第12話 別れと、始まり



 ほんのりと空が色付きだした午前7時。段々と人々が起き始め、そのうち朝食の香りが風に乗せられてくるのだろう。

 そんな中、シーナは俺の家の玄関でキャリーケースに手を置きながらニューバランスのスニーカーを履いていた。


「それじゃア、ワタシ帰るね。イママデありがと、トール」

「どういたしました……って、帰りの旅券あるのか? お金とかも……」

「あるにキマッテル。スコシ考えればわかるネ」

「なっ……」

「ふふっ。ホントニ馬鹿だね、トールは。だけど、そう言う所が好きダヨっ!」


 艶やかな銀髪の姫カットを耳に掛ける仕草をしながらそう言ったシーナ。妖艶でいて、どこか幼い。その浮世のアンバランスが、とてつもない破壊力を生んでいた。

 たとえそれが俺をアンノウンに入れるための罠だとしても、心臓の高鳴りを止めることが出来なかった。


「はっ、なっ、なに言ってんだ馬鹿。またハニートラップもどきには引っかからないからな!」


 シーナはきゃっきゃと喜びながら逃げるように玄関を出て、庭先の門扉の辺りで振り向き、最高の笑顔で言った。


「次こそはメロメロにさせてアゲルからネっ!!」


 俺の返事を待たず、シーナはキャリーケースを引きながら去っていった。その後ろ姿にもう僅かながらの名残惜しさを感じている自分に気づく。


「愉快な奴だったな。……さて、帰ろう」


 隣の家から段々と物音が聞こえ始めてきた。

 折角早起きしたんだ。折角なら――二度寝でもしよう。

 そうと決まった俺は、足早に自分の部屋へと戻っていった。


――――――――――――


 ピンポーン。

 インターホンが鳴る。瞼を開き、大きなあくびを一つ。

 誰だろう、なんて疑問は先週に置いてきた。風花だ。

 幼馴染とはいえ美少女から最近毎日起こされている。よくよく考えればすごい贅沢だ。とは言っても俺の習慣は変わらない……というか変えられないです、不特定多数の人たちごめんなさい。

 

 とりあえず時間を確認すれば、いつも通り8時ぴったり。とりあえず玄関まで迎えに行って風花を家に通し、何か飲み物を出す。


「今日は何がいい? コーヒー? カフェオレ? 麦茶?」

「いつもありがとねとーるー、今日は麦茶で!」

「こっちこそいつも来てもらってるんだ。前まで週に二回は遅刻していたって言うのに先週はゼロ。俺にとっては女神以外何でもないよ」

「あはは、役に立ててるみたいで良かったぁ……」


 麦茶を冷蔵庫から取り出し、ガラスのコップに入れながら風花を見ると不審なくらいにきょろきょろと部屋の周りを何度も見渡している。何かあったのだろうか。


「どうした風花? 何か探し物でもあるのか?」

「あっ、いや、そのぅ……シーナちゃんは……まだ寝てるの……?」

「あー。あいつなら帰った。朝一で」

「か、帰った!? ホームステイ短くないっ!?」

「どうやらお父さんが危篤状態になったみたいで」


 勝手にシーナのお父さんを危篤状態にするのも気が引けたが、シーナをこんなところへ寄越した事への僅かながらの仕返しだ。


「お父さんが既読状態っ!? えっ、えっとぉ……なんか大変そうだね……!」


 伝わっていなかったみたい。


「きとく、危篤状態、な? 簡単に言うと危ない容態ってことだ。大丈夫か?」

「あっ、う、うん! わざと、だよ!」

「そ、そうかぁ……」


 麦茶を渡しながら、そう言うと「本当だよぅ!?」と情けない表情で言い寄ってきた。わかった、すごくわかった。

 やっぱりあほの子なのが。


「じゃあちゃちゃっと準備してくるから、ごめんけど待っててな」

「うん! 待ってる」


 階段を駆け上がり、自分の部屋のドアを開ける。何故だか、今日はいつもと違うような、今日は何かいいことが起こりそうな、そんな気がした。



▲▼▲


 で、何故。今。俺は。


 こんなに注目されているのでしょう。


 教室中の至るところから、窓側一番後ろの俺の席が見られる。関わったことのない陽キャグループの面々や、関わったことのない一般生徒や、関わったことのない同類オタクそうな陰の者たちまで俺の事を見ていた。


 てか今更だけどみんな関わったことないじゃん俺……。


 自分の交友関係の狭さに驚きと僅かながらの悲しみを覚えながら、騒ぎの中心となった人物を見た。

 ここ最近では見たことが無かったような満足げなドヤ顔で、こちらを見ている。その人物とは、言わずもがな風花。加賀美風花その人だ。

「まじ……? あの加賀美さんが……?」

「あんな人居たの? 陰うっすぅ……」

「俺の初恋がぁ……でもあれならいけんじゃね?」


 などなど。クラスから漏れ出した俺へのアンチやらなんやらが俺のガラスハートをズバズバと突き刺してきた。

 そんな中、風花の属する陽キャグループの一人が心配そうな様子で風花に声を掛けた。


「ねー、本当なの風花? 九十九と……」


「本当だって! 私、加賀美風花は九十九透琉と——付き合ってるんだっ!!」


 教室にその声が響き渡るとともに、俺は学園生活が終わったことを察した。


 とりあえず俺はスマホで退学手続きの出し方を調べるのだった。

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