第17話 年功序列ランデブー


 目の前に座る、真っ白な肌と嫌でも目立つ艶やかな銀髪を持つ幼女。

 まだ初恋もしたことの無いような風貌の、この目の前の幼女が。


 19歳……? 歳、上……?


「そ、そんなわけー、ないよな? シ、シーナ、本当は何歳なんだ?」

「……………………nineteenナインティーン

「…………」

「…………」


 なんで実年齢を英語で言ってんねーん!

 なんてツッコミをする余裕なんて俺と風花にはなくて。


 ただただ目の前の、今まで年下だと思いこんでいた幼女が、ロリ体系のお姉さんだったという事実に驚愕していた。

 それも俺たちより2歳年上。

 今まで仲間だと思っていた親友がラスボスだったなんて展開よりも数百倍心臓に悪い。


 しかも、今の今までシーナが幼女と俺たちは疑わなかったのは、もちろん風貌もあるが、ひとえにうざったらしい幼女、いわゆるメスガキのような立ち回りだったから。

 ただ、このタイミングで実年齢を知ってしまえば……。


「……色々と大変だったんですね……シーナ

「そのー、なんかごめんなさい……シーナ

「やっ、ヤメテッ! 同情が一番キッツいのォォォォ!!!!!」


 シーナは……シーナさんは自分の長い髪の毛を総動員しながら、必死に真っ赤に染まった顔を隠していた。

 相変わらず俺と風花は唖然としながら、時間が経つにつれ、段々と目の前のメスガキが二個上だったという現実リアルと向き合えてきた。

 そんな時にシーナは銀髪のカーテンから蒼い瞳だけを覗かせた。


「で、でも、ワタシは早生まれだから、実質一個上……ダヨ?」

「でも学年は二つ上ですし、そもそも高校卒業してる年齢なのにこれってもう……」

「もっ、もうってナニッ!? ヤメテヨォッ!!!!!!」


 風花と改めて顔を合わせながら、俺たちは静かに頷いた。


「ヤメテヨォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!!」


 家の中にはしばらくけたたましい叫び声が響いていた。



▲ ▼ ▲



「ま、まぁ、これでダーリンの家に、ず、ずめることにナッタシ? 結果オーライ、ヨ」

「そんな無理しなくていいんだぞ。あ、いいんですよ。はい、これティッシュです」

「あ、アリガト……ってチガウぅゥゥゥ!!!!!」


 シーナは俺がせっかく渡したティッシュ箱を地面に叩きつけながら、先程の叫び声に負けず劣らずの声量で言った。


「ソーユーノ! そーゆーのヤメテってぇぇ!! これまで通り接して! ね!? じゃないとワタシのアイディンティティがなくなっちゃうのォォォ!!」

「あっ。ご、ごめんつい……」

「シーナちゃん大変そうだね……とーる」

「うん、行き過ぎたキャラ作りは自滅を呼ぶ。いい教訓だな」

「だから同情が一番キツいんだってぇぇぇぇ!? ワカルッ!? ネェッ!?」


 全力で身振り手振りしながら、どうにかしてどうにかしようとしているみたいだったが、よくわからなかった。

 

 しばらくしっかり目にシーナをいじった後、そろそろ可哀想になってきたのでやめてあげた。

 そして、これからも今までの対応をしてほしいという熱烈なお願い(土下座)により、年上と思わず幼女(メスガキ)と思い接することを決めたのだった。





「じゃー、そろそろ私は帰るねー。とーる、シーナちゃんまた明日!」

「おう、じゃーな。ほら、シーナも」

「ば、バイバイフーカ!」

「うん、じゃあねシーナちゃん!」


 意外にも2人は仲良くなっており、前のように修羅場と化すことは当分ないだろう。

 シーナがこの家に住むこともオッケーしてくれたし。とりあえずの問題は解決したと言える。

 ほくほく顔で満足しているシーナを見て、あることを思い出した。


「あ、そういえばシーナ。お前の部屋二階の突き当たり右だから」

「ワカッター……あ、デモ荷物が重くテ運べナーイ。だから手伝っテー?」

「……まぁ、それくらいなら」


 とは言ったものの。

 

