は自分で飲むものではないのだ、と。
失敗も経験だ。シーナには強く生きてほしいと、純粋にそう思った。
「時間は……3時半、かぁ……微妙だな」
俺はこのまま朝まで起きるか、それとも寝るかぼーっとゆっくり考えたあと、寝るという結論に達した。
この結論に達した以上、面倒なことは考えず、さっさと電気を消してベッドに潜り込んで寝よう。
そう思った瞬間。
バタン、と後ろで音がした。
振り返ると見るからにヤバそうな色をした液体が入っているコップを持ったシーナが立っているではないか。
俺の全身が、五感が、俺に告げている。アレは、例の媚薬だ、と。
そして、彼女は、まごう事なき錯乱状態だった。
「ネ、ネェ……? トール? ワタシだけ飲むノ、アンフェアだよ、ネェ? そうだよネェ?」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着け? な?」
「だめダヨ? コレ飲まないト、アンフェアだもんネ?!?!?!?!」
「お、俺は絶対に飲まんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!??」
しばらくはシーナの作った食べ物、もしくは持ってきた食べ物には気をつけようと思った。
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