第8話 ナンダコイツ


「ねーねーマイダーリン、結婚式はイツにする? ファミリーは何人欲しい? えーとホカにはー」

「ちょちょちょちょっと待って? 落ち着いて? とりあえず離れてくれる? 風花を起こさなきゃ」

「フーカ? それダレ?」

「後ろで倒れてるこいつだ」


 俺が後ろに視線をやると、それを追うように俺の脇下から覗き込んだ。今更だけどすごく甘い良い香りがした。


「ホントダ。……わかった、サスガに離れる」

「聞き分けが良くて助かったよ……」


 そういうとシーナは俺の体から離れて一歩下がる。俺は振り返り、風花の元へと行こうとした。その時。


「こっちだったら、大丈夫、だよネ?」

「っちょ!」


 俺の背中にぴったりと抱きついてきた。横から風に乗せられて長い銀のロングヘアの流れてくる。もしかしたら自分は後戻りできない罪を犯しているんじゃないかと、ふと思った。


「あー! もう!」

「ん-」


 俺が手を離そうとしても、その細身な体の一体どこから湧き出ているのかという力で俺のお腹の前で繋いだ両手を離さない。諦めて俺が風花の元へと歩き始めると、トテトテとおぼつかない足取りで俺の後ろをぴったりとついてきた。


 風花の元に到着し、座り込んで風花の顔を上から覗き込むとシーナはその動きに合わせて程よく邪魔にならない程度に動きを同調させてきた。もちろん邪魔なことには変わらないけど。


「風花、大丈夫か? おーい。風花」

「ひゃっ、ひゃえっ、はわぁ??」


 頬を軽くぺちぺちしながら話しかけるといかにも馬鹿っぽい反応で目を覚ました。


「けがはないか? 頭が痛いとか、擦りむいたとか」

「はひゃ―……ら、らいじょうぶ……」

「それなら良かった」


 ただでさえ頭のネジが数本生まれるときにどこかへ飛んで行っているのだ。これ以上おかしくなってもらっても困る。

 風花の手を取り起き上がるのを手伝うと、後ろにぴったりとくっついていたシーナが何故か不満げな声を上げた。


「ムー。フタリはどんな関係ナノ?」

「別に関係も何も、ただの幼馴染だよ」

「あ……うん、幼馴染……うん」


 何故か風花は少しだけ不満げな顔をしながら、頭をずらしてシーナと向かい合う。


「うち《・・》のとーるに何か用?」

「用って……マイダーリンとハグしちゃダメナノ?」

「まっ、マイダーリンって、マイダーリンってさ! 本当なのっとーる!」

「いやなわけないじゃん……しかも幼女じゃんこの子。俺犯罪者になっちゃうよ?」

「そっ、そうだよねっ。さすがにそこら辺の線引きはしてるよねっ!」

「ワタシ、トールとあつーい夜過ごした。ノウミツな時間過ごしたよ? ワスレタのとーる?」

「とーる!?!?!」

「いやいやいやいやいやいや!?!? なわっけないからっ!! んなわけないからぁぁ!?!?」


「え……?」


 芯が抜けたような声が、後ろから聞こえた。いつの間にか無くなっていたハグ《拘束》。

 その主を見ると、宝石のような瞳からポロリポロリと涙を流していた。

 口をパクパクさせて、諦めたように悲しい表情を浮かべた。

 

「トールにとって私はツゴウのいいオンナだったんだネ……」

「とーるっ!?!? とーるぅぅぅっ!?」

「いやっ、えっ、ちがっくて……」


 なんなんだこの演技は子役はぁっ!!

 後にも先にもこんな美少女ロリと熱い一晩を過ごすことなんか無い! そう断言できるのにっ!


「……って風花っ!?!?」


 風花は地面に落ちていたバッグを拾い上げ、背を向けた。なぜか、その背中を見ると、無性に心がざわついた。


「風花……これは本当に違って……そもそもこんな子知ら──」

「ごめん、私もう帰るね……ごめん」


 俯きながら家へと帰る風花。だけど。


「風花、前見て……そっち俺の家……」

「っっ……し、知てる……し」


 ちらりと前を見て方向を確認すると、再び俯いて自分の家に帰っていった。


 さて、これはどうしようか……なんて思いながら振り返るとシーナが難しそうな顔を姫カットの横の部分をいじくりながら立っていた。それと涙はいつの間にか枯れていた。


「はぁ。まじで君、誰なの? あー、もう。風花になんて説明しよう」

「オマイラ、ホントにタダの幼馴染ナン? えぇ?」

「……さっきも言っただろう。そうだって」

「ウヘェ……とりあえず家に上げて、住まわせて。トール」

「は? 何言ってるんだ?」

「ワタシ、家ナイ、お金ナイ、帰りの旅券ナイ。ここに住めなきゃ野たれ〇ぬディスティニー。さてドウスルゥ?」


 唇をすぼめて、如何にもあざとそうな表情を浮かべながらそう俺に聞いてくるシーナ。もちろん俺が出す結論は一つ。


「勝手にしてください。それじゃあさようなら」

「えっ、チョッ」


 俺は抱きつこうとしてくるシーナを避けながら家に帰った。しばらく家の外で断末魔が響いていた。

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