「……なんで、こんな重いものを……」


 不健全な男子高校生がギリギリ持てるくらいの大き過ぎるキャリーケース。ここにきた時から気になってはいたが、一体何が入っているんだ。

 息を切らしながら、なんとか荷物を二階に運び終える。そして、遅れて階段を登ってくるシーナ。シーナの荷物は小さなバッグ一つだけだった。

 わからせてやろうかこのメスガ……おっと危ない。

 彼女はあと一年で20歳、あと一年で20歳……。などと、自分でもよくわからない落ち着かせ方で自分を諫める。


「……ふぅ。てか、これ中には何が入ってるんだ?」

「デスクトップPC」

「あー、なるほど。そうかそうか……は?」


 あまりにも自然すぎて、シーナが言っていた言葉がきちんと理解できていないのかもしれない。


「デスクトップ? パソコン? あの、クソでっかいパソコン?」

「デスクトップ。私の。……あ、コンセント使ってもいい? いいよね? ドーモー。それじゃあお部屋つかうネ。それじゃ──」

「……待て」

「ヒッ……な、ナニ?」

「そのデスクトップで何するつもりだ?」

「ナッ、ナニッテ…………シゴト?」

「……あぁ、そっか。一応、19歳ですもんねー……」


 俺はなんて不躾な質問をしてしまったんだ。高校卒業した年齢で、日本で無計画にこれるほど時間がある、ということは大学生ではない。だが、この様子じゃ仕事も……。


 どんな国でも、どんな美少女でもニートは存在する。

 少しだけ、自分を見つめなおせたような気がした。


「チッ、チガウゥゥゥ!!!!?? しっ、シゴトだよ!? ホントに、ワタシが小学校に入る前カラやってたヤツ! あー……そうだ! 前に話したよね??? アンノウンのお仕事、ワタシもヤッテルのぉ!!! だから……ソレに触れるのはヤメテェ……」

「あー、なんか、言ってたような、言ってなかったような。まぁ、なんか、どうでも良くなってきたからどうぞご自由に……」

「エッ、あっ、ウン……し、シツレイします……」


 生気を吸われ尽くした後のようにへとへとになりながら、シーナは重そうな荷物を自分の部屋となる場所に運び込み、ドアを閉めようとした時。


「……あ、ソウいえば、トールの部屋はどこ?」

「……すぐ向かいの部屋だが?」


 俺とシーナの部屋は階段を挟んだ真向かいの部屋。もともと客室として使われていた所をシーナにあてがったからこの配置になったわけだが。


「フーーーーーン。ワカッタ。バイバイッ」


 バタンッ。

 勢いよくドアが閉められた。最後にシーナが見せた顔、不気味な笑みがどうしても頭から離れなかった。



▲ ▼ ▲



 その日の夜。

 今日は色々あったし、趣味は控えめに早く寝ようと思ってベッドに入り、電気を消して寝ようとしていた。


 はずだった。


 何か、違和感を覚えて泥沼の意識が少ししづつ覚醒し始める。カーテンの外は未だ純然たる暗闇で、横に置いていたスマホを開くと時刻は夜中の2時。


 こんな時間に起きたせいか、妙に体が重い。胴体あたりが特に。


 人間突然いつもと違うことをするとあまり良くないと聞くが、まさか健康的に変える方でも良くなかったとは。

 横向きだった顔を天井に向ける。スマホの明かりで瞳孔が開き、真っ暗にしか見えなかったが、しばらくすると段々と暗闇に目が慣れてきた。


 そして、見えてきたのは真っ白ないつもの天井……ではなく。


「なんでお前がここにいるんだ?」

「…………う、うーん、JAPANESEジャパニーズヨバイ? ってヤツ?」


 見るからに焦っているシーナの顔面だった。

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