第13話 超絶スーパー初歩的ミス
「私、加賀美風花は九十九透琉と——付き合ってるんだっ!!」
この一言で、朝のホームルームが始まるまでの十数分が地獄の空気と化した。地獄と形容はしたが、実際に感じているのはおそらく俺だけ。他は憎悪とか疑問とか、そんな感情だと思う。
ぶつけられたことが久しく無いような感情を、俺に対してぶつけられて少し気持ちがいいような……嘘です今すぐ逃げ出したいですはい。
どう対応するのが正解なのか全く考え付かなかった俺は、とりあえずこの学校の退学手続きの調べ方について黙々と調べていた。
スマホで調べて、生徒手帳に記載されている校則を全力で読み込んだ。だが、そんな事をしていてもやはり注目が自分に集まっているのがよく分かった。
すごく気持ちが悪い。
そう思っていたその時。
「とーる。こっち来て!」
伏せがちだった頭を上げ、声のした方向を向けば風花と、風花の属する陽キャグループの面々が一斉にこちらを見ていた。
その圧のすごさと言えばなんとやら。……てか風花今なんて言った。
「早くー! こっち来てよ!」
こっちに。来て? あの陽キャグループの本陣に? 単騎で突入せよと?
……控えめに言って、死ぬぞ?
俺はなるべく動揺を見せないよう、静かに前を無き、光も置き去りにするようなスピードで机に顔を伏せた。
(早く時間すぎろ早く時間過ぎろ早く時間過ぎろ早く時間過ぎ――)
「んもー。ほら、起きてっ!」
「あちょっ!」
腕を引っ張られ、机から立たされる。もちろんその主は——。
「風花……(これはどういうつもりだ!?)」
「いこーとーる♪ (さーあ?)」
「なんなんだよもうっ!」
こうなればやけくそだ。もうどうにでもなれ。
風花から手を引っ張られ、着いた先はもちろん陽キャグループの中心。いわば台風の目的な場所。陽キャグループの人たちの視線が全身に刺さってすごく痛い。
「ほら、とーる。自己紹介っ」
「あ、えーっとご紹介に預かった九十九透琉……です。よろしくお願いします…………」
「「「「…………」」」」
空気が、静かに凍った。
その一瞬、時が止まり、動きが止まり、氷が肌を伝って滑るような悪寒を背筋に感じた。
まずい。何か地雷を踏んだか。いや、違う。元々が地雷だったんだ。風花との距離が最近近すぎて頭で理解していても感覚が麻痺していた。
風花はモテるのだ。
そして、その彼氏と言って俺のような冴えない奴が出てくれば、それだけで地雷になるのは必須。
どうして俺はこんなことに気づけ――
「っ、ぶふっ」
「……え?」
「「「ぶはっ!」」」
「何それ、なんでそんな礼儀正しいのっ、ウケるんだけどっ、ぶふっ」
「本当だよ! それにめちゃくちゃ緊張してがちがちだし。同じクラスメイトじゃん、別にそんな緊張しなくていいし、そもそも敬語じゃなくていいって!」
「もー。とーる緊張しすぎだってー」
「いや、その、ごめん」
確かサッカー部に所属していた、名前を確か……。
「俺は
「あ、よろしく……葉月」
スタイリッシュに差し出された右手。これは握手を求める奴……だよな? そうだよな?
緊張しながらも手を差し出すと、がっちりと握られた。さすが運動部、なんかすごい。
「じゃあ次わたしーっ! 私のあ! 望月のあ! 気軽にのあって呼んでねー!」
「あっ、望月さん……」
「のあだってー! まぁいーけど、とりまよろしくー! ふーかの彼氏さーん!」
「あっ、はいー……」
その後も陽キャグループの数人と話したり、握手したり、なんだかよくわからない事をしたり。ちなみに田中マイケル居た。特に何もしてないけどじっとこちらを見てて怖かった。
でも、一つだけわかったことがある。
この人たち、めっちゃいい人。いい人ばっかりだ……!(ちょろい)
「ほいじゃ、またなー九十九。っつってもおんなじクラスだけど」
「お、おう。また」
「それじゃあとーる。私が席まで送ってあげるー」
「いらん」
「えーー!! 何で! 彼女なのにぃ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ風花を後にして、俺は席に戻る。
うーん。結構疲れたな。こりゃ……睡眠がはかどりそうだ。
俺はすぐさま机に突っ伏し、惰眠を貪ったのだった。
▲▼▲
色々とあって、今現在は学校の帰り道。もちろん横には風花の姿があり、疲れ切った俺を嘲笑うかのようにニヤニヤと嬉しそうな笑みを浮かべている。
「なんでそんなに笑ってるんだよ……不気味すぎるんだが」
「なんでってさー。意外と話せててびっくりしたんだもん」
「……ビックリってなんだよ……って言いたいところだが今日だけは実は俺も思ってた」
「やっぱりー? でもまぁ結果オーライだね! みんなと仲良くなれたし!」
「まぁ、それは……感謝してる」
「いえいえどーいたしましてー!」
にっこり満面の笑みを浮かべる風花。なんだかムカついてそんな風花を鼻で笑ってやった。
すこしして生まれた沈黙の時間。別に気まずいわけでもないが、手持ち部沙汰になるのも億劫だ。何か、話す話題はー、なんてことを考えていると、さっきまで満面の笑みだった風花がぽつりと言った。
「もしかしたら誰かさんの婚約者とかが現れちゃったから嫉妬したのかもねー」
「ん? どういう……もしかして昨日の事か!? ってか嫉妬? あ、あーもう! どういう事だよ!
「さぁ? どーゆーことでしょーね!」
「なっ、なんだよそれ……」
「にぶにぶ星人なとーるにはひみつーっ!」
「えぇ……」
そんなことを話している内に、いつの間にか二人の家の前に到着していた。
いつも通り互いに門扉を開きながら、風花が「あ、でも」と言って止まった。何事かと俺も同じように動きを止めて風花を見る。
「とーるだって彼氏って事否定しなかったよねっ! それじゃーっ」
風花はその言葉だけを残して素早く家の中へと入って行った。
今思えばそうだ。なんで俺は……なんで——
「彼氏って事否定しなかったんだ……」
あまりにも初歩的すぎる痛恨のミスに、俺は天を仰ぎまくった。
